重苦しい部屋で
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ジェラルドの部屋を出た後、一行は再び絵画の隠し扉をくぐり、暗い通路を歩いていく。
明るい場所と変わらない足取りで歩くキリルに、いずみはついていくのが精一杯だった。
ルウア石の光を頼りにどうにか転ばないよう歩き続けていくと、ようやく目の前に蝋燭のささやかな明かりが灯る場所へと出る。
たどり着いたのは、左右に古びた扉が並ぶ通路だった。
滞って重たくなった空気の中に、外に負けない冷たさが混じっている。おそらく地下室なのだろうと察することができた。
キリルは通路をさらに進み、行き止まりの所にある扉の前で足を止める。
取っ手を掴んで押し開けると、扉はギッと大きく軋んでから、ゆっくりと開かれた。
苦い中に濃厚な甘みを含んだ独特の匂いが、いずみの鼻へ入ってくる。
ひどく馴染みのある匂いに、胸がキツく締め付けられた。
現れたのは、さほど大きな広さではないのに、所狭しと大量の荷袋や箱が置かれた部屋。
それらが里から持ってきた物だと気づくのに時間はいらなかった。
キリルが部屋へ入って中を一望すると、いずみに顎をしゃくって入るよう促す。
重くなった足を無理に動かし、いずみは遅々とした歩みで中へ進み出た。
「お前たちには数日ほど、ここで待機してもらう。持って来た道具や材料はすべて運んだ……ここを出るまでに、不老不死の薬を作るための準備を終わらせておけ」
逆らうことを許さぬキリルの声を聞きながら、いずみは部屋を見渡す。
荷物以外には、隅に置かれた簡素なベッドと机以外に調度品は見当たらない。
牢獄と言っても過言ではないような、あまりに寂しい部屋。水月と一緒にしてもらえることだけが、唯一の救いだった。
たった数日でも、ここへ閉じ込められるのは気が重い。
けれど反発する勇気も元気もなく、いずみは「はい」と小さく頷いた。
水月も嫌悪で眉間に皺を寄せながらも、「分かったよ」と肩をすくめた。
「できるだけ早く出してくれよ。オレならまだしも、か弱い女の子が耐え切れるような部屋じゃねぇんだからな」
いつもの調子を戻した水月に、キリルは不思議そうに目を瞬かせ、ポツリと漏らした。
「そうか、耐えられぬか……分かった。可能な限り迅速に準備を進めよう」
キリルの声にいつも抑揚はないが、今は皮肉ではなく、言われて初めて気づいたような響きがする。
薄々感じてはいたが、ジェラルドだけでなく彼も常識が欠落しているようだった。
いずみが困惑の眼差しをキリルに送っていると、呆れ果てたような大きなため息が水月から聞こえてきた。
「アンタたち、いずみに死なれたら困るんだろ? もっと大切に扱えよ。せめてもう少し毛布を運んでもらわねぇと、北方出身じゃないオレたちは凍え死ぬぞ」
返事はしなかったが、キリルは後方の男たちへ目配せする。と、一斉に彼らは踵を返し、早歩きでその場を離れて行った。
男たちの足音が消えた頃、キリルが「娘、ひとつ聞きたい」と尋ねてきた。
「お前たちは姿を変えると言っていたが、どう変える気だ? 名はいくらでもつけられるが、下手な変装をしてボロが出て、正体に気づかれては困る」
キリルの言いたいことは分かる。
普通に髪を染め、化粧で肌の色を変えたとしても、髪が伸びて生え際が元の色を覗かせたり、水などで化粧が落ちた時に元の肌の色を見せてしまえば、嘘に気づかれてしまう。
常に己の全身に細心の注意を払い続けるのは至難の技だ。しかし――。
いずみはキリルの顔を真っ直ぐに見据える。
「特殊な薬を飲めば、全身の色素を薄めて元の色を完全に消すことができます。体を根本的に変えてしまう方法なので三日ほど必要ですが、色素を濃くする薬を飲まない限り、元の色に戻ることはありません」
表情を変えずにキリルはこちらを見つめ返し、おもむろに腕を組む。
「なるほど……不老不死を施す力があるなら、己の体の色を変えることなど造作もないことか。ならば可能な限り、それを早くやってもらうぞ」
嘘を嘘と思わせないために、いずみは「はい」と断言してみせる。内心不安で鼓動が早まり、耳元でうるさく騒いでいた。
さして訝しむ様子もなく、キリルは体を扉の方に向けた。
「しばらくしてから食事を運ばせる。それまで薬を調合していろ」
そう言い残し、キリルは部屋を出て扉を閉める。
バタンと完全に閉じたのを見計らい、水月が小さく舌打ちした。




