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トレジャーハンター、仰せのままに

どうしてこうなったのでしょう。


アランは心の中で密かにため息をつきました。

好奇心で侵入した屋敷は、正真正銘の幽霊屋敷。そして彼は今、屋敷の主と名乗る幽霊に捕まり、願いを叶うことを要求されています。

幽霊の願いがなんなのか、少し気になりますが、正直なところ面倒くさい気持ちが約八割を占めているアランでした。

今まで自分の利益ばかりを考えて行動していましたから、人のために何かをすることは、彼にとってはただの時間の無駄なのです。


「それで、願いってなんだよ?」


それでも、アランは心優しいサンタクロースを演じろうと、ローシュタインに笑いかけました。

彼女はそれを見て、少し言いにくそうに視線を彷徨わせます。


「・・・本来ならば、体を失った時点で私はこの世を去らなくてはならないのです」


「ああ」


「ですが・・・どうも心残りがありまして」


「そのようだな」


「しかし、幽霊のままでは何も出来ません。ですから、生身の人間であるサンタクロースさんの協力が必要不可欠なのです」


「へえ」


そこで少女は言葉を切りました。まるで言葉を選んでいるような彼女の行動に、アランは首をかしげます。

しかし、ローシュタインが出した願い事に、彼女がなぜそんなに悩みに悩んで答えるのか、彼はいやでも理解するはめとなりました。


「私の願いは、未練をなくしてあの世へ行くことです」


――――――――――


「それって、難しいのか?」


人の欲望は無限大にあり、未練なく天国へ行くことはとても難しい。自分もそういう職業に就いているのですから、アランは日々それを痛感しています。

この少女の未練も、きっと欲望に突き動かされた願望なのでしょう。

アランは警戒しました。もし自分が彼女の願いを叶えることができなければ、そのあと何が起こるのか、わかったものではありません。幽霊の呪術は効果の大きいものだと、彼は昔、どこかで聞いたことがあったのです。

願いが到底叶えられるものじゃなかったら、逃げよう。

アランはそう決心しました。サンタクロースとしての言い訳なら山ほどあります。


「いいえ、そんな難しいことではありませんが・・・百聞は一見にしかずです。二階に来ていただきますか?」


そう言って、彼女に連れてこられたのは、二階にある倉庫のような部屋でした。


「ここは・・・?」


アランは眉をひそめます。お宝の匂いが倉庫の扉から匂ってきたのです。それも、サファイヤ一個の比ではない程、莫大なお宝の匂いが。

すぐに扉を破って部屋に入ろうとする衝動を抑え、できるだけ平静な口調を意識し少女に問います。

心の中では早く扉を開けたい一心で満たされていました。


「ここは・・・ふふ、直接見たほうが良いでしょう。扉を開けてくださいな」


「あ、ああ・・・」


緊張しながらも、アランはドアノブに手をかけます。扉の向こうのことで頭がいっぱいになり、ドアノブを握る手が汗ばんできました。なんだか自分らしくないな―――と心の中で苦笑をしました。


思い切ってドアノブを回すと、彼がまず先に目にしたのは、鋭く光る金塊たちでした。その量は、もはや夢のよう。数え切れぬ程の金の山が、崩れんばかりに積み重なっていました。

さらに扉を開けると、ダイヤモンドやルビーなど、珍しい宝石が部屋に散らばり、無数の輝きを発しているのを見ました。

部屋の中がまるで一つの宝箱のようです。灯台の明かりがなくとも、宝石たちの輝きは、火に勝るほどの明かりを出していました。


「あ・・・・・・」

アランは、自分の全身が硬直するのを感じました。これが、自分が長年待ち望んだもの。一生をかけても使いおえぬほどの金塊。トレジャーハンターとしてどんなに頑張っても、絶対に得ることができないほどの宝石。

この壮大な場面を目の当たりにして、アランは思わず思い出してしまいました。幼い頃、お爺さんに読み聞かせてもらった絵本の内容を。


―――昔々、とあるところに、善行をよく行う青年がいました。

 困った人を放っておけない性分の彼は、貧しい村に住みながらも、毎日たくさんの人を助けます。

 ですから、村人たちは、窮屈な生活を気にしない、おおらかな心を持った青年をとても好いていました。

 ある日、青年は、道端で倒れているお爺さんを見つけます。空腹で動けないご老人に、青年は自分の食事 を惜しまずに与えました。

 そして、元気になったお爺さんと別れを告げると、幾日後に、彼のところに大量の金貨やお宝が届けられ たのです。

 

 なんと、お爺さんはその国の王様でした。

 初めての旅でうっかり迷子になったお爺さんは、あの時、自分の少ない食事を彼に与えてくれた青年に、 なんとしても恩返しがしたかったのです。

 

