何故貸した本は戻ってこないのか?
自分が感銘を受けた書籍を、その感動を共有したくて「これ、本当に面白いから読んでみて!」と半ば強引に貸してしまった経験はないだろうか?
あるでしょう?
いや、きっとある!
『小説家になろう』で小説書いてるくらいだから、これを読んでいらっしゃる方は少なからず書籍好きな筈である。
だが、逆に「絶対面白いから読んでみて。でもって、後から感想聞かせて」と無理矢理、書籍を押し付けられてしまった経験はないだろうか?
ここで小説書いてるあなたなら、これもきっと経験がある筈だ。
私もここで小説を書いている書籍好きの一人であり、当然、どちらのケースも経験済みだ。
貸した本が返ってこないのはザラであり、それを「ねえ、そろそろ返してくれないかな」などと請求するのも面倒な為、戻ってこない本は結構そのままになりがちである。
だから、私は本当に大事な本より戻って来なくても腹が立たない本を貸すことが多くなってしまった。
何故、人は借りた本を返さないのか?
理由の一つに「面白いから読んで、と言われて押し付けられた本が面白くないので読了できない為」があるのではないだろうか?
実を言えば、私もいまだに返していない本が一つだけある。
私が貸していまだに返ってこない本はたくさんあるが、返していないのはその一冊だけだ。
今でも機会があれば返したいと大事にしまってあるのだが、なんせ借りたのは高校時代で20年以上も月日を経てしまい、もはや連絡を取るのも不可能な状態だ。
そう、あれは高校2年生の頃だった。
当時の私は柔道部に所属しながらも性格は内向的で人見知り、休み時間は大抵一人机で寝ているか読書をしているかという生活を送っていた。
そんな私にとって本は常に友達であった。
子供の頃から本の虫だったのでどんなジャンルの本も大抵読んだし、難しくて読めない本に遭遇したことはそれまでなかった。
そんな私を『読書家』と見込んでか、とある友人が本を貸してくれた。
「結構良かったから、読んでみて」と言われた渡されたその本は、当時、一世を風靡していた村上春樹氏の『ノルウェーの森』だった。
いまやノーベル文学賞の候補にノミネートされるくらいの文豪となってしまった村上春樹氏だが、私が彼の作品と初めて出会ったのはこの時が初めてであった。
初版の『ノルウェーの森』は上巻下巻のセットで、赤と緑のスタイリッシュなカバーにタイトルは金色の文字。
持ってるだけで、なんかオシャレな感じがした。
当時、この『ノルウェーの森』は社会現象になったくらいにもてはやされていた。
友人も評判に乗せられて購入してしまったのだろう。
今思えば、どうしてだったのかよく分からないのだが、それ以降も村上春樹氏の作品は次々と脚光を浴びてゆき、世界的に翻訳され、今や熱狂的ファンも世界中にいる(らしい)大御所となってしまった。
だが、それがどういう訳か私のツボにははまらなかったのだ。
この『ノルウェーの森』は、自称『本の虫』の私がどうしても最後まで読み切れなかった最初の書籍となってしまったのである。
まず、何がアレって、主人公の男性の一人称口調がどうにもイラッとする。
回りくどい表現で一見流麗に、だが、すかした顔で他人をディスり、感情は起伏がなく、常にどうでも良さそう態度で生気のカケラもないのに、女性からは「あなたって特別な感じがするわ」などと過剰評価されている。
やる気のない男性陣とは裏腹に、出てくる女性キャラは概ねどっか切れてて、ぶっ飛んだ事を突拍子もなく言い出し、全員もれなく主人公に惚れてしまう。
どんなハチャメチャ女に言い寄られても主人公は常にクールに対応し、だけど、来るもの拒まず、やることはちゃっかりやっている。
こんな優柔不断で御託ばっかりいい感じに並べるヤサ男など、背負い投げかけてから締め落としてくれるわ。
でも、そんな状況になってもこいつはきっと冷静に「まいったな、君には一本取られたよ」とか表情も変えずに言うんだろうな。
そして、そんなキザ男に女はまた惚れてしまうのよ。
恐るべし、東京男子!
まあ、半分以上は田舎の冴えない女子高生のやっかみではあるが、とにかく、出てくる登場人物がどいつもこいつも意味不明の言動をし、しかもオシャレに語りやがる。
東京の大学生って皆こんな感じなんか!?
愛知県の片田舎で全く浮いた噂と縁のなかった私には、まるで異世界の話を読んでいるようで、全く共感できなかった
尤も、ネットもスマホも存在しなかった28年前の愛知県と東京では、本当に異世界と現実くらいのギャップはあったかもしれないけどね。
この作品については、登場人物がイケ好かないのはともかく、ストーリーがなかなか進まないのには閉口した。
オシャレな言い回しは確かに文学的ではあるが、読んでる途中でどうにも眠くなってしまう。
毎日少しづつ読んでいるのに、全く終わる気がしない。
最終的にこの優柔不断の主人公がどうなるのか、さほど興味も沸いてこなかった。
小説を読んでる最中に、登場人物がどうなるのか知りたくなくなるって相当な状況である。
それを言っちゃったら、もはや何のために時間を浪費しているのか分からなくなってしまうではないか。
もはや、手に取るのすら面倒臭くなってしまった私ではあったが、世間一般的に絶賛好評発売中の『ノルウェーの森』を「ごめん、つまらなくって最後まで読めんかったわ」と言い切る勇気はなかった。
それに、せめて貸してくれた友人には礼儀として、最後まで読んでから「面白かったよ」とお世辞の一言もつけて返すべきだと頑なに思っていた。
そして、何度も読もうとチャレンジしては途中で寝込んでしまいを繰り返す内に、気が付いたら私達は高校を卒業してしまっていた。
お互い地方の大学に進学してしまい、それから連絡も取れなくなってしまったのだが、今も『ノルウェーの森』は私の実家に保管してある。
最近、村上春樹氏の新作が出て、あわやノーベル文学賞かと(結局ボブ・ディラン氏だったけど)久し振りに村上春樹氏ブームが起こった。
結局、『ノルウェーの森』以降、彼の作品を今まで一冊も読んでいない私は、「一冊も読んでないくせに文句ばっかり言ってはいかんな」と思い直し、40歳ととうに超えた今更、改めて読み返してみたのだ。
何度も睡魔と戦いながら、少しづつ読み続け、3週間ほど掛かって何とか読み終わった。
想定していた通り、私的にはよく分からない結末だった。
これって、もしかしたら友人にとっても、『戻って来なくても腹が立たない本』だったのか。
いつか高校時代の同窓会などがあれば、彼女に返したい。
「返すの遅くなっちゃってゴメンね。28年かかったけど、すごく面白かったよ!」
これは私個人の独断と偏見によるエッセイであります。
ハルキストの方には申し訳ございません。




