<第6話>肝っ玉戦隊★お母さん仮面、参上!
「本当にすみません! 遅くなって」
私は謝りながら、猛ダッシュで保育園へ駆け込む。
娘のはるは、園長先生とふたりで座って、マンパンマンのDVDを鑑賞中。他の子はもう帰ってしまったのか、保育ルームは遊具が片付けられてがらんとしている。
「あらまあ、元気のいいこと」
園長先生がおっとりとした口調でおっしゃった。
「はる、帰ろう」
私は声をかけた。はるは、口をぽかんと開けて、DVDに夢中だ。
画面の中では、マンパンマンとざっきんまんの乗ったUFOが、空中戦をしていた。ちょうどクライマックスの場面。いいところだし、もう少し見ていたいんだな。
最後まで見たい気持ちはわかるが、母もこのあと、時間と戦わなきゃいけないのよ。家に帰ったら、やらなきゃいけないことがいっぱいあるし。マンパンマンみたいに顔を取り替えて、ただの女から、母の顔に変わるの! 人呼んで、『肝っ玉戦隊★お母さん仮面』参上! なーんてね。
「早くおいで」
私はもう一度、はるを急かした。
はるの大好きなマンパンマンだから、ゆっくり見せてあげたい。でも、おかしな夢のせいで、お迎えが遅れちゃったし、のんびりしちゃいられないのよ。
「まあ、いいじゃない。はるちゃんは、お母様がお迎えにいらっしゃるまで、お利口さんで待っていたものね。マンパンマンを見るのは、ご褒美よ」
園長先生は、にこやかに私を諭す。
「あっ……そうですね」
迎えが遅くなったのは、元はといえば、私が海へ寄り道して、変な夢を見たせいだもん。あとちょっとでDVDは終わる。ケチなことを言わないで、待ってあげよう。
園長先生は、DVDが終わるまでつきあってくださった。はるは走ってきて、私のスカートへ顔をうずめて、足に抱きつく。
「ママを待ってくれて、頑張ったね。えらいよ!」
私は、はるの頭をなでる。
「いたい?」
はるが私を見上げた。
「何が?」
私は訊き返す。
はるは、私の左ひざを触る。
「えっ、これって」
私はひざをすりむいていた。傷の周りは紫色になって腫れている。さっき夢の中で、怪我したのとそっくりな傷。
はるはその傷を、よしよしするようになでた。
何なの? この傷。
「あら、ひどい怪我。早く手当てしましょう。でも、ストッキングの下だから、脱がないとダメだわ」
園長先生がおっしゃった。
傷は、ストッキングの下にあるの。今日は一日、私はストッキングを履いたまま。あのおかしな夢を見るまでは、怪我はしていないし、第一、こんなにひどくすりむいているのに、ストッキングが破れていないのは変だよ。まさかあの夢は、現実だったんじゃ? そんなアホな空想が、私の胸に、またひょっこりと浮かび上がる。
とにかく今は、夢のことなんて考えている暇はない! 家へ帰れば、ハードな戦いが待っている。『肝っ玉戦隊★お母さん仮面』に変身しなきゃ! 家庭の平和のため、私は戦うのだ。
はるは遊びたがって、ちゃっちゃと夕飯を食べないから、策を弄してかからなくては! お風呂が嫌いでぐずるのを、なだめすかして身体を洗い、風呂上りに大はしゃぎでバタバタ走り回るのを、最終兵器★マンパンマンのぬいぐるみを手に、布団へ誘い込んで寝かしつける。そのあとも、片づけることが山積みだ!
「ありがとうございます。家で手当します」
私は、先生にお礼を言う。
「あの、お迎えが19時を過ぎたので」
ついでに、気になることを訊く。この保育園では、19時を過ぎると、延長分の保育料がかかっちゃうのよね。
「そうかしら? よく覚えていないから、延長料金はいただかないことにしましょう。他のお母様にはナイショね」
園長先生は、優しい笑みを浮かべた。




