拓途視点【その2】 地味男、IPPO踏み出す
「なつ」
俺は、あの子の名前を、ちっちゃい声でつぶやいてみる。
なつ。あの子は、『なつ』というらしい。RINEであの子のプロフィールをこっそりチェックして、下の名前がわかった。
ここはいっちょ、RINEで話しかけて、仲良くなる?
【そこまでは、勇気ないっしょ?】
臭い布団に抱きついて、エロ妄想してるだけでいーのか、俺。
【勇気ないんだろー だからいーだろ、それで満足してろー】
またこの声か。心の声が、俺の思うことに、いちいちチャチャを入れてくる。いつもそうだ。
何かを思いついて、やろうとしたら、心の声がラップの合いの手みたいに、全否定してくる。その声のせいで、俺はいつも踏み出せなくて、行動してこなかった。
【お前は、SO! 言うけど、NO! そりゃ、自分のせい 踏み出せないのは、己のせい】
俺の心の声、けっこう正しいのかもな。
【SO! わかってんね!】
彼女いない歴イコール、年齢と同じ。まるまる15年にプラス、明日でちょうど1か月。俺は、このまま彼女できずに高校3年間を送り、20才、25才、ひょっとしたら35才くらいのおっさんになっても、布団に抱きついて、エロ妄想に浸ってるかも。それ怖い、めっちゃ怖すぎる!
【それでいいのかYO!】
よくない。ぜんぜんよくない。1回ぐらいは、誰かとつきあってみたい。そのあと速攻でフラレてもいいから。
【嫌なら踏み出せ、IPPOでいいから】
あれ? 心の声、俺のこと励ましてる?
全否定してるんじゃなくて、けっこう厳しめなトーンで、背中押してくれてるってこと?
【そうかもNE!】
だけど、あんなかわいい子が、相手にしてくれるかな。俺、地味だし。
【思い切って行けー】
あの子とは、さっき初めて会ったばっかりだし、ちょっとしゃべっただけ。俺のことなんて、絶対、忘れちゃってるよ。
【喰らいついていけー】
ガンガン攻めても無駄だろ。ほぼ毎日会ってるクラスの女子にすら、まだ顔も覚えられてないんだぞ。俺、高校入って1か月経つのに。
【だったらやめとけ、一生、布団抱えてろ、YO! 】
――と、まあそんな感じで、心の声のラップに励まされつつ、俺は、あの子に送るRINEメッセージを書いた。
>拓途っていいます 俺のこと 覚えてますか
そこまで書くのに、悩みに悩んで30分。
それから送信ボタンを押すのに、俺は、小一時間ぐずぐずと迷う。
ベッドの上に正座しつつ、スマホを凝視して固まる俺。その頭ん中で、心の声のラップが、ずっと歌ってた。
【はよ送れ、YO! 迷ってるSO-NO-間にあの娘はすっかりお前のKO-TO-忘れちまう、YO!】
結局、RINEでメッセージ送って大正解。あの子はちゃんと、俺のこと覚えてくれてた。




