<第12話>君だけは特別
「なつ!」
誰かが、わたしの名前を呼んで、肩をつつく。
「ん……あ」
知らない間に、わたしは眠ってしまったみたい。うー、眠い。まぶたが重い。それでもどうにか目を開けた。顔を上げると、空はもう薄いオレンジ色に染まっている。
「めっちゃ、気持ちよさそうに寝てたな」
声のする方向へ、わたしは振り返る。
そこには、昨日ここで会った男の子がいたの。彼は自転車にまたがったままで、わたしを見ていた。今日の彼は、制服のブレザーを着ていない。長袖カッターシャツに、ネクタイをしめている。
「あの、わたし」
なぜ彼が、話しかけてくる? わたしは35才で、彼は絶対に、わたしを知らないはず。まさか。わたしは、また15才の姿になった?
わたしが下を向くと、赤いタータンチェックのミニスカートが見えた。二度見、三度見、しつこく四度見までしたけれども、間違いない。今日もまた、昨日と同じように、女子高生に変身した?
まずい。35才のおばさんのままで、探偵さながら、彼を偵察するつもりだったのに、15才に変身しちゃうとは! しかも、こっそり偵察するはずだった彼本人に、しっかり見つかっちゃってる。ああ、困ったな。また女子高生に変身するなんて想定してなかった。どうする? とにかく、笑ってごまかしておこう。
「隣に、座っていい?」
彼は、わたしの返事も待たずに、自転車を停めて、防波堤へ上がってくる。
「明日が楽しみだ」
彼は、目尻を思いっきり下げて、ニヤついている。
「明日?」
わたしは、訊き返す。今、会ったばかりなのに、なぜ、明日の話をする?
「昨日は、自転車でコケて、今日は、防波堤で寝てるし」
彼がブッと吹き出した。そうか。わたしがドジなのを、馬鹿にしているのか。明日もわたしが何かやらかしたら、笑ってやろうと思っているのだな。この子、意外と嫌なヤツかも。
「なつは、めっちゃ天然で何するか予想つかないし、ずっと見てたくなる」
彼はニヤつきながら、わたしの顔を覗き込む。
何だと! 大人しく聞いてりゃ、調子に乗りやがって。許せん! わたしはムカついて、そっぽを向く。ああ、腹立つな。顔が熱くなってきた。火照っちゃったかも。
「さっきから。わたしを『なつ』って呼んでるよね」
わたしはどうにか心を落ち着かせ、やんわりと彼をたしなめた。
今、わたしと彼とは、見た目は同じ年頃。だから、彼がタメ口で話すのは、普通のことかもしれない。でもね、わたしの心は、35才の大人のままなの! こんな年下の子から呼び捨てされるなんて、やっぱりムカつく!
「違う? RINEで、プロフィールの名前が、『なつ』になってたから、そう呼んだんだけど」
彼は、不思議そうに訊く。
わたしはRINEのプロフィール欄に、『なつ』という名前を登録している。『神崎奈津』という本名をフルネームで書くのは無防備すぎる気がして、下の名前だけをひらがなで書いた。彼はそれを見たんだな。
「違わないよ。でも、そういう風に、誰でも呼び捨てにするの、わたしはイヤ」
もお! 我慢の限界だよ。この子は、相手に断りもなく呼び捨てにするのが、失礼だって思わないの? おばさんは、礼儀に厳しいんだから。ちゃんと注意しなくちゃ!
「俺は……誰でもそういう風に呼ぶわけじゃないから」
「え?」
彼があまりに変なことを言うもんだから、わたしはつい、怒りを忘れちゃう。知り会ってまだ2日目だよ? そんな台詞は普通、つきあいたい女の子に言うもんでしょ。




