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   今と昔

 薬師たちの部屋へ戻り、いずみは辺りを見渡してトトの姿を探す。

 各自に1台ずつあてがわれた作業机で、薬師たちが黙々と薬を調合している中、トトの姿は見当たらない。


 と、部屋の隅にある休憩用の四角い椅子に腰かけ、首をゆっくり回しているトトが視界に入ってきた。

 いずみが近づいていく最中、トトはこちらに気づいて手招き、近くにあった椅子へ座るように目配せした。


 こちらから尋ねる前にトトが口を開いた。


「エレーナ、お疲れ様。ちょっと休んでいきなさい」


「ありがとう、おじいちゃん。お言葉に甘えるわ」


 いずみはゆっくりと椅子に座って一息つける。

 どうやって話を聞き出そうかと考えていると、トトは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「いつもと様子が違うね。なにかあったのかい?」 


「えっと……あのね、温室にイヴァン様がいらっしゃったの。王妃様を見舞うために、お花を持って行きたいって……それで私が花束を作って差し上げたの」


 トトは大げさに目を丸くして見せてから、くしゃりと笑った。


「イヴァン様は優しい御方だからね。顔は強面でも、怖くはなかったんじゃないかね?」


「ええ、とても気さくな方だったわ。その時に温室のことを少し教えて頂いたの。陛下が王妃様のために作らせた物だって……」


 いずみが言葉を詰まらせて困惑の色を滲ませると、トトはその思いを汲み取って小刻みに頷く。

 どこか悲しそうな、けれど優しい眼差しと微笑みを浮かべながら。


「陛下が王となられてからすぐに、王妃様を迎えることになったんだよ。王妃様は他国のお方。さぞ慣れぬ地で心細かろうと陛下は慮られて、少しでも王妃様のお心を癒すことができればと温室を作られたんだ」


 今のジェラルドからは想像できない話。

 イヴァンから聞いた時は半信半疑だったが、トトも同じことを言うなら真実なのだろう。


 もっと他の話を聞きたいところだが、怪しまれる言動は慎まなければいけない。

 怪しまれないよう、いずみがどう話を持っていこうかと考えていると、トトが思い出をさらに語ってくれた。


「懐かしいね……私は陛下がお生まれになった頃から知っているけれど、昔はイヴァン様以上に快活で気さくな方だったんだ。王位に就く前は積極的に城の外へ出て、民の生活を見たり、民の声を聞いたりしていたんだよ。本当にお優しい方だった……」


 聞けば聞くほど今のジェラルドと重ならない。いっそ別人だと言われたほうが納得できる。

 もう少し話を聞き出せないかと、いずみが身を乗り出していると、


「よお、じーさん。頼まれていたヤツ持ってきたぜ」


 思いがけず隣に水月が立っていて、いずみの肩が跳ねる。

 まったく気配を感じさせない、まるでキリルのような現れ方。驚きで動悸が激しくなる。


 トトも気付かなかったらしく、慌てて水月を見上げながら目を丸くしていた。


「お、おお、ありがとう。じゃあ私は作業に戻るけれど、二人ともまだ休んでいてもいいからね」


 小さく唸りながらトトは立ち上がり、部屋の中央にある専用の作業台へと向かっていく。

 いずみが小さな背中を見送っていると、ポンと水月に肩を叩かれた。


「ちょっと探している物があるんだ。エレーナ、手伝ってくれないか?」


 そう言いながら水月は、二人に与えられた部屋の扉を指さす。

 いずみが「分かったわ」と頷きながら立ち上がると、他の薬師たちの邪魔にならぬよう、壁伝いにぐるりと迂回して部屋へと向かった。


 中へ入ってから扉をバタンと閉じると、水月は長息を吐き出した。


「余計なことには首を突っ込まないほうがいい、って言っただろ? オレがいない時に危ない橋を渡られたら、いざという時に助けられねぇだろ」


 やや怒ったような口調。また心配させてしまったと、いずみは「ごめんなさい」と素直に謝る。

 けれど、ここでやめる訳にはいかない。

 いずみは眼差しをグッと強め、水月を見上げた。


「ナウム、ちょっと手を出して」


 すぐにこちらの意図を察し、水月は右手の平を差し出してくれる。

 その手をそっと持ち上げると、いずみは人差し指を立てて文字を綴った。


『まだ断言できないけれど、陛下の性格が誰かに毒を盛られて変えられている可能性があるわ。だから、一体いつ、何をきっかけに変わられたのかを知りたいの』


 水月は一瞬目を見張ると、辺りを見渡してからいずみに手の平を見せるように目配せする。そしていずみが指を開いた直後、その手を取って素早く指を滑らせた。


『その話、もうトトやキリルには言ったのか?』


『いいえ。水月が初めてよ』


『じゃあオレが良いって言うまで、誰にも言わないでくれ。もしその話が本当だとしたら、それを阻止されて困る人間が必ずいる。トトやキリルが裏で糸を引いているかもしれねぇし、アイツらが無関係でも、そこから相手に気付かれるかもしれねぇからな』


 人を疑うのは心苦しいが、下手に動いて殺される訳にはいかない。いずみは固く口を閉じて、しっかりと頷く。

 水月も同様に頷いてから『あと』と言葉を続ける。


『情報集めはオレに任せてくれ。オレのほうが外へ出る機会もあるし、色んなヤツと接点が作れる。自分で言うのもなんだが、口も達者だしな。だからいずみは陛下の体を診ることに集中してくれ』


 確かに水月のほうがうまく立ち回って、自然と情報収集することができる。ただ、それはつまり――。

 いずみは視線を下へ逸らし、眉根を寄せる。


『ごめんなさい。ただでさえ水月の負担が大きいのに……』


『遠慮せずにどんどんオレをこき使えよ。むしろいずみに頼られた方がオレは嬉しいからな』


 おどけたように片目を閉じると、水月はいずみから離れ、部屋の隅に立てかけられていた鞘入りの剣を手にする。

 持った瞬間、剣を見つめながら表情を曇らせたことをいずみは見逃さなかった。


「もしかして、今からキリルさんの所へ?」


「……ああ。今までも充分キツかったのに、さらに訓練を厳しくするらしいからな。オレ、今日は自力でここへ戻って来れねぇかも」


 水月は苦笑を浮かべて肩をすくめる。冗談めかした口調だが、恐怖と不安は隠し切れていない。

 やっと最近になって青アザを作る頻度が減ってきていたのに……。どうすることもできない自分が歯がゆくて、いずみの胸が痛くなる。


 目が潤みそうになるのを堪えていると、水月は「痛み止め、多めに作っておいてくれよ」と言いながらこちらへ近づいてきた。

 そしてグイッといずみの手を掴むと、再び指で字を書き始めた。


『城にいる人間の中でもキリルは陛下のことに詳しいはず。怪しまれずに聞き出せるか分からねぇが、なんとか頑張ってみる。うまくいったら、これでもかっていうくらい褒めてくれよ』


 頼もしい言葉にいずみの表情が和らぐ。

 今まで交わした約束を、水月は一度も破ったことはない。口に出せば必ず結果を出してくれる。


 明らかに負担ばかり増やしていることは心苦しかったが、彼が強くあろうとしてくれるから、自分もめげずに立ち続けることができる。


 どれだけ感謝の言葉を並べても足りない。

 いずみは水月を抱きしめると、「ありがとう」と呟いた。


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