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トレジャーハンター、心に問いて

セレア街についた頃は、空飛ぶトナカイもへとへとにくたびれてしまいました。

地上へ着地をすると、今夜がクリスマスイブだということを忘れてしまうぐらい、簡素でおんぼろな家が何件も並んでいるのが見えます。

あまりにも凄惨な風景に、アランは思わず目を背けました。


「すみません。トナカイさん、随分とお疲れのようですね」


音もなく自分の隣へ飛んできたローシュタインは、地面でうつぶせになって休息をとっているトナカイを一瞥し、小さく謝罪を口にしました。


「まあ、プレゼントを配り終えたあとの長旅だからな。疲れるのもしょうがないな」


「しかし、本当にワイルドなサンタクロースさんですね、あなたは。ソリを使わずに直接馬乗りだなんて・・・そんな乗り方見たこともありません」


「これが俺のスタイルなんだよ。文句は受け付けないぜ」


戸惑いを隠しきれない表情をした彼女に、アランは気恥ずかしそうに俯きました。

トナカイに馬乗りになる人間は、きっと世界で彼一人しかいないでしょう。

ソリを使って移動するのはなんだか効率がない。直接乗ったほうが早く仕事が済ませる。

当初はそう思ってプレゼントを配りに行ったのですが、馬に乗った経験のない彼は、早速後悔する羽目となりました。

トナカイの背中は予想以上に固く、背中から降りた今でもお尻が痛くてたまりません。

けれども、それを素直に言ってしまったら、ローシュタインに笑われるに違いありません。

ひとりの人間として、男としてのプライドが、彼に強がる行動をとらせました。


しかし、彼女はすでに、彼の『スタイル』が強がりだということを勘付いていました。

クスクスと可笑しそうに笑う彼女に、アランは恥ずかしさで赤面します。


「そんなことより、どうするんだよ?一応、宝石と金貨は持ってきたが・・・まさか直接一軒一軒廻るってわけじゃないよな?」


そう言うアランの手には、プレゼントを入れるための大きな白い袋に入れられた宝石たちがありました。

心なしか、袋を握っている手がかすかに震えています。

この大量な宝石たちを実際に触ったのに、自分のものにできないという悔しさ故でしょう。


それよりも、一刻でも早く家に帰りたい彼は、できるだけこの村に近づきたくはありません。

もし、まだ寝ていない住民に見つかったら。大惨事が起きること間違いなしです。

それを想像すると、彼は無意識に身震いをしました。

なぜなら、アランは以前、サンタ村へやってきた旅人に、こんな話を聞いたことがあったからです。


『知ってますか?お坊ちゃん。ここよりずっと東にあるところに、セレア街という村があるんです。

絶対に好奇心で近づいてはいけません。奴らはまるで野生の獣。そこの住民たちに見つかってしまったら、金目のものや着ている衣装を全部盗られ、無事に帰ってくることはまず不可能でしょう』


迫力迫った顔を乗り出して話をする旅人のことは、十数年たったいまでも忘れられません。


手が自然と、お爺さんが作ってくれた、古びたマゼンタのジャケットをつかみます。

ここの住人は凶暴です。直接会ったことはありませんが、アランは村から漂う、ただならぬ雰囲気から、薄々とそう感じていました。


だからこそ、アランは理解できないのです。


なぜこの少女が、この貧困村にこだわるのか。そして、死んでなおこの村に尽くそうと思うのか。


「・・・サンタクロースさんは、」


いつの間にか、少女の両目がきっちりと自分を捉えていました。

出会ったときと同じような状況です。その時と異なるのは、今度は彼女がアランを見上げているということと、彼女が殺気迫った目ではなく、悲しそうに彼を見据えていることでした。


