サンタクロース、聖夜のラハヤを
「ありがとうございました、サンタクロースさん」
夜が明けようとした頃。村内で一番高い家の屋根に上り、二人は一緒に宝石で飾られたセリア街を見渡しました。
村に入ってからは、村の一軒一軒に金貨を配ることと、小さなモミの木に宝石を飾ることで手一杯で、気がついたときは時間が随分と経っていました。
しかし、彼女の願いを叶えることに集中したため、皆から厭悪の眼差しで見られてきた明かりのない貧困街は、クリスマスらしい多様な輝きに満ち溢れるようになったのです。
「・・・遠目から見ると、本当に綺麗ですね」
ローシュタインは、そう言って目を細めます。宝石や金貨が発する小さな輝きは、月光に照らされて、さらにきらきらと光を生し出しています。
アランも、自然と微笑みを漏らしながら頷きました。
「・・・ああ。自分が飾ってから言うのもなんだが、絶景だな」
彼女の願いを叶えようと行動し始めた時こそは、袋の中から金塊を取り出すのに躊躇うことを止められなかった彼でしたが、輝く村を見て、自分の今までの考えを脱ぎ捨てられた気がします。
トレジャーハンターとなってから、アランは『この世で一番のお宝』を探し当てることを目標としてきました。
一番のお宝とは、莫大な数の宝石を自分のものにすることによって、初めて味わえる達成感のことを指すのだと、今まで彼はそう思いながら仕事をしてきました。
ですから、その達成感を味わうべく、洞窟探索などで得た宝石たちを全部独り占めにし、その美しさを自分ひとりで堪能してきたのです。
彼は、家族であるおじいさんや、妹のユキにも、狩ってきたお宝を触らせたことはありませんでした。
しかし、この景色を見ていると、その達成感は本当に自分が手に入れたがっている『この世で一番のお宝』なのか、それを疑わずにはいられません。
事実、彼は今までどんなに多くの宝石を自分だけのものにしてきていても、自分が想像したような莫大な達成感を得ることができませんでした。
いつも何かが足りないような気がして、達成感どころではなかったのです。
この貧窮村に輝かしさを加えたとき、彼はなにかを悟ったのでした。
宝石は独り占めにするのではなく、こうして必要な人たちに配ることで、その本来の美しさが発揮されるのではないのでしょうか、と。
そう思った自分自身に、彼は思わず愕然してしまいました。
まさかこんな自分が、宝石を他者に配ることに納得し、それによって宝石本来の美しさが引き出せるなどと考える日が来るなんて、と彼は困惑します。
けれども、この景観を見たことで、あやふやに考えてきた『この世で一番のお宝』のことが、少し見えてきた気がします。
なんにせよ、今のままの自分では、その世界一のお宝を探し当てることなんてできないでしょう。
アランはそう確信しました。自分の、トレジャーハンターとしての姿勢を今一度変えるべきだと、深く反省しました。
それを分からせてくれたのは、まさに、自分の隣にいる無垢な少女です。
彼女の願い事を叶えるまで、ずっとサンタクロースだと偽ってきたアランでしたが、願いを叶えた今となっては素直に白状せねばならないでしょう。
自分が本当はトレジャーハンターだということを。そして、彼女のサファイヤの指輪を盗んだということを。
本当は言わなくても済む話ですが、彼女はきっと、もうすぐ未練をなくしてこの世を去ります。
嘘をついたまま彼女と別れるのは、なんだか後味が悪いですし、なにより自分にトレジャーハンターとしての大切なことを教えてくれた彼女に、嘘をついたのを謝らなくてはならないと気がすまないと、彼は思ったのでした。
輝く村々から目を外し、彼女の方へ向くと、なぜか自分のことをジッと見つめる彼女と目が合いました。
「ふふ、随分と良い表情をされているんですね。サンタクロースさん」
彼女は静かに微笑みます。
まさか顔を見られていたとは思わなかったアランは、その笑みにただただ慌てるしかありませんでした。
