<第9話>あの夢は……現実?
< 連絡先教えなくても RINEできる?
>あ そっか RINEのID交換しなかったもんな
>そっちの電話番号 わかればできる
>知らない?
>それで 俺が誰かわかんなかったんだ
立て続けに、すんごい速度でRINEの返事が届く。
イマドキの子は、文字を打つのがどえらい早くて、私みたいなおばさんには、ついていけない。送られてきたメッセージを読んでいる途中なのに、急かすようにどんどん次のメッセージが入る。
私は、バッターボックスに立って飛んでくる球を打ち返すように、夢中で文字を打って送信する。夕方に海で起こったことが、夢か現実かなんて、考える暇もない。
< 知らなかった
>そうなんだ
>さっきは 何回か話しかけても反応しないから 拒否られたと思った
その文章に添えられているのは、人物のイラスト。ムンクの叫びみたいなポーズをしている。メールの絵文字と同じ感覚で使われるイラストは“すたんぷ”と呼ばれているらしい。
>家 帰ってから 忙しかった?
>何してたの
彼が訊く。
< ご飯を作って はると弟に食べさせた
私は必死こいて返事を打つ。さっきから長めの文を書いているせいか、指がつりそうだ。『はい』or『いいえ』で答えられる質問にしてくれると嬉しいのだが。
>そんなことまでしてるんだ
>えらいね
文章のあとに、人物の“すたんぷ”がついていた。“すたんぷ”の人物は、何かを期待するように揉み手をして、瞳をキラキラとうるませている。
>もしかして そっちも母子家庭?
というメッセージが来た。
< うん
わーい! 今度は短い返事でOKだ。私はさっさと送信する。
弟と一緒に住んではいるけれど、あいつは泊りがけの仕事で留守になることが多いし、娘のはると、ふたり暮らしみたいなものだ。
>だよな うちも同じでさ
>家事 めっちゃ手伝わされてる
>俺 だし巻き作らせたら かなりうまい
そしたら彼からのメッセージが、まあどっさりと届くわ届くわ。
ああ、ため息が出そう。来るのが早いわ、量もたっぷり多いわで、じっくり読む余裕もない。彼は自慢しているようだし、とりあえず褒めればいいや。
< わあ すごいね
と、送っておく。実際、だし巻きって、ふわふわに焼くのは難しいらしい。
彼から、返信文の代わりに、“すたんぷ”だけが届く。人物のイラストだ。両手の親指を『イエーイ』って感じに立てて、目からは涙がドッとあふれている。めちゃくちゃ喜んでいるみたい。そうかそうか、それはよかった(棒読み)。
――そのとき、風呂場から、ケースケが私を呼ぶ声がした。
「姉ちゃん。はるが上がるぞ」
「わかった」
私が脱衣所でバスタオルを持って待ち構えていなくちゃ、大惨事が発生する。はるがびしゃびしゃに濡れたままで、家中を走り回ろうとするのだ。床と畳がベッタベタの水浸しになる事態は、回避せねば。『肝っ玉戦隊★お母さん仮面』の出動だ! 直ちに急行!
< はるがお風呂上がるから話せない ごめんね
私は急いで送信すると、そのままスマートフォンを置いて脱衣所へ走る。




