<第19話>私ってば、ダメ母だ!
誰かが、私の額をなでた。誰? 温かい手。すごく気持ちいい。起きるのがおっくうになる。
「まんまんまんとじょに、ねんねてぃよ」
あ、娘のはるの声だ。
まだ2才と2ヶ月で舌っ足らず。何を言っているかわかんないことって、しょっちゅうあるんだよね。
うーむ。しかし、はるが起きたのなら、私も、のんきに寝ちゃいられないか。
ゆうべずいぶん遅くまで、高校生の彼とLINEで話して、最後は眠くてたまらなかった。それから――あとは記憶がない。私は、あれからどうした?
「ふうっ」
私は、ため息をついて目を開けた。目の前にあるのは、フカフカの枕じゃなくて、木の板だ。
なんと、ちゃぶ台に突っ伏しているではないか! うわー、やっちった。RINEで話しながら、うたた寝したのか。
「ん……」
私が伸びをすると、赤いものがボトッと落ちた。はるが大好きなマンパンマンのぬいぐるみ。あら? なぜ、ここにマンパンマンが?
「ねんね!」
はるが、大声を出す。
「はるは、ねんねしたいの?」
「ちあう」
はるは首をぶんぶん横へ振り、手を伸ばして、私の額をなでようとする。
「ねんね」
「ママのおでこ、なでてくれるんだ」
こういうところは、甘えたちゃんだな。
はるは2才になってから、何でもイヤイヤイヤイヤ言うようになって、ただいまプチ反抗期。手はかかるけれど、その分、こうして甘えてくるときには、かわいさを何割増しにも感じちゃって、うふふー得した! って気分。
「じゃあ、お願いね」
私は、はるの前へ、額を突き出す。ちゃぶ台に置いたスマートフォンに手が当たった。画面には、7時16分と時刻が出ている。
「えっ?」
私は、壁の時計を見る。朝の7時16分。嘘でしょ……いつもより1時間も寝過ごした!
「ごめん! またあとで、なでなでして」
私は、大あわてでキッチンへ立つ。
「朝ごはんだよ。自分で食べようね」
冷蔵庫からヨーグルトを出してフタを開け、スプーンと一緒にちゃぶ台へ置く。はるがひとりで食べてくれれば、その間に、自分の身支度ができる。
私は、手近にあったヨレヨレのTシャツとジーンズを着る。おしゃれとは正反対の、油断しまくった姿。でも、服を選んでいるヒマなどないわ!
イカン! 化粧もしなくちゃ。眉を描いたり、マスカラをつけるのは、時間的に厳しい。ファンデーションと口紅だけ塗ってごまかすしかない! 女の顔は、ひとまず封印じゃ!
大ざっぱに身支度して、はるの様子をうかがう。はるは、ほとんどヨーグルトを食べていない。
「あん」
はるは私の方にスプーンを突き出した。食べさせて欲しいのか。うっ……この忙しいときに。困ったちゃんだな!
「ママがあーんしたら食べるの?」
私は、はるの手からスプーンを取る。
「ちあう。あん」
はるは口をへの字に曲げた。
ゆっくり相手できるときにも、時間がなくても、はるは、変わらずマイペースで私に甘える。大人の都合なんか、2才の子にわかんないからしょうがない。
仕事に出るまでの時間は、容赦なく減る。私はイライラを必死で抑えつつ、ヨーグルトをすくって、はるの口元にあてがった。
「いやなの」
はるはスプーンを払う。手を強く叩かれたせいで、私はスプーンを床に落としちゃった。ヨーグルトが畳をべったりと汚す。
「はる、ダメでしょ!」
私は、はるを叱った。
はるは、キーキー泣き叫んで暴れる。一度こうなると、気が済むまで放置するしかない。もお! 私だって泣きたいよ。心の中でグチりつつ、畳についたヨーグルトを拭く。
「ヨーグルト要らないの。バナナ食べようか」
私は、努めて明るい口調で言う。
「いや」
はるの好物で気を引いても、まったく効果なし……。
「食べないなら、ごちそうさまするよ」
私は、ヨーグルトを片付けようとした。
「いや」
はるは、さらに激しく泣き出す。何をしたいのか、さっぱり意味がわからん! 私は、はるに見えないよう、流し台の前でため息をついた。
☆
空は、どよんと曇っている。
私は残業したあと、車で、保育園へ向かっていた。今、走っている国道の上を、ぶ厚い雲が覆っている。
今朝、保育園ではると別れたときのことを思い出すと、自分が情けなくて。涙と鼻水でベタベタになったはるの顔を、拭いてあげる間もなく、ほとんど放り込むように預けてきたの。
私がだらしないから、いけないんだよ。ゆうべは、高校生の男の子とLINEで話して、ずるずると夜更かしをして、そのせいで朝寝坊した。
時間がなかったのは、自分のせいだよ。はるがぐずって出かける支度ができないのも、いつものこと。なのに私は、勝手にイライラして、ろくに朝ごはんも食べさせず、はるが嫌がるのに、パジャマをひっぺがして着替えさせた。ひどい母親だな。
あの男の子とLINEで話すのは、控えよう。会うのも止めなきゃ!!
スマートフォンから着信音がした。でも、メッセージを見るのはあとで。とにかく保育園へと急ぐ。