「あ、えっと・・・お前に一つ、伝えておきたいことがあるんだ」
それでも、アランは本題を忘れずに彼女へ語りかけます。
「ええ、どうぞ。なんでしょうか」
そう言って、ローシュタインは頷きます。口元にかすかに笑みが残っているその様子は、まるで彼が言わんとしていることをわかりきっているようでした。
「実は、俺・・・サンタクロースじゃなくて、ただのトレジャーハンターなんだ」
恐る恐る、といった表現がよく似合う動作で彼女を見たアランは、ジャケットの胸ポケットの中から、屋敷で盗ったサファイヤの指輪を彼女に差し出します。
「あまりにも不気味そうな屋敷だったから、探索に入ってみると、これが見つかったんだ。・・・勝手に盗ってすまない。これはお前に返す」
すべてを白状して一息ついたアランに、なんと少女は思わぬ一言を発しました。
「・・・知ってますよ、あなたがトレジャーハンターだってことくらい」
「・・・・・・え?」
びっくりして、思わず目を見張ると、彼女は満足そうに笑を漏らします。
「サファイヤの指輪を盗もうとしたことだって、最初からわかっていました。それでも・・・いえ、だからこそ、私はあなたに協力してもらうことにしたのですよ?」
「どういう、ことだ?」
彼女の発言には、出会ってからというものの、ずっと驚かされています。しかし、今回の言葉が一番彼を驚かせたことは、もはや言うまでもないでしょう。
少女はそんな彼の質問には答えずに、優しい口調で切り出します。
「あなたは・・・自分のことを、サンタクロースさんになるには不適切な人間だと思っているようですね。
現に、トレジャーハンターをやっている身です。お爺さんのような優しい人間には到底なれない。だから自分はサンタクロースの後を継げない、そう考えていらしてるのですね」
「!?」
アランは、自分のコンプレックスとも言える、心の中の考えを、出会ったばかりの少女に言い当てられたことに言葉を失いました。
ローシュタインは、「でも、」と優しく、諭すように言葉を紡ぎます。
「不器用でも、そんなに優しくなくっても、人々の夢を叶えたい、笑顔を与えたいと心から思うのなら、あなたもきっと良いサンタクロースさんになれると思いますよ」
ですから、自分に自信を持ってください。アランさん―――。
そう言って、彼女は破顔します。
今まで、誰にも悟られてこなかった自分の秘密が、この幽霊にいとも簡単に勘付かれるなんて。
この少女は一体何者なんでしょうか。
アランは焦りながら、謎の少女に近寄りました。
「なんで・・・知っているんだ?」
ふわふわと、くらげのようにワンピースを靡かせている彼女は、「先程から質問ばかりですね」と不満そうに口を尖らせます。
「幽霊は万能なのですよ」
面倒そうに答える彼女の答案に、アランは頷くしかありません。
彼女は体を持っていないことを除けば、本当に万能らしいですから。
「・・・幽霊って、すごいな・・・」
ぽつりと呟いた彼の言葉に、少女はそうでもありませんよと苦笑します。
そして、思い出したようにサファイヤの指輪に目を向けました。
指輪はまだアランの手中にあります。その手が、こちらも未だにまっすぐとローシュタインに向けて伸ばされていました。
これではまるで・・・・・・
「プロポーズされているみたいです」
「は、はあ!?」
突然そう言い出した少女に、アランは赤面するしかありません。そんな彼の様子を笑いながらも、ローシュタインは述べます。
「その指輪は、アランさんが持っていてください」
予想外にあっさりとした一言でした。アランは「いいのか?」という言葉を喉から出かかりましたが、最後ぐらい彼女を驚かせてやろと企みました。
「・・・俺のプロポーズ、受け入れてくれないのかよ」
その言葉に、彼女は驚くというよりも、小さく苦笑を漏らします。
「おや、反撃されましたか」
