<第20話>それでもやっぱり、母はシアワセ
保育園へ着くと、はるは珍しく、自分から走ってきたの。はるは甘えて、私の腰にギュッとしがみつく。いじらくて、胸がキュンとしちゃう!
「怒ってごめんね。ママが悪かった」
私は、はるの頭をなでる。
「お家に帰ろう」
はるを抱っこして、保育園の外階段を下りる。もう暗いから、足もとに気をつけなくちゃ。そう思って、ふと下を見たの。
外灯の下へ、立っている人影。その顔を見たとたん、私はギョッとしちゃった。
あの高校生の男の子が、保育園の前の道から、こちらをじっと見つめているの。彼は制服のブレザー姿で、自転車をわきに停めて、そわそわと人待ち顔。
まさか、15才に変身した私を捜しているの? ここにいれば、女子高生の私が、はるを保育園へ迎えに来ると思ったのかも。期待でキラキラ輝いていた彼の目が、一瞬で、無関心に変わっちゃった。私と目が合うと、彼は顔色ひとつ変えずにそっぽを向く。
35才の私は、落ちている空き缶みたいに、彼には気づかれない。昨日、15才に変身していたとき、あの子は、ほんわかした笑顔を見せてくれたのに。
私は、急いで車へ向かう。
駐車場で、はるをチャイルドシートに乗せようとしたら。
「いや、いや、いや」
連続パンチを浴びせるように、はるが反抗する。
「いや」
はるはシートベルトを嫌がって、私の顔をグイッと押し返す。私は、ほっぺをブニュッと押されて変顔になりつつも、一瞬のスキをついて、シートベルトを留める。こういうハードな肉弾戦を、毎日やっているのよ! 肝っ玉戦隊★お母さん仮面も、楽じゃない。せっかくベルトを留めたのに、はるはさっそく抜け出そうとしているし。
「ベルトをカチッとしないと、お家に帰れないよ」
「嫌って言ってもダメなの」
「はるがちゃんとするまで、ママは待ってる」
私はしぶとく言い聞かせた。疲れ果てた挙句に、ようやく運転席に座る。バックミラーに、艶のない顔をした女が映った。化粧っ気ゼロ、髪もぐしゃぐしゃで、ヨレヨレのTシャツを着た35才のおばさんだ。
「ママ」
はるが、細い声で私を呼ぶ。チャイルドシートは、運転席のすぐ後ろにある。私の姿が見えなくて、不安なのかな。
「ママ、ここにいるよ」
私は運転席から身を乗り出し、はるに笑いかける。
「お家に帰ろう」
「いや」
はるはシートベルトを抜け出すと、私の顔を見て、ヘラッと笑った。
もう、疲れたよ……。
☆
その夜、私は添い寝をしようと、はるの枕元に、マンパンマンのぬいぐるみを置いたの。はるはそれを押し返し、私の肩にくっつける。
「マンパンマンと一緒に、ねんねしないの?」
私は不思議に思った。
「まんまんまんとじょに、ねんね」
はるは、布団の角をこちらに押しつけた。そのあと、私の隣にぺたんと座って、私の額をなでる。いつも私が、はるを寝かしつける仕草とそっくり。はるは真似しているんだね。
私はやっと、はるの意図に気づいた。
「はるが、ママをねんねさせてくれるの?」
はるは、嬉しそうに笑う。
ひょっとしたら今朝も、はるは、気持ちよさそうに眠る私を見て、このまま寝かせておこうと思ったのかも。それで、私の額をなでたり、『ねんね』と言ったのかな。
今朝のヨーグルトの一件も、私の誤解だったのか。
はるがこちらにスプーンを向けたのは、ヨーグルトを私に『あーん』って食べさせたかったんだ。私は勘違いをして、スプーンを取り上げ、はるの口にあてがった。私にわかってもらえず、はるは大声で泣き叫んだ。それを、私はきつく叱っちゃった。そりゃあ、はるがキレるのも当然だわ。
はるは夕飯のときも、好物のバナナを『あん!』って言いつつ、私の口へグイグイ押しつけた。強引なのは、ちと困るが……はるは、自分が好きなものを、私に分けてくれたんだね。
「はるは優しい子だな。お姉ちゃんになった!」
私は、はるを抱きしめた。
はるは、私のすることを意味もなく真似しているだけかもしれない。でも、私に甘えるばかりだと思っていた子に、他人を思いやる心がめばえた。その成長が、嬉しくてたまらない。
「うう」
私が起き上がったせいか、はるがぐずり出す。
「ごめん。ママ、ちゃんとねんねする」
私は、はるを抱いて横になる。はるの背中をさすっていると、うとうとしちゃった。ゆっくりと薄くなっていく意識の向こうで、スマートフォンが、着信を知らせている。
あの男の子から、RINEのメッセージが届いたのかな? あの子に、もう会わないって伝えなきゃ。頭で思うのに、眠たくて身体が動かない。
彼に謝らなくちゃ。彼に――




