<第28話>初めてのケンカ
はっきりとは描写していませんが、女性のお風呂シーンがちらっと出てきます。念のため、ご注意ください。
わたしは、シャワーの栓を止めた。これで、お肌も髪もピッカピカになったよ!
うはあ! 生き返ったわ。このあと風呂上がりに、ノンアルチューハイを飲んで、プハーッとできたら最高だね!
ほこほこと幸せにひたりつつ、わたしはお風呂場を出ようとした。
すりガラスの戸を開けた、その瞬間。
「これ着ろ!」
叫び声と一緒に、いきなり黒っぽいものが飛んでくる。
「ぎゃっ!」
わたしはびっくりして、その場にしゃがんだ。
すると、背中に柔らかいものがベチャッと張りつく。やだ! 何なのこれ? 気持ち悪いよ。
「いやーっ!」
わたしはあわてて、背中にくっついたものをひっぺがした。
「あ……ああああのっ、ごめん! ぶつけるつもりじゃなかった」
おろおろした声で言いながら、わたしの前にしゃがんだのは――拓途だ!
「え? え? あ?」
わたしは混乱しすぎて、そのままポカンと拓途の顔を見つめる。
「うわっ、あっ、風呂のぞくつもりじゃ……」
みるみる真っ赤になる、拓途の顔。
「キャーーーーッ! 出てって!」
わたしは手に持ったものを、拓途に投げつけた。
☆
「プハーッ! 生き返るわ」
わたしは、ノンアルチューハイをぐぐっと飲み干す。期間限定のマンゴサワー味。おいしくいただきました!
「その空き缶見たら、うちの親、ショックで固まると思う」
拓途は、ものすごく暗い顔をする。
マンゴサワー味は、彼のお母さま秘蔵のやつなんだって。すごく頑張った日のごほうびに、買い置きしてらっしゃるみたい。それを勝手に飲んじゃったら、拓途は、叱られちゃうかも!
だがしかし! さっきは拓途のせいで、お風呂でたっぷり恐怖体験させられちゃったんだよ。このぐらいのペナルティは受けてもらわなきゃ!
拓途はお風呂をのぞくつもりじゃなくて、わたしのために着替え用のパーカーを持ってきてくれたの。でも、脱衣所に入るのが恥ずかしくて、服だけポーンと放り投げたみたい。そのとき偶然、わたしがお風呂から出てきたもんだから、そのパーカーが、わたしにぶつかっちゃった。彼に悪気があってやったんじゃないのは、わかっているんだよ。
高校生男子のお部屋で、ノンアルチューハイを飲むなんて、不良おばさんだよね。あっ、でも今は、15才の姿をしているから、不良少女?
「家でいつも、そんな感じで、酒、飲んでんのか?」
呆れたように、拓途が訊く。
酒の旨さを知らないお子ちゃまのくせに、バカにしたみたいに言うな!
「わたしはお酒じゃないよ。ノンアルコールだからね! お酒飲むのは、ケースケだけだもん」
わたしはムッとして答える。
「ケースケって、さっき電話で話してたやつ?」
うちの弟のケースケを見下すような拓途の言い方。何なの?
ケースケは、拓途より干支ひとまわりくらい、年上だから! 高校1年のガキンチョなのに、なぜそこまで偉そうなの?
「ケースケは、わたしの大事な家族だよ。バカにしないでくれる?」
わたしは言い返す。
「だ・い・じ・な・家族?」
拓途は、吐き捨てるみたいに言う。
「だったらさ、困ったときはそいつに頼れば? 俺みたいな他人じゃなくて」
彼は何を怒っているの? わたしにはよくわからない。
「でも、しょうがないの。ケースケは、仕事で遠くに行ってて、明日まで帰ってこないし」
ケースケは、長距離トラックのドライバーだし、わたしが家の鍵をなくしたからって、すぐには帰って来られないんだよ。
「しょ・う・が・な・い・から、俺に頼ったんだ」
拓途はフッと、ため息をついた。
「バカにすんな」
拓途がつぶやく。今までわたしが聞いたことないような、低い声で。
「しょ・う・が・な・い・から、今夜はうちに泊めてやる」
彼がわたしをにらんだ。
「だけどな! 明日はさっさと帰れ。俺も学校あるから、うちにいられても困るし」
拓途は、そう言ったあと、わたしに背中を向けた。
「風呂入ってくる!」
わざとみたいにドスドス大きな音を立てて、拓途が部屋を出て行った。
☆
わたしは拓途のベッドに寝転んで、ボーッと天井を見つめている。
どうして彼は急に、怒り出しちゃったの? わたし、何か悪いことした?
ついさっきまで、あんなに優しかったのに。
わたしのお腹がきゅるるーって鳴ったのを聞こえないふりしてくれた。
『ソースの匂いすると、なんか妙に食いたくなるよな』
って言って、たこ焼き買ってくれて。
わたしが、たこ焼きのソースを髪にこぼしちゃったときも、心配してくれたんだよ。
『うち来て、髪洗うか?』
って、誘ってくれたの。
拓途の家におじゃまする前に、ケースケと母に電話したくて、彼に電話代を借りようとしたらね。
『これ、好きなだけ使えば?』
って、スマートフォンを貸してくれた。
なのに、どうして? 何でケンカになっちゃったの?




