表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/58

   温室の薬草たち

 外へ出ると、日はまだ山際から顔を出しておらず、吐く息はうっすら白く、ぶるりと身が震えてしまう。


 いずみは両手に温かい息を吹きかけながら、城の真後ろに広がる大庭園へと足を向ける。

 城に近い花壇には色とりどりのバラが咲き誇っている。だが、隅にひっそりと佇む温室の周りにある花壇は、小さな芽が疎らに生えているだけで、何とも殺風景だった。


 一通り辺りを見渡し、草の芽の様子を伺う。

 どれも弱った形跡はなく、小さいながらも頼もしく地に根付いている。

 いずみは安堵の息をつき、一人小さく頷いた。


(根付くかどうか分からなかったけれど、育ってくれているみたいで良かったわ)


 キリルたちが里から運んできた稀少な薬草を育てるため、この一角とガラス張りの温室を与えられている。

 どんな土地でも育つよう土壌を改善する薬を土に振りまきはしたが、気候も土壌も違う場所で育つのかと不安だった。しかし種子たちは慣れない環境にめげず、懸命に芽吹いてくれた。


 より多くの人々を助けるための大切な材料。

 それを活かすことのできない状況がもどかしかった。


(……いけない、ティックの花を摘まなくちゃ)


 いずみはハッと我に返って小走りに温室まで向かうと、ガラスの扉に手をかけ、そっと押し開ける。

 開けた隙間から、温い空気がいずみの頬や手の甲を撫でていく。

 外の寒さを入れないよう素早く中に入って扉を閉めると、入口に置かれていたカゴを手に取った。


 温室の前半分は、自分が植えた寒さに弱い薬草や苗木たち。そして後ろ半分は、元々育てられていた植物たちが陣取っていた。


 下を向いて薬草たちの様子を伺いながら、いずみは奥の方へと進んでいく。

 観賞用の草花が並ぶ中、黄色い花をつけた低木――ティックの前で足を止めると、腰を屈め、丁寧に花を根元から摘み取り、カゴの中へと入れていった。


 六枚の細長い花弁を持つこの花は、胃腸薬として重宝されている。

 トトいわく、城で働く人間に一番求められるのが胃腸薬だった。

 城にいるだけでも心が圧迫される上に、狂王の言動にビクビクしながら過ごす現状。それらが城内にいる者たちの体を蝕んでいるのは、目に見えて明らかだった。


 花を十ほど積み終えてから、今度は自分が必要としている薬草を摘もうと腰を上げる。

 その直後、キィィという高い音が入口から聞こえてきた。


「やっぱりここにいたか、エレーナ」


 水月の声だと分かり、いずみの口元が綻んだ。


「ナウム、おはよう……えっ?」


 振り向いて水月の姿を目にした途端、いずみは目を見張る。


 白金の髪に、雪にうっすら夕日が射したような肌と暗紅の瞳。

 肌と瞳はいずみと同じ色だったが、水月の望みで髪はより色味が抜けるように薬の調合を変えていた。


 色白だからこそ、大きな穴に落ちたかのような土汚れとすり傷が際立って見えた。


 いずみは慌てて近くにあった薬草の葉を数枚摘んで、水月へ駆け寄った。


「大丈夫?! ちょっと待ってて、すぐに手当てするから!」


「大げさだなあ、エレーナ。これぐらいの傷、ガキの頃に何度も作ってるぜ」


 血相を変えるいずみとは反対に、水月は平然と笑い飛ばすと、手を差し出した。


「こんな傷ぐらい自分で手当てできるから、その薬草をくれよ」


「駄目よ、すり傷だからって甘く見ちゃいけないわ。貴方にもしものことがあったら……」


 確かに水月の言う通り、どの傷も浅い。けれど、万が一の事態になる可能性も少なからずある。

 ほんの少しの油断から、水月を失いたくはなかった。


「まずは汚れを落とさなくちゃ。ほら、あっちに行きましょ」


 いずみは最奥にある小さな長方形の貯水池を指さし、水月に移動するよう促す。

 一瞬彼の目は泳いだが、「分かったよ」と苦笑すると、貯水池のほうへと移動してくれた。いずみも隣に並び、歩幅を合わせて歩いていく。


 貯水池の前で水月はしゃがみ込むと、手を伸ばして隅に置かれていた木桶を取って水を汲み、頭からかけて髪と顔を洗う。

 ひと通り汚れを落としてから何度も手で拭って水滴を落とし、彼は近くの花壇の縁に腰かけた。


「ナウム、ちょっと顔を上げてもらえるかしら?」


 いずみに言われるまま、水月が傷だらけの顔を向けてくる。

 優しく指先を滑らせて傷の具合を確かめると、いずみは持っていた薬草を一枚折り曲げる。

 そして、じんわりと滲んでくる白い汁を指につけて傷口に塗った途端、水月から小さな呻き声が漏れ出た。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