<第30話>拓途の匂いがする……
よっしゃ! 拓途が笑ったぜ。おばちゃんパワーの勝利だあ。
私は腰をフリフリして、ウイニングダンスを続ける。
ゆうべは、拓途の様子がおかしかったの。いつもニコニコしてる子なのに、まったく笑わなかったし。たこ焼きをおごってもらって、バス停のベンチで食べたときも、拓途はヘンに強がってた。でもね、背中がしょぼんと丸まってて、落ち込んでるのバレバレだったよ。
夜の9時を過ぎているのに、制服で外をうろうろしているのって、おかしいよね。家へ帰りたくないほどショックなことがあった? それとも、学校で嫌なことでもあったかな? クラスの友達になじめないって、前にしょんぼりしながら言ってたもんね。
難しい年頃の男の子だもん。ごちゃごちゃ訊かない方がいいと思う。とにかく今は、私がはっちゃけて、たっぷり笑わせて、軽ーい気分で学校へ行かせてあげないと!
心さえ明るくなれば、あとは何とかなるもんよ。私もそうだったの。元の夫が、一回りも若いおねーちゃんと出て行っちゃって、そのあとお金のことで大モメしたって、娘のはると一緒に、『母は強し!』で乗り切ってきたから。
――って、私の昔話なんてどうでもいいね!
拓途はいい子。ゆうべは珍しくイライラしていて、ケンカしたりもしたけれど、それでも私にベッドを譲ってゆっくり寝かせてくれた。彼ってば、紳士でしょ? だから何かちょっとでも、恩返しがしたいの。
「どうした? いつもと違うけど」
拓途が、不思議そうに訊く。
もしかして気づいてくれた? 私の服! 普段よりもおしゃれしてるの。もう! 彼ってば、優しすぎるよ! 自分がつらいのに、私のちょっとした変化にも気づいてくれるなんて。
私は、拓途のそういうところがいじらしくてたまらなくて、もう泣いちゃいそうで、踊ってるどころじゃなくなった。でも、うれし泣きといっても、落ち込んでる彼に、泣き顔なんか見せちゃいけない。
私は、手に持っていた拓途のスウェットパンツで、とっさに顔を隠して、涙をグッとこらえる。鼻をすする音を、聞かれないようにしなくちゃ。
「これ、拓途の匂いする!」
私は、おどけてごまかした。
ゆうべ、寝間着の代わりに貸してもらった彼のパーカーも、こんなあったかい匂いがした。ついさっきまで、そのパーカーを着ていたんだよ。
今はもう、自分の服に着替えを済ませているけれどね。
ゆうべは、女子高生に変身していたの。でもね、眠っている間に、元のおばさんに戻っていた。服もなぜか元通りになって、洗面所にあったんだよ。夜シャワーを浴びる前に脱いだ女子高の制服が、朝になったら、胸元にドレープがついた大人っぽいワンピースに変わっていて。
彼は、どんな風に思うかな? 拓途の前で、こんな女っぽい格好するの、初めてだもん。いつもの地味なジーンズ姿とは、ぜんぜん違うから。
「いつもの私っぽくないよね。変でしょ」
くすぐったい気持ちで、謙遜してみる。
これは、よそいきのワンピースなの。昨日はこのワンピースを着て、娘のはると一緒に、母の家へ行ったんだよ。母は再婚していてね、山手のきれいな住宅街に住んでいるもんだから、私もおしゃれして行かなきゃと思って、ちょっと張り切っちゃって。
うちの母ったら、おかしいんだよ! 私がおしゃれしているから、彼氏とデートするって思い込んじゃったみたい。はるを一晩預かるから、ゆっくりデートしていらっしゃいなんて言うの。
結局、ゆうべは一晩中、私は女子高生になったまま、おばさんに戻れなかった。そのせいで、はるを迎えに行けずに母のところへ預けっぱなしで、拓途とずっと一緒にいた。母の勘違いが、現実になっちゃった。でもね、彼の家に泊まったのに、色っぽい展開がまったくなかったの。拓途は、紳士だもんね!
「いや、変っていうか……なつがそういうキャラだったんだって、ちょっとびっくりした」
拓途の声、戸惑っているみたい。
もしかして、私には、女っぽいワンピースなんて似合わない?




