少女と少年放浪前
“時”は、干渉しない。
“時”は、万人万物のものであり、万人万物のものではない。
“時”は、気まぐれに流れる。
そう、彼女もまた、同じ。
誰のものでもなければ、干渉されるのも好まない。
そして、各地を転々とする、いわば旅人。
気まぐれに、そう、猫のように彼女は生きる。
まだ二十にも満たない可憐な顔つきと、華奢な体とは裏腹に、彼女の腰には刀が提げてある。
21世紀、現代の日本。
完全なる銃刀法違反。
しかし、この童顔の少女が刀を提げるなど、誰も考えはしないだろう。
きっと、おもちゃか何かだと思っているだろう。
彼女は、街中を颯爽と歩くと、交差点できょろきょろと周りを見渡し鼻をクンクンとひくつかせる。
「こっちだ」
右の道へと、歩き始めた。
数メートル行ったところで、彼女の歩みが早まる。
「近い」
彼女の額には汗がにじみ、瞳も鋭く光る。
無意識に彼女は左にさしてある刀を片手で握りしめた。
「みつけた」
目的のものを見つけて、意味有り気にニヤリとほほ笑む。
「おじさん、コロッケ1つと、野菜コロッケ1つ」
「はいよ。2つで300円だ。お嬢ちゃんツいてるね。コロッケお嬢ちゃんで最後だよ」
彼女は刀を持っている反対の手からお金を渡すと、袋に入ったコロッケをもらうい嬉しそうに中心街へと歩き始めた。
「やっぱ、全国チェーンのコロッケ屋台“コロッケ佐衛門”はおいしい」
袋から野菜コロッケのほうを取りだしてかぶりつく。
できたてのコロッケのようで、湯気がほくほくと彼女の顔にかかる。
「もう一つの、コロッケは夜食べるんだぁ♪」
大きな独り言をつぶやきながら、幸せそうにほほ笑むと、野菜コロッケの最後の一口を口に放る。
少しスキップ気味に歩き始めた彼女は、鼻歌を歌いながら、足の向くまま、気の向くまま街を歩いた。
「今日はどこに泊まろうかな」
あのホテルでいいかな。
見つめた先は、安っぽいビジネスホテル。
所持金は、旅をしながら仕事をしているので、困ってはいない。
困ってはいないのだが、このところ、なかなか仕事が回ってこないため、計画的にお金を使わなくてはならない。
懐にある財布を取り出すために、手をポケットに入れようとするが、手首に提げているビニールが邪魔をしてなかなか取れない。
彼女は、近くにものが置けるような場所を探すと、前の通路脇に少しスペースがあるのを見つけた。
そっとコロッケの入ったビニール袋を台のような場所に置く、そして懐に手を入れた。
「ちょっとそこの人~!!どいたどいたどいたー!!」
それは一瞬だった。
前から自転車に乗った、学生服を身にまとった少年が彼女のもとにフルスピードでやってくる。
よく見ると、ブレーキの部分の金具がきれいさっぱりなくなっている。
自力では止められないほどにスピードが上がった自転車が、彼女めがけて走ってくる。
彼女は、さっと身を引いて、自転車を避ける。
少年は、そのまま壁に激突してしまった。
「いてててて…」
頭を押さえて少年は、体を起こした。
自転車は壁にぶつかった勢いで倒れていて、車輪がカラカラと回っている。
周りの人間たちは、少年が無事なことを確認すると、止めていた足をまた動かし始め、何もなかったかのように平然と街を歩く。
「あっ、そうだ」
少年は頭を押さえながら、周りを見渡す。
確か自分は、少女を引きかけたはずだ。
もしけがしていたらどうしよう、と少年は少女の姿を探す。
すると、目の前に手が差し伸べられた。
「あ、ありがとう」
なんの迷いもなくその手を握って、立とうとすると、その手の主こそが、引きかけた少女だということに気がついた。
「あ!さっきはごめん!友達がブレーキに細工しやがってさ」
「いいの。私けがしてないから」
少女は、笑顔で彼の謝罪に答えた。
「ほら、立って?」
少年は、彼女の手を支えにして立ち上がると、グニュリとおしりのほうで変な感触がした。
「ん?」
立ち上がって、振り返ると、自分が座り込んでいた場所に白いビニール袋が見える。
「なんだ、ビニールか。う○こかと思った」
「ビニール」
少年の言葉に、少女の顔が引きつる。
彼女は、ぐいッと彼の肩を押して、目の前からどかすと、その光景を目にした。
「………私の、晩御飯…ワタシノバンゴハン!!」
少女は、力なく膝をついて、さも瀕死の人間を扱うかの如く、ビニール袋を抱き上げると肩を震わせた。
「おい、大丈夫か?」
少年は、肩を震わせて泣いているように見える少女を心配して、となりにしゃがむ。
「やっぱり、けがしてる「…よくも」
心配する言葉に、かぶせるように、低く恨めしい声が響いた。
「よくもわたしの、晩御飯を!!」
彼女はスタッと立ち上がるや否や、少年の首根っこをつかんで路地裏へと、ひっぱる。
少年は、自分がいまどのような状況にいるのか、まったく理解できずに目を泳がせていた。
ダン!
つよく壁に押し付けられた少年は、やっと我に返り少女を見る。
少女の顔は、涙に濡れている悲痛な表情…ではなく、眉間にしわを寄せて、今にも自分を罵る怒号を吐きそうな顔をしていた。
「えっと…」
少年がそう言葉を発した瞬間。
首がひんやりと冷たくなった。
「え?」
視線を下に落とすと、喉元に日本刀らしきものが突きつけられている。
「うそ…じょーだん」
「どう落とし前つけてくれるの。わたしの晩御飯」
彼女の口からは、先ほどから“わたしの晩御飯”という言葉がリピートされている。
「え?」
意味が分からず聞き返すと、彼女は刀の切っ先を、喉から目へと移した。
「ひっ」
「あんた、私の晩御飯、踏みつぶしたよね。その汚いケツで」
やっと、少年は理解した。
さきほどグニュリとおしりに感じた感触は、あれはこの目の前にいる少女の晩御飯だったということを。
「ごめん。弁償する」
「私ので最後だった。コロッケ佐衛門のオリジナルコロッケ」
「あー…」
顔から、血の気が引いていく。
“あぁ、俺ここで死ぬのか”
少年が目を閉じて死を覚悟する。
瞼の裏には走馬灯のごとく、今日の出来事が頭をぐるぐるまわっていた。
『おい、今日俺の自転車乗ってけよ』
『え?いいのか?サンキュー』
友人のいたずらにまんまと引っ掛かる自分。
『赤点のものは、昼休みに体育館に集合』
『へーい』
あぁ、もう赤点で呼び出されることはないのか。
『あ、今日お母さん、遅くなるから、電子レンジのコロッケ温めて食べなさいね』
『わかった』
母さんのコロッケ。おいしかったよな…。最後にもう一度コロッケ食べたかったな。
コロッケ?
コロッケ…
コロッケ!!!
少年は、走馬灯を今日の朝の部分で一旦停止すると、刀を構えた状態でこちらを睨みつける少女を見つめた。
「コロッケ!うちの家のでよければ、差し上げます!だから命だけは!!」
「なに?あんたの家?」
「はい」
少年は、激しくうなずくと、少女の答えを待った。
少女は、しばらく考えたのち、刀を鞘にしまうと、少年の胸倉をつかみ、
「あんたんち、どこ」
とほほ笑んだ。