<第22話>年下の彼氏?
「にいたん……すき」
はるは寝言を言いながら、マンパンマンのぬいぐるみをギュッと抱いた。
はるの心の中で、拓途はマンパンマンに居並ぶヒーローになったみたい。そうだね。はるが怖くて泣いているときに、カッコよく駆けつけてくれたんだもんね。そりゃ惚れちゃうよ!
それにしても……キャッ。彼のこと『拓途』なんて呼んじゃったわ。これまでは、心の中で、『彼』とか『あの男の子』なんて呼んで、なんとなく距離を取っていたのに。
私、恋しちゃった? まさか! 相手は、高1の男の子だよ。35才のいい年したおばさんが、何てアホなこと考えているのかね? 好きって言っても、恋愛とかそういう色っぽいやつじゃなくて、人として良いってことだよ!
娘のはるに添い寝しつつ、気がつけば、拓途の手を思い出している。手のひらは、大きくてゴツッとした感触。でも、指がすらっとしてきれいだった。
「姉ちゃん」
急に、ひそひそ声で呼ばれた。寝室のふすまが開いて、細く光が差し込む。
弟のケースケだ。
「カバンの中で、電話がブルブル鳴っとるけど、放っておいていいか?」
ハンドバッグに入れっぱなしのスマートフォンが鳴っているのを、知らせてくれたのだ。
「ありがと、すぐ行く」
私は、小声で答える。
そっと布団を抜け出して、小走りでダイニングキッチンへ向かう。スマートフォンを入れたバッグは、ちゃぶ台の下にある。
「はるは、もう寝たんか? 何回も続けてブルブル鳴るから、急ぎじゃないかと思ってな」
ケースケはちゃぶ台の前に座って、缶チューハイのプルタブを開けた。
「うん、大丈夫。よく寝てるよ」
私は、ハンドバッグからスマートフォンを出して、画面を見た。拓途から、RINEのメッセージが来ている。
>ちゃんと うちに帰れた?
>俺 送っていきたかったんだけど
>はるちゃん めっちゃ泣いてたな
>大丈夫だった?
「ちょっとRINEするね。お礼言わないと。今日は、私がいない間に、はるの面倒をみてくれたの。優しい子でね。はるが、めちゃくちゃ懐いちゃった」
私は、簡単に事情を話した。15才の女子高生に変身していたなんて、ケースケに言っても笑い飛ばされるし、そのへんを適当にぼかしておく。
「はるったら、かわいいんだよ。その男の子が、私の手を握ったときに、やきもち焼いて」
「手を握った?」
ケースケが、びっくりしたように目を見開く。
「おっ……おお。そうか。姉ちゃんには、男がいたか」
「やだ、違う。その子は……友達だってば」
私はあわてた。言い方がまずかったんだ。手を握ったなんて言うと、色っぽい方向に誤解されちゃう。事実は、ふざけてハイタッチの進化形みたいなことをしただけなのに。
「おうおう、照れんな。そろそろ、次を考えてもいい時期と違うか?」
ケースケの言う『次』って、再婚? まさか! 前の夫と離婚して、まだ半年くらいだもん!
「あのね。その子は、すっごく若いの。つきあうとか結婚とか、ありえないよ」
「何じゃと? 年は20代か? 俺より若いか? 熟女フェチか?」
ケースケの顔が、冷やかすようなニタニタ笑いに変わる。
「もお! エロ弟め! 勝手にいろいろ想像するな!」
私は、冗談っぽくごまかす。
彼が高校生だって説明するならば、じゃあなぜ知り合ったかという話になる。私が15才に変身するってことをぼかしつつ話すのは、難しそうだ。
「けどな、マジメな話。その年下男は、姉ちゃんのこと、真剣に考えてるんと違うか? バツイチ子持ちと知った上で、それでも手出してくるなんて、相当惚れてるぞ」
ん? ちょっとちょっと、ケースケ! 想像力が、暴走していますよ!
「ええっ……」
私はびっくりしすぎて、返す言葉がみつからない。
「ほれ、さっさとRINEしてやらんか。年下男が、返事待ってんぞ」
「あ、うん」
私は、スマートフォンをキュッと握る。
ケースケの誤解をどうやって解く? 面倒なことになっちゃったな。まあやっかいなことは、あとでゆっくり考えればいいや。
それにしても。
拓途と話すときは、正体に気づかれないように、もっと慎重にならなきゃ。
今日は、正体がバレるかもって、ドキドキした。拓途の前で、うっかり自分のこと『ママ』って言っちゃったし。
その場は何とかごまかせたけれど、今ここで、35才のおばさんに戻ったらどうしよう! って、急に怖くなって。しかも、そのとき。
『家まで送るよ。俺、近くに自転車置いてんだ。持ってくるから、待ってて』
拓途が言ってくれたもんだから、私は大あわてで断って、はるを抱えて猛ダッシュした。
『あのっ! 私の家、ボロボロなの。恥ずかしいから見ないで!』
私、あせりすぎて、わけのわかんない言い訳したと思う。
拓途には、変だって思われたかもね。
35才の姿に戻ったのは、保育園の駐車場。はるを抱っこしてダッシュしていたら、自分の車が見えた。そうだ! 保育園まで車で来ていたんだ! って、あわてて車のところまで走ったんだよね。そこで、女子高生の姿で、運転しちゃまずいわ! って気がついて、サイドミラーを見たら、そこには女子高生じゃなくて、汗だくのおばさんが映っていた。
そのあとすぐに、拓途が自転車で、駐車場の前を走り抜けていった。キョロキョロして、15才の私を捜しているみたいだったな。
ギリギリセーフ! 拓途に送ってもらわなくて、正解だったんだ。はるは、私の肩にあごを乗せていたし、たぶん、元の姿に戻るところは見ていないと思う。とにかく誰にも見られなくてよかったよ。
こんな調子じゃ、そのうち正体がバレちゃうな。
今日のところは、はるのことで助けてもらったし、RINEでお礼は言わなくちゃ。でも、ボロが出ないうちに、話は早めに切り上げないと。
それに、RINEしながら夜更かしして、また昨日みたいに寝坊しちゃったら、ダメだもんね。




