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   夕食の席で

 

 

 

 

「……陛下、なんか変な物でも食べたのか?」


 いずみが今日の診察のことを夕食の席で話すと、水月がパンを千切っていた手を止めて、呆然と呟いた。


 クスリと笑ってから、トトは首を横に振った。


「君たちからは人が変わったように見えるんだろうね。でも、陛下は何も変わられていないよ。あの方は昔から、結果を出し、さらに上を目指そうとする者が好きなんだ。最近は誰も陛下の期待に応えられなかったから、嬉しそうな顔を見せることはなかったけれど……」


 スープで喉を潤すと、トトはいずみに目を合わせた。


「エレーナ、君たちがどんな経緯でここへ来たのかは知らないけれど、ここへ君たちが来てくれて良かった。生きている間に、また陛下のあの顔が見られるとは思わなかったよ。本当にありがとう」


 一瞬いずみの脳裏に、家族や仲間たちを失った日のことが浮かぶ。

 あの悲しみは日が経つほど消えるどころか、心へ深く深く根を伸ばし、胸を締め付けてくる。


 胸が詰まり、鈍い痛みが広がる。 

 でも、何も知らないトトに心配させたくなくて、いずみは痛みを押し込めて微笑んだ。


「私だけの力じゃないわ。治療を進められるのは、ナウムやトトおじいちゃんが支えてくれるおかげよ。もっと早く陛下に元気になってもらえるよう頑張るから、これからも力を貸して下さい」


 水月とトトは互いを見た後、示し合わせたように頷いた。


「当たり前だろ。……というか、もっとオレたちを頼ってくれ。一人でどうにかしようとするんじゃねーぞ」


「私もそう思うよ。君はワガママを言わなさ過ぎるから、もっと私をこき使って欲しいくらいだよ。でも――」


 一度息をついてから、トトは少し寂しそうに笑った。


「――本音を言うと、ゆっくりと治療を進めてくれた方が良いと思っているんだ。治療が続く限り、こうして一緒に食事ができるし、君たちの祖父でいられるから……」


 ここへ来たばかりの時に、トトから家族の話は聞いている。


 遠方に兄弟はいるが、王城から離れた山奥に住んでおり、ここ何十年も会っていない。

 妻と子供二人が城下街に住んでいたが、なかなか家へ戻れない日々が災いして、妻の病気に気づくのが遅くなってしまい死別している。

 そのせいで子供たちは「父さんのせいだ」とトトを恨み、成人してすぐに家を出て行った。

 以来、ずっと独り身のまま、この薬師たちの部屋で寝泊まりを続けているとのことだった。


 初めて一緒に食事をした時に「家族団らんは久し振りだよ」と嬉しそうに呟いていたことを思い出し、いずみはトトへ微笑みかけた。


「おじいちゃんが許してくれるなら、陛下の治療が終わっても家族でいさせて欲しいわ。ね、ナウム?」


 水月へ話を振ると、彼は間髪入れずに頷いた。


「オレもそう思う。治療が終ったら他のヤツに長の座を譲って、三人でもっと住みやすい土地に移って暮らそうぜ」


 話を聞いていく内にトトの目が潤み始め、そっと袖で拭った。


「……エレーナ、ナウム、ありがとう。その言葉を聞けただけでも、今まで生きてきて本当に良かったよ」


 トトが口を閉ざしてから、部屋に穏やかな沈黙が流れる。

 

