拓途視点【その15】 壁ドンキス (ただし、残念)
>今どこ
俺は、RINEのメッセージ送った。
すぐに、ポロロンって音がする。音は小さめでも、ちゃんと聞こえた。RINEが届いたときの音。それが、ブロック塀の向こうで鳴った。
塀の向こうにいるの、昨日のおばさんなのか? この塀の向こうの駐車場に、さっき入っていったシルバーの車。その車のカラーも形も、昨日、乗っけてもらったおばさんの車と同じだったし。
< いま保育園の駐車場
俺が手に持ってるスマホへ、返事が届く。ほぼ同時に、スマホからポロロンって音が出る。やべっ、俺がブロック塀の陰へこっそり隠れてんの、バレるんじゃないか?
< 拓途はどこ?
また、メッセージ来た。これは、あのおばさんから届いたのか? もしそうなら、俺はすぐそばにいて、塀の裏にいるって、気づいてないのか? だって俺がいるの気づいてたら、直接、こっちに声かけるはず。
とにかく、メッセージ送ってきたのが、昨日のおばさんかどうか、確かめなきゃな!
俺は、路地の外へ出る。保育園のビルと駐車場の塀のスキマのめっちゃ狭いところに、俺は隠れてたんだ。
どうして、そんなとこに隠れてたのか。
それは、あることを確かめるため。昨日、ここで会ったおばさん。はるちゃんと3人で回転寿司へ連れてってくれたあのおばさん。あの人が、『なつの母ちゃん』じゃないのかもしんないんだ。
あの……自分でも言ってて意味わかんないし、説明むずかしいけど。
その、30代くらいのおばさん――つまり、『なつの母ちゃん』と思ってた人と、俺のつきあってる『高校生のなつ』は、同じ人物なのかもって気がしてる。
そーゆーアホっぽい妄想が、ずっと頭ん中でグルグル回ってて、ぜんぜん止まんなくてさ。ゆうべは、ほとんど寝られんかった。
俺、メンタルやばいかな? 自分でも妄想ぶっとんでるなーって思うよ。高校生の女子と30代のおばさんが、同一人物? マンガでもそんな設定、聞いたことねーって。
でもあのおばさん、なんか怪しい。俺が『高校生のなつ』にしかしてない話を、なぜか知ってるんだ。
昨日、回転寿司食ったあと、おばさんが帰りに俺を送ってくれてさ。車ん中で、いろいろしゃべったんだ。そのとき。
『学校の友達とは最近どうなの? 話あんまり合わないって、寂しそうな顔をしてたもんね』
って、おばさんに訊かれた。俺、その話は、なつ以外は、家族にも誰にも言ってない。なつの前では、キャラ変えて合わせなくてもよくて、俺そのままでもいいんだって思えた。あの話、なつだから特別にしたんだし。
あのおばさんはどうして、その場にいたみたいに、知ってるんだ?
あっ。今、駐車場の中から出てきたの、昨日のおばさんだ。スマホを手に持って、画面じーっと見ながら歩いてる。俺が近くにいても、たぶん気づいてない。
あの画面に、何が出てる?
おばさんがじーっと見てるスマホの画面。もしあそこに俺が送ったメッセージが出てたら、俺がRINEで今までしゃべってたのは、『高校生のなつ』じゃなくて、あのおばさんだってことになる。
でもさ。あの人が『高校生のなつ』だなんて、あるわけないだろ。まあ一応だけど、確かめに行ってみりゃいいんじゃねーの?
俺は、おばさんのところへ走っていって、手首をつかむ。
「キャッ!」
おばさんがびっくりした顔して、俺を見上げた。
ぽかーんと開いた口。歯に口紅ついて、なんか汚ねーな。
このおばさんが、高校生と同一人物だなんて、そんなはずない。やっぱりこの人、なつの親だよ。『どーも! 昨日は寿司ウマかったっす!』って、あいさつすればいいんだ。
俺がそう思ったとき、おばさんの持ってるスマホの画面がチラッと見えた。
>今どこ
< いま保育園の駐車場
< 拓途はどこ?
ついさっき、俺が送ったRINEと、その返事。それが全部、おばさんのスマホの画面に出てる。
「これは……俺のやつだ」
ウソだろ? これまでずっと俺が送ったRINEのメッセージが、このおばさんに届いてたってゆーのか? それで、返事はこのおばさんから来てたってこと?
うわ、なんか頭めっちゃ混乱してきた。よくわかんないけど、このおばさん、俺のことだましてたのか? どーゆーつもりでだましたのか聞くまでは、帰さねーぞ!
「ぜってー逃がさねえぞ。俺について来い!」
俺は、おばさんの手つかんだまま、引きずってく。
「えっ? でも」
おばさんがぶつぶつ言ってる。
何かテキトーに理由つけて、俺から逃げるつもりか? 逃げらんねーように、狭いところに閉じ込めなきゃな……そうだ! さっき俺が隠れてた路地が、ちょうどいい。
俺はおばさんの手首ポイッと放して、そのまま路地に押し込んだ。
「ねえ、急にどうしちゃったの?」
私、身に覚えがありませんけど? そーゆーツラして、知らんぷりするおばさん。くそっ、あつかましい女だな!
「どうしたじゃねーよ!」
俺はビルの壁にドン!! って手ついて、おばさんを追いつめる。おばさんは、ズリズリっと後ずさりして、壁に背中くっつけた。
「そっちから、せっ……えいするまで、帰さねーぞ」
めっちゃ腹立ってたから、俺、セリフ噛んじゃって『説明』ってちゃんと言えてねーけど。とにかく、どーゆーつもりで俺をだましたのか、説明するまで、てってーてきに、問い詰めてやるからな!
俺は、おばさんのあごをグイッとつかむ。唇がタコみたいな形になった。うげえっ! 路地が狭いせいで、めっちゃ顔が近い。この距離やばいな。ちょっと離れなきゃ。
あれ? 何だ? おばさんの手が、俺の首に回ってきてるんだけど。おいっ、止めろ!
「……もう、拓途ったら、照れちゃって。しょうがないな。ちょっとだけね」
なぜか頬が赤くなったおばさん、さらにタコっぽくなる。
えっ? ええっ? タコ唇、こっちに寄ってきてないか? 止めろ! 放せ!
俺は逃げようとしたけど、おばさんに首がっちりホールドされてて無理だった。
「んーっ」
俺の悲鳴は、タコ唇に吸い込まれていく。
ううっ、唇のブニュってした感触、芋虫だ……。泣きそう。俺の初めてのキス、芋虫の味がした。