「この村のこと、随分とお嫌いのようですね」


「嫌いって・・・まあ、違うって言えば嘘になるな」


「やはり、そうですか」


ローシュタインの声が小さくなっていくのを聞いて、アランはおかしいと思いました。

恐る恐る隣を見ると、泣く寸前のような顔をした少女の顔を見てしまいます。


「お・・・・おい、どうした!?」


妹のユキの他に、アランは泣いた女の子の顔を見たことがありません。

ですから、初めての場面に遭遇してあたふたしてしまいました。


しかし、少女はうつむいたままで、彼の焦燥した様子に取り合いませんでした。


気まずい雰囲気が二人の間を流れていきます。


沈黙に耐えられず、アランは謝罪をしようと口を開きました。


「す、すまなかっ・・・」


「私は生前、過保護な父上に屋敷の中に閉じ込められていました」


しかし、それが言い終えるよりも早くに、彼女は言葉を紡ぎました。


まるで何かを堪えるように。なにかを訴えるかのように。


思わぬ話の展開に、アランは目を瞬かせるしかありません。

なぜここに、彼女の生前のはなしがでてくるのでしょうか。

脳内は疑問だらけですが、彼女の言葉に興味を惹かれたのも事実。彼は黙ってその話に耳を傾けました。


「父上は他人にこそは厳しい人物でしたが、娘のわたしにはまるで蜂蜜のように甘やかしてくれました。

毎日私に高級な装飾品や、なかなか手に入れることのできない美食を買い与えてくれたのです。私の身勝手な願いを、父上は全て叶えてくださいました。・・・ただ一つを除いては」


「その一つって・・・」


アランは眉をひそめます。彼女の願いが薄々とわかった気がしました。

ローシュタインは、その時のことを思い出したかのように、小さくため息をつきました。


「・・・屋敷の外から出ること、です。これは私の一番の願い事でありました。それさえ叶えられればなにもかもいらない、と思うほど、私は外の世界に行ってみたかったのです」


――しかし、その願いを、父上は頑として聞き入れてはくれませんでした。


『お前はこの屋敷にいるだけで十分なのだ』


娘には決して向けない厳しい顔を、父上は、私が屋敷を出る、と話す時に限って出していたのです。

おかしいとは思いませんか?疑わしいとは思わないでしょうか?

・・・私は、そう思いました。父上は私に何かを隠しているのです。直感ですが、確信を持ってその答えを導き出すことができました。

父上は私に優しいですから、きっと隠すのは私のためだと判断したのに違いありません。

私を愛してくれるその行動には、いつも感謝していました。

けれど、私も一度でいいから外に出たかったのです。


父への感謝と、己の欲望との激しい心の争いが繰り返された結果、やはり、欲望が勝ってしまったようでした。


ある日、父が貿易商との話し合いで家を空けているのを隙に、私はあらかじめ盗んでおいた鍵で、屋敷から出てしまったのです。


・・・・・・ええ、初めて見る世界は、それはそれは大きいものでしたよ。私が想像していたものと全く異なっていました。予想以上といいますか・・・期待以上でしたね。


屋敷はサンタクロースさんが見た通り、山奥に存在していました。

窓から見える風景は、いつも花草ばかり。たまに小鳥さんが飛んでくるのを窓越しに見たりして、私は毎日を淡々と過ごしてきたのです。

ですから自然と、山下の町並みでも、そういう景色ばかりだと思い込んでいました。


けれど、実際は全くそうではなかったのです。

人々の笑い声で賑わう街道、子供たちが活発に走り回る大広場。

見たことのない世界に、私はひたすらに目を輝かせました。


それとともに、好奇心がどんどん大きくなっていったのです。

最初は、父上に見つからないように早く帰ろうと考えていましたが、新鮮な景観を前にして、私はもっと特に行ってみたいと欲張りになりました。


もっと広い世界が見てみたい。未知の世界に飛び込んで、もっと多くの素敵な景色を見てみたい。


その一心で、私は屋敷から逃げるように走ったのです―――


「それで、たどり着いたのがこのセレア街だと?」


「・・・ええ。そうです。こんな遠くに来たことも知らずに力尽きようとした私を、村の人々が助けてくれたのです」


『大丈夫?』


あの日のことを、私は未だ鮮明に覚えています。


体力をなくして地面に突っ伏した私に、最初に声をかけてくれた男の子がいました。

その男の子の服はとにかくぼろぼろで、全身に最近付けられたかと思われるあざがいくつもあったのです。

そんな彼を見たとき、私は全身の疲れも忘れるぐらいに驚きましたね。

こんな貧しそうな人もいるんだ・・・と。今思えば馬鹿馬鹿しい驚愕です。私は父上のおかげで優雅な生活を過ごすことができましたが、世界にはこんな貧しい人もたくさんいるんですもの。

