<第29話>なまぬるい水
わたしは、夢を見た。
湧き水を飲んだの。あったかい水だった。不思議な夢よね。湧き水って、キリッと冷たいのが普通でしょ?
人肌のなまぬるい水が、ちゅぷ、ちゅぷって音をさせて湧いてくるんだよ。いやーんっ、変な夢だ!
水の湧き口へ唇をつけてごくごく飲んでいたら、お魚がつんつんとわたしの口をつついてきて。水と一緒に、間違ってその小魚まで、つるんと口の中へ吸い込んじゃった。
お魚、すごいびっくりしたんだろうね! わたしの口の中で、にゅるにゅる泳いで暴れるの。
大あわてで逃げようとするのが、かわいくって、舌でつついたり、ちゅっと吸ったり。うふふっ。いじわるしちゃった。本物のお魚だったらかわいそうだけれど、夢の中にいるお魚だから、いいよね!
舌でお魚と戯れるのって、すっごく気持ちいい!
魚もだんだん慣れてきたのかな? わたしの舌の周りをぐるぐる泳いだり、『こっちへおいでよ!』って、誘うみたいに、ちょんちょんつつくの。
もう楽しくって! ずっとその夢を見ていたかったよ。でも、覚えているのはそこまで。
うっすらと記憶にあるのは、熱い風。耳の辺りに、熱風が吹きつけていた。変な音もしていたかな? 『んうっ、はぁっ』って、人の息づかいみたいな音。それに、太ももへ硬いものがゴツゴツ当たってきたの。あれは、石なの?
☆
目が覚めても、ボーッとしていた。変だな。まるで二日酔いみたい。頭がガンガン痛む。
私はころんと寝返りを打つ。枕へ顔をパタンと伏せた。
「ぎゃっ」
すぐにびっくりして飛び起きる。だって、枕カバーがべちゃべちゃに濡れていて、気持ち悪かったの!
「やだっ、何これ?」
私はあわてて、手で顔を拭く。
口の周りがべとべとしている。まさか……ヨダレ? 私ってば、寝ながらこんな大量に、ヨダレを!? うわー、いい大人なのに、恥ずかしい!
急いで枕をひっつかんで、お風呂場へ行こうとした。汚れた枕カバーを、洗わなきゃと思って。
「え?」
ベッドから降りようとしたら、足の踏み場もないくらい、床が散らかっている。
ティッシュの箱や、マンガの雑誌。くちゃくちゃになっている男物のスウェットパンツ。脱いでそのまま、ポーンと放り出したみたいな形で、床で丸まっている。
「……どこ?」
ここ、私の家じゃない。
いつも寝ているのは、ベッドじゃなくて布団だし。一緒に住む弟のケースケは、マンガは読まないの。家にいるときは、缶チューハイを飲んだくれているもんね。それに、服を脱ぎっぱなしにしたりしないよ! ちゃんと洗濯かごに入れてくれるから。
たしかケースケは、泊まりがけの仕事で、家にいないはず。だから、電話でケースケと話したもん。そうだ! 拓途にスマホを借りたんだ。私は女子高生に変身したまま、元のおばさんに戻れなくなったの。その上、私のスマホと、自宅アパートの鍵が消えちゃったんで、家に入れなくて――
――思い出した!
拓途のお宅に、泊めてもらったんだよ! ここは、拓途の部屋。
あれ? でも、拓途本人がいない。彼はどこにいるの? 私にベッドを譲ってくれて、他の部屋で寝たとか?
でも彼を捜すのは、あとにしなきゃ。枕をヨダレでべちゃべちゃにしたなんて、バレたら最悪だもんね。こっそり洗っちゃお!
私は、枕をわきに抱え、そーっと階段を下りて、お風呂場へ行く。脱衣所へ入って、なんとなく鏡を見た。そこに映っていたのは、15才の茶髪の少女ではなく……。
「えっ!」
思わず、枕をボトッと床に落としちゃった。私、35才のおばさんに戻っている!!