「正当な対処だ」
「ふふっ、本当にあなたは愉快な人です。あなたに協力してもらって正解でしたね」
アランの精一杯の反撃にも、彼女はのらりくらりと躱していきました。
彼がそれに悔しさを感じなかったといえば、全くの嘘になります。
「私はあなたに持っていて欲しいのですよ。その指輪を。・・・そしてぜひあなたに、トレジャーハンターだけじゃない、みんなのサンタクロースになって欲しいのです」
これはそのための、お祝い品でもあります。
はんば強引に結論づけた少女に、思わず彼はため息をつきます。
「・・・俺は、じいさんのようなサンタクロースになんてなれない。トレジャーハンターをやってるから、尚更だよ」
「けれども、なりたいと思うのでしょう?強く願えば、きっと叶えることができますよ。トレジャーハンター兼サンタクロース、格好いいではありませんか」
「適当だな・・・」
少女のいう通り、アランはサンタクロースになるのが嫌なわけではありません。むしろおじいさんに爺孝行をするために、サンタクロースを継ぎたいと思っています。
けれども、トレジャーハンターとして、今まで賞賛されるべきではないことをしてきた彼には、サンタになる自信がなかったのです。
「あなたは嫌々ながらも、私のことをほうっておけず、結局最後まで願いを叶えてくれましたね。本当に感謝しています・・・私にとって、あなたは立派なサンタクロースさんですよ」
少女はニコリと笑います。その笑顔に、アランは心なしか、心が軽くなっていくのを感じました。
「・・・ああ、頑張ってみるよ」
「ええ。頑張ってくださいね!」
気がつけば、太陽の光が空を明るく照らしていきました。
それとともに、少女の体もみるみるうちに消えてゆきます。
「っ、ローシュタイン・・・」
思わず声を滑らしたアランに、ローシュタインはうなずきました。
どうやら、成仏するときがきたようです。
「此度は、本当にありがとうございました!アランさん!」
消え行く声にアランは必死で答えます。
「そっちでも元気でな!!」
太陽が昇ってきました。彼女の影はどんどん薄くなり、ついには消えてゆきました。
「・・・ありがとうって言うべきなのは、本当はこっちの方なんだがな」
この世界で一番のお宝とはなんなのか、今はまだわかりません。
しかし、彼は彼女の願いを叶えたことで、ずっと踏み出せなかった一歩を踏み出す勇気を得られました。
これでは、どちらがサンタクロースだかわかったものではないと、彼は思わず笑ってしまいます。
ーー帰ったら、爺さんに伝えよう。
サンタクロースの跡取りを少しづつ手伝っていきたいということ。
自分もきちんと爺孝行をすることを。
ずっと言えずにいた自分の本音を、お爺さんとユキに伝え、今度こそ、ちゃんと彼らと向き合いたい。
アランは、心の中でそう決心しました。
セリア街を見渡すと、ポツポツと起き上がる住民たちが目に入ります。
見たこともない財物たちに、彼らは驚き、また涙声で感謝を述べました。
「ハレルヤ!ありがとうございます!サンタクロースさん!」
天に向かって皆が両手を上げているのを見て、彼は感じたことのない達成感を得ました。
・・・この暖かい感覚。晴れ晴れとした達成感。
それはまさに、アランがずっと追い求めてきたものだったのです。
彼は胸に手を当てて、その感覚を吟味しました。
結局、あの謎の少女は何者なのか、アランは知ることはできませんでした。
けれど、彼女のお陰で進むべき道をみつけることができたのです。
彼女とは、また何処かで会えそうな気がする。
彼はそう感じながら、力強く踵を返します。
「さあ、帰るぞ!トナカイ!」
「ウー!」
太陽がさんさんと周囲を照らしています。その光から、アランは元気をもらったような気がして、ははっ、と恥ずかしそうに笑うのでした。
数年後。
街中で、貧しい人々に宝石を配るサンタクロースが話題となったことは、また別のお話です。