それを知らずに今まで生きてきた私は、本当に罰当たりな人間です。


『わっ!どうかしたの、お嬢ちゃん!』

『・・・おい!人が倒れているぞ!』


男の子が私に声をかけてくれたおかげで、住民たちが私の存在に気づき、救いの手を差し伸べてくれました。

・・・正直、そのあとのことは、よく覚えていません。しかし、私がセリア街の人々に命を救っていただいたのは紛れもない事実です。

私は体力がもどるまでの幾日かを、セリア街の皆様とともに過ごしました。

父上がセリア街にあまり良き印象を抱いていないせいか、私は当初、住民たちの一挙一動に警戒していました。

ですが、住民たちの心に触れ、少しずつその根拠のない考えを正していったのです。


彼らはとても働き者です。貧しい生活の中でも、頑張って生きようとする強い信念を持っています。

泥沼の中に埋まってしまっても、決して諦めない心を捨てない。それが彼ら。

・・・私たちのように豊かに生きる人々よりも、セリア街の人々ははるかに強くたくましいのです。




「これで、なぜ私がセリア街の人々に恩返しがしたいか、お分かりになったでしょう」


「あ、ああ。よく、わかった・・・。けれど、」


けれど、俺が旅人から聞いた話と全然違うじゃないか。

セリア街についての二人の見方が、こんなにも異なっているなんて。アランは戸惑うしかありませんでした。

そんな彼の考えに気づいたのか、ローシュタインは少し不愉快そうに眉をひそめます。


「・・・セリア街が野蛮な村だということに偽りはありません。しかし、街中で話されているような、人のものを勝手に盗む等の行為はしていないと断言できます。彼らにも、人間としてのプライドがあるのです。

話を面白おかしく展開させたいがために、偽り話を平気で作り上げる人々には感心致しませんね」


「そうだったのか・・・」


そういえば、あの旅人は話を終えたあと、俺に忠告したお礼に代金を渡せとせがんで来たな。

ありがたい忠告を聞いたから、料金を払うのも仕方ないと思っていたが・・・なるほどそういうことか。

あの旅人はあんな感じで商売してお金を得ているんだな。


アランは彼女の話を聞いて、自分の聞いた話が半ば偽りだということを悟りました。

それと同時に、彼は話を鵜呑みにした自分のことがだんだんと情けなく思えてしまいます。


「・・・お前の言いたいことはよくわかった。そろそろ行くぞ」


たくさんの財宝がつまった袋を持ち上げながら、アランはセリア街へと歩みを進めていきます。


「あっ、待ってください!」


焦ったように追いかけてこようとするローシュタインの声が、後ろから小さく響きます。

幽霊だから焦らなくてもすぐに追いかけられるだろうに・・・アランは心の中で苦笑をしました。

しかし、彼は無意識にその声に少しばかり歩む速度をゆるめ、ついにはぴたりと立ち止まります。


「サンタクロースさん・・・?」


背後で状況を掴めなさそうにしている彼女に向けて、アランは思いっきり振り向きます。

いざ振り向いてみると、気恥ずかしさが全身を駆け抜けます。しかし、彼は羞恥に負けずに声を絞り出しました。


「・・・っごめん!!」


「え・・・?」


目の前の少女が、首をかしげながらこちらを見ています。


「俺、確かな根拠も持たずに、この村のことを嫌悪してしまった!本当に、その、すまない・・・!」


声がどんどん小さくなっていくのを感じます。

実際、アランは素直に謝ることが苦手なのです。謝ろうとしても、いつも自尊心ばかりが前に出て、素直に頭を下げられたことなど一度もありませんでした。


そんなときは、いつもお爺さんが優しく頭を撫で、「大丈夫じゃよ」と微笑んでくれる。

お爺さんの言葉に甘えっぱなしだった彼は、一度もきちんと謝ったことはありませんでした。


けれど、今回ばかりは自分を甘やかしてはならない。

アランは震えながらも頭を下げます。


目の前の少女は、「大丈夫ですよ」も「許しません!」に似たような言葉も言いませんでした。


まさか言葉も出ないほど大激怒しているのでしょうか。ならば、今度こそ自分は呪われるかもしれません。それに少し怯えて頭を上げると、なぜか可笑しそうに笑う少女の顔が見えました。


「ふふ、ありがとうございます」


彼女はそれだけ言うと、ふわりと村の方へ飛んで行きました。


「え・・・?え?」


残されたのは面食らった様子のアランのみ。


ありがとうとは、一体何のことなのでしょう。自分はありがたく思われることなどなにもしていないし、むしろ彼女が大切に思っている村を貶したくらいです。

感謝されるどころか、逆に怒られると思っていたのに・・・本当に、この幽霊少女の考えていることはよくわからない。


そんなことを考えながら、しばらくその場で突っ立っていると、前から声をかけられました。


「サンタクロースさーん!早くしないとおいていきますよー!」


見ると、彼女はもうすでに村の中に随分と入っていました。

幽霊の移動の速さに少し驚きながらも、アランは急いで駆け出します。


「わっ、待てって!」


先ほどの困惑がまるで嘘のように、彼は迷いなく村に足を踏み入れます。


聖夜の月光が、優しく二人を照らしていました。

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