 本当にそうなれば、どれだけ幸せだろうか。

 さらに欲張れるなら、みなもと再会して四人で暮らしたい。

 そんな未来を手に入れられるなら、もう他には何もいらなかった。


 儚く優しい夢にいずみが浸っていると、


「トトよ、陛下の治療が遅れてもいいとは聞き捨てならんな。本気でそう思っているなら、今ここで斬り捨てる」


 硬く冷ややかなキリルの声が、現実を突きつけてくる。

 いつものように気配なく現れたキリルは、トトの側に立ち、剣の柄へ手を置いていた。


 瞬く間に張られた緊張の糸に縛られて、いずみの体は硬直する。トトも一気に顔色が青ざめ、微動だにできない。しかし、


「せっかく家族の絆が深まって、ささやかな幸せを噛み締めていただけなのにブチ壊しやがって……ったく、空気読めよキリル」


 水月が口元へ挑発的な笑みを浮かべ、キリルへ流し目を送る。

 毎日訓練を受けて否応なく交流しているせいか、キリルに対して日に日に水月の態度に遠慮がなくなっている。

 そんな水月を頼もしく思いながらも、際立つ危うさにいずみの鼓動が激しくなった。


 凍てつく視線で水月を睨んでから、キリルは「これからは、もっと口を慎め」と言いつつ柄から手を離した。


「……陛下から話は伺った。お前たちのような立場の者が新年の宴の席で陛下のお側にいられること、身に余る光栄だと思え」


 トトが斬られなくて良かったといずみが密かに胸を撫で下ろしていると、水月は手に小ぶりの青林檎を持ちながらキリルへ尋ねた。


「新年の宴ってことは、外からの人間がいっぱい入ってくるんだろ? アンタら陛下の警護で手一杯になるから、エレーナの警護が疎かになるんじゃねーの?」


 キリルは少し考えてから小さく頷く。


「確かにいつもより手薄になるのは否めないな」


「やっぱりそうか。じゃあ、オレにエレーナたちの警護をさせてくれよ。周りにオレだって気付かれないように変装すれば、支障は出ないと思うぜ」


 近くに水月が来てくれるなら、頼もしいことこの上ない。

 でも滅多なことはないかもしれないが、水月を危険に晒すことになってしまう。


 素直に喜べず、いずみが成り行きを見守っていると、キリルは水月を眺めてから口を開いた。


「分かった、お前の案を採用しよう。その代わり、当日までに使い物になるよう鍛えてやる」


「ちょっと待て、今よりもさらに厳しくするつもりかよ! ……今度こそ壊れるかもな、オレ」


 がっくりとうな垂れる水月へ、キリルが「それから」と追い打ちをかけてきた。


「中途半端な変装をしてもらっては困るからな、変装術も叩き込んでやろう。寝る間を惜しんで死ぬ気でやってもらうぞ」


「変装術ってアンタ、しごかれる時間も増やした上にそれもかよ。……はぁぁぁ、分かったよ。エレーナを守るために必要なら、何だってやってやる」


 話をしながら、落胆と気疲れで淀んでいた水月の表情が引き締まっていく。

 

 ずっと近くにいるから分かる。これは覚悟を決めた時の顔だ。

 いつもの軽い調子の水月からは想像できない、気迫に満ちた顔。


 もっと自分の身を大切にして欲しいのに、重くなった空気が「止めて欲しい」という言葉を出せてくれない。だから――。


「ナウム……お願いだから死なないでね」


 いずみのかすれそうな声を聞き、水月は顔を上げて表情を和らげた。


「もちろんだろ。生き抜くために必要なことをやって死ぬなんて意味なさすぎるもんな。まあ、安心しろよ。ここへ来る前よりは強くなってるから、滅多なことじゃあ死なねぇよ」


 おどけたように片目を閉じてから、水月は手にしていた青林檎を口に放り込む。

 シャリシャリという音が小さくなったところで、キリルが水月の腕を掴んで立ち上げた。


「時間が惜しい。行くぞ、小僧」


「今から?! ちょ、ちょっと待てよ、せめて自分の足で歩かせてくれよ!」


 騒ぐ水月に構わず、キリルは問答無用で腕を掴んだまま廊下へと引きずっていく。


 残されたいずみとトトは、呆然となって遠ざかる水月を見つめる。

 扉が閉まって完全に姿が見えなくなった後、トトから「……なんて不憫な」という呟きが聞こえてきた。


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