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   複雑な心境

「いや、それは絶対にあり得ない」


 普段よりも低い小声で、けれど力強くイヴァンが断言した。


「もしこの国が今より平和になり、豊かになったとしても……一族の仇が治める国に縛り付けるなど拷問でしかないだろう。あの純朴な娘を傷つけ、追い詰めるような真似はしたくない」


 俯いて盤上を睨み続けるイヴァンに目を見張ると、水月は心の中で顔をしかめる。

 

(コイツ、本気でいずみに惚れてるな。まだ自覚はなさそうだが……)


 いずみに特別な感情を持っているなら、出し惜しみせず彼女を守るために手を尽くしてくれる。

 しかし頼もしい庇護をありがたく思う反面、やっぱり他の男がいずみに恋慕の情を向けるのは面白くなかった。


 複雑な心境に水月が胸の中をざわつかせていると、新たに駒を置いたイヴァンが顔を上げた。


「ところで、今回の件とはまったく関係のないことだが、一つキリルへの伝言を頼まれてくれないか? この一戦が終わったら、すぐに伝えに行ってくれ」


 いつもならイヴァンが「もう一勝負!」とむきになって、三、四戦ほどチュリックの相手をしている。

 わざわざ一戦で終わらせるほど、早急に伝えたいことなのだろうと察し、水月はコクリと頷く。


「了解。何を伝えればいいんだ?」


「母がいつも花束を作ってくれているエレーナに会いたがっている。だから近日中にエレーナを母の元へ連れて行くことを了承して欲しい、と」


 ……毒の特定に関係ない上に、わざわざ襲われる危険性を高めてどうする。

 そう思いっきり批難したい気持ちを抑え、水月は努めて冷静に切り返す。


「絶っっ対に却下されると思うぜ。いくらエレーナに気分転換をさせれば、良い治療に繋げられるって理由をつけても、キリルにとっては確実にエレーナの身を守ることと、正体の露見を防ぐことのほうが重要だからな」


 おそらく、返事を貰ったとしても「話にならん」と一蹴されるだけ。下手をすれば「無意味な言伝を貰ってくるな」と、こっちが殴られかねない。


 手の平に脂汗を滲ませる水月を他所に、イヴァンは「だろうな」と苦笑を滲ませる。


「俺にこう言われたから報告しただけ、と伝えてくれるだけで十分だ。キリルの説得は俺がどうにかしてみせる……エレーナと約束した以上、引き下がる訳にはいかない」


 ……できるかどうか分からないことを、先に約束するんじゃねーよ。無責任な。

 思わず悪態が出そうになり、水月は声を呑み込み、代わりに細長い息を吐き出した。


「もうアイツに言っちまったんならしょうがない。オレがキリルを説き伏せてやるよ」


 なかなか考えを曲げないキリルを説得するには、じっくりと話す時間が必要だ。こんな所でモタモタしている場合ではない。


 水月は軽く深呼吸すると、盤上を静かに見据える。

 手元の駒を一つ握り、口端をゆっくりと上げた。


「試したい手があるアンタには悪いが、さっさと勝たせてもらうぜ。今までの中で最短の手で終わらせるからな」


 そう言って駒の頭を持つと、堂々と中央に置く。

 読みが当たっていれば、次にイヴァンが置く場所はここだったはず。


 案の定イヴァンは悔しそうに眉間へ深いシワを作り、押し黙ってしまった。

 

 

 

 

「――という訳なんだが、許可を出してくれるか?」


 水月がキリルの部屋で報告を終えると、それまで無言で聞いていたキリルが小さく息をついた。

 すぐに「ふざけるな」という声が飛んでくるかと身構えていたが、返ってきた言葉は意外なものだった。


「分かった。夕の診察に遅れなければ問題ない」


「……は? マジで?」


 まったく想定していなかった答えに、思わず水月は目を見張る。裏返って出てしまった声が我ながら情けない。


「そんな危ない橋を渡るようなことを許すなんて、お前本当にキリルか? 万が一襲われたらどうすんだよ?」


「この状況で動けば、危ない橋を渡るのは敵のほうだ。王妃が住まう離宮は敷地が狭いからこそ目が行き届き、王城よりも警護は厳重だ。少しでも不穏な動きをすれば容易に足が付く……わざわざ勝算が低すぎる道を選ぶような輩なら、俺がさっさと始末している」


 話だけ聞けば自信過剰にしか思えないが、それを口にするだけの実力がキリルにはある。自慢ではなく、あくまで事実だけを語っていた。


 水月は腕を組んで壁に寄りかかると、目つきを悪くしてキリルを睨んだ。


「離宮は安全だとしても、そこへ行くまでの道は大丈夫なのか? いくらここからそう離れていないとはいえ、馬車で一刻はかかっちまう。その間に襲われでもしたら――」


「問題ない。俺が護衛につく」


 敵は動かないと言いながらキリル自身が動くあたり、最大限に警戒しているらしい。

 考えがあっての判断なら間違いないだろうと、水月は小さく安堵の息をついた。


「じゃあ明日にでも王子様に返事しておく……あ、オレも護衛につかせてもらうぜ。いいだろ?」


 今までならいずみの護衛を頼めば、何だかんだで認めてもらえていた。

 しかし、今日はここも言うことが違っていた。


「いや、今回は俺の代わりに別の任へついてもらう」


 さらに想定外なことが積み重なり、水月の思考が一瞬止まる。

 誰かの代わりならまだ分かるが、重要な任をこなす自分の代わりを、小僧呼ばわりしている人間に任せるのは理解し難い。


 水月が訪ねようとした時、コン、コン、とゆっくり扉を叩く音がした。

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