<第5話>夢なのか、夢じゃないのか
猛スピードで自転車を立ちこぎしている間にも、わたしの頭の中に、不安がいっぱい湧いてくる。
15才の姿で保育園へ行ったら、怪しまれて、娘のはるを連れて帰るなんて無理だもん。もし、どうにかごまかして連れて帰ったって、はるは、15才になったわたしを見て、自分のママだとわかってくれるかな? はるの泣きべそ顔が浮かんで、心がぎゅっと痛くなった。
ずっと15才のままじゃ、仕事にも行けなくなる。生活どうしよう。女子高生のフリしてバイト? バイトするにしても、学生は、平日フルタイムじゃ働けない。収入激減……。今ですらカツカツの暮らしなのに。
いよいよ困ったら、使用済みショーツをネットで売るとか。昔、ブルセラショップって流行ったよね? 女子高生が履いた下着を売る店。でも、ちょっと待って。もし売ったら、男の人が匂いをくんくんかいで、ショーツの中を妄想したりするんだよ。やだーっ、気持ち悪い。ありえん!
とにかく、弟のケースケに、15才になった姿を見せて、これからのことを相談するしかない。同じ家に住んでいるから、隠そうにもバレバレだ。
もお! なんで15才に変身なんてしちゃうんだ! どうしたら、元通りの35才に戻れるの?
太陽は、水平線の下にほとんど隠れて、完全に沈みそう。あの男の子と話している間に、ずいぶん時間が経ったのかもね。
辺りがどんどん暗くなって、不安になる。今日は、日が暮れるのが異様に早い。そう思った瞬間、まるでブレーカーが落ちたように、目の前が真っ暗になった。
☆
「痛いっ」
顔に、硬いものがぶつかった。びっくりしてのけぞると、頭の後ろには、柔らかい感触。振り向いたら、車のシートがあったの。
バックミラーに、薄いブラウンのアイシャドウをした目元が映る。目尻に、小ジワがくっきり。頬には、ぽつぽつとシミも浮かんでいる。耳に黒髪をかけたショートボブ。見慣れた35才の私だ!
「夢だったんだ」
ほっとして全身の力が抜ける。身体が15才に戻るなんて、現実なはずない。やっぱり、夢だよ。
景色、音、感触、全部リアルだったな。現実かと思っちゃったもんね。自転車のペダルを踏み込んだ感触が、まだ足の裏に残っている気がするし。あの高校生の男の子が、目尻を下げてくしゃっと笑った顔も、はっきり覚えている。鼻の傷に彼が触ったときに感じた、くすぐったいような痛みも。
車は、防波堤沿いの道を抜けた先にある、駐車スペースの前に停まっていたの。
外は薄暗くなっていたから室内灯をつける。おかしな夢を見たせいかな? 額は汗でびっしょり。バックミラーを覗いて、ハンカチで顔を拭く。さっきの夢で15才の自分を見たからか、肌のくすみがばっちり目立つ。うわー、見たくないな。私の肌、こんなにひどかった?
よく見ると、鼻の頭をすりむいている。たまたま、夢の中で傷がついたのと同じところ。あれは夢じゃなくて、本当に起こったこと?
やだ! そんなことあるわけないでしょ。
私はあわてて、アホみたいな空想を打ち消す。さっき顔にぶつかった硬いものは、車のハンドルかな。たぶん、それで傷がついたのかもね。私は鞄からコンパクトを出して、鼻のすり傷を塗り隠す。
私は大急ぎで、保育園へと車を走らせた。