 青年は、善良な心を持ったおかげで、裕福に過ごすことができましたとさ―――


『胡散臭い』

それが、アランの物語に対する印象でした。

世の中で善行を行っている人はごまんといます。しかし、その全てに幸福が行き渡ったことなんて一度もありませんでした。

自分のお爺さんがまさにそうです。

サンタクロースという、人々に夢を与え、願望を叶える善行を行っているのにも関わらず、世間ではサンタは迷信だの、架空の存在だと揶揄される。

人のために尽くしているのに、頑張りを認められるどころか、存在まで消し去ろうとする。

それはなんとも不公平ではありませんか。

幼い頃のアランは、その美辞麗句を並べたような絵本が大嫌いでした。


この世の中は、善人が不利な位置に立たされ、悪徳者が優位に立ち、思う存分楽しんでいる世界だと、彼はずっと思ってきました。

お爺さんのように、誰にも顧みられぬ善人になりたくはありません。少しでも達成感のある人生が欲しいから、アランは自ら悪のトレジャーハンターとなることを決意したのです。


ですから、絵本のような、ある日突然大金を得る夢物語など、自分の身には到底起こらない。彼はそう見切っていました。見切ったはずなのです。


なのに、今、自分の目の前にあるものはなんでしょうか。

それはまさに、自分がとっくのとうに諦めていた幻想なのです。


アランは目を見開きました。多分、これは彼の人生のなかで、一番の驚きとなったのでしょう。

たいして善事もしていなかった自分が、こんな絶景を見ることができるなんて奇跡に等しい。もし、この大量のお宝を自分のものにできるとしたら・・・そう思うと、アランは身震いをしました。


「・・・ロースさん、サンタクロースさん。・・・アランさん!」


「はっ・・・!あ、なんだ?」


しかし、幸福の余韻に使っている時間はありません。気がつくと、この大きな宝箱の持ち主らしき少女が、怒ったようにアランを睨んでいました。


「先ほどの話、聞いていらっしゃいましたか?」


不愉快そうにローシュタインは頬を膨らまします。宝石に気を取られ、全く話を聞いていなかった彼は、申し訳なさに小さく縮こまることしかできませんでした。


「あー、なんだったか?」


「もう!サンタクロースさんの認知症!ちゃんと覚えてくださいよ・・・」


「認知症って・・・!・・・いや、すまない」


ローシュタインは脱力したように息を吐きます。実際に悪いのはアランの方ですから、彼も何も言うことができませんでした。


「もう一回言いますよ?今からセリア街に行くんです!」


けれど、その申し訳ない気持ちも、少女の一言によって吹き飛ばされてしまいました。


「は?セリアって・・・なんでわざわざそこに?ここから遠いし、なにより・・・貧困村だし」


セリア街。それは、この国で一番よく知られている大きな貧困村です。

一日一食食べるのも困難な人々が、一つの屋根の下に住む。食料の争いが激しく、住民はひとつの部屋にぎゅうぎゅう詰めになって詰めになって寝ています。

自分が生き残れば、たとえ血のつながりのある兄弟であっても、容赦なく見捨てられる。

住民たちの一人ひとりがそう思うほど、セリア街は酷い貧困状態にあります。


できれば一生、そんなおんぼろなところには行きたくない。アランは心の底からそう思いました。

セリア街に行くほどなら、いっそローシュタインに呪われたほうがましだとも考えました。

それほど、彼はその街に行きたくないのです。


ところが、彼女はアランの心情を知ってか知らずか、ごく当然のように答えてしまいました。


「なぜって・・・決まっているでしょう。セリア街の皆様に金塊と宝石を配るためですよ」


「・・・は!?お前、それは本気なのか!?」


思いもよらぬ回答を突きつけられたアランは、ただ目を見張ることしかできませんでした。

こんなに多くのお宝を、その価値も知らぬ貧民たちに配ると?

彼には、少女の言っていることが冗談にしか聞こえませんでした。


「お、おい。冗談もほどほどにして・・・そろそろ本当の願いを言ったらどうだ?」


この世に見返りを求めずに善事をするほど、馬鹿な善人などいない。

世の中の善人のほとんどは、善良な仮面をつけただけの悪人であって、善行をするのは見返りを求めるためにあるものです。

本当に善良な心を持った馬鹿な人間なんて、サンタクロースである自分のお爺さんぐらいです。

そんなアランの考えは、ローシュタインが見事に打ち破ることとなりました。


「何を言ってるんです?セリア街に私の財産を配り、少しでも住民たちに豊かな生活を与えることこそが、私の唯一の未練であり、願いなのですよ?」



―――爺さん。

 ここにもいたよ。あんたと同じ、馬鹿な心を持った善人が。


少女の無垢な目を見て、アランはつくづくそう感じました。

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