余命一年
このサイトにお邪魔してから2年程経った。
拙い三文小説だと自覚はしているけれど、完成作品が増えてくるとちょっと嬉しい。
自己満足の骨頂に違いないのだが、何だかコレクションが増えていくような愉しさがある。
ガンプラを作って自分の机の周りに並べる、そんな小さな悦びに似ていると思う。
「どーしてわざわざ材料だけ買ってくんの?」とプラモデルを作る意味が私には理解し難かったのだが、自分が作ったものが増えていく事実、これが楽しいんだろうな、と少し分かった。
書いてる方なら心当たりがあると思うが、小説って作者の深層心理がすごく顕れてしまう。
そう考えると、プロの作家の方なんかプライバシーの切り売りみたいな仕事だ。
「デ◯ノート」描いた人は、きっと子供の頃の日記に「◯◯殺ス」とか書いてたんだろうなって、読者も期待してしまうだろう。
そんな大御所と肩を並べるつもりは毛頭ございませんが、自分が書いた作品に傾向があるとすれば、多分コレ。
『作中で人がよく死ぬ』
自分は極めて平凡で普通の人間だと自負しているが、子供の頃から死ぬ事にヘンな妄執を持っていた気がする。
恐らく、今でも頭のどこかで『死』に憧憬のようなものを感じていて、それが書いてる作品に顕著に表れる。
それには自覚している理由があるのだが、今回はシリアスな感じでその話をしようと思う。
◇◇◇
あれは私が小学1年生のお正月の事だった。
私はその年の誕生日に初めて買ってもらったリカちゃん人形にハマっていて、クリスマスもプレゼントは『リカちゃんのハンバーガー屋さん』を親にお願いした。
リカちゃん人形を遊ばせる為の『リカちゃんのお家』やら『リカちゃんのケーキ屋さん』やら各種付属品が今も昔もゴマンと販売されているのだが、その年、私は比較的低価格な『ハンバーガー屋さん』を買ってもらえたのだ。
今思えばちゃっちいお店、そしてオモチャのハンバーガー、フライドポテト、シェイクが入っていて、それらはリカちゃんが食べるのに丁度いい大きさで作られていた。
小さいけど精巧な造りで、今思い出してもリアルにハンバーガーだったと思う。
まだオママゴトをガチでやっていた私は、リカちゃんに「あーん」とばかりに食べさせながら、自分も一緒に食べる真似をして遊んでいた。
事件はその時起こった。
直径1cmくらいのプラスチックでできたハンバーガーを自分の口に入れた時、勢い良く突っ込み過ぎてゴクンと飲み込んでしまったのだ!
「あっ!!!」と思った時には時既に遅し。
丸くてツルツルしたハンバーガーのオモチャは、何の抵抗もなく私の喉を通過していった。
今考えると、ここで喉に詰まっていたら、私は7年という短くも儚い人生に幕を引いていただろう。
飲み込んだ後も何の違和感もなく、私は呆然としたまま座り込んでいた。
「さて、どうしたものか・・・」
しばらく呆けた後、私はこの事態をどう回収すべきか分からず、取り敢えず近くにいた母親に報告した。
「ねえ、私、オモチャ飲み込んじゃっただけど、どうしよう?」
「はあ!?何を!?」
「リカちゃんのハンバーガー」
「ドばか!すぐ吐き出しん!」
既に事後報告だった為に比較的冷静だった私に比べて、母はパニックになった。
でも、吐き出す事ができるレベルでは到底なくて、恐らくその時既にハンバーガーはセカンドステージの胃くらいは到達していると思われた。
「もう飲んじゃったし無理・・・」
「いつ飲み込んだの!?」
「30分くらい前」
「あんた、何やっとるの!?ほいじゃあ水でも飲んどきん!いつか下から出るかもしれんし」
「・・・下から?」
母のあまりのテンパりぶりに、それまで事の重要さを理解してなかった私は初めて不安になってきた。
その時、騒ぎを聞きつけてやってきた祖母が気休めにこう言ったのだ。
「大丈夫だて。知り合いの子供で10円玉飲み込んだ子がおるで」
そんなヤツおらへんやろ~と、今ならツッコミたいけど、不安で心が折れそうだった私は、その一言で救われた。
ばあちゃん、グッジョブ!
10円飲んで生きてる子供がいるなら、もっと小さいオモチャ飲み込んだくらい、きっとどうって事ないよね?
駐禁で捕まった人が「スピード違反の方がよっぽど悪いじゃねーか」と自分を少しでも正当化して安心するような心境だ。
「そ、その子供、今も生きてる?」
「生きとるらぁ。最近、会ってないけど」
「じゃあ、ダメじゃん!」
飄々とのたまう祖母に私は再び翻弄される。
さっきのフォローは一瞬の輝きか!
もはや何をしても手遅れなのが分かって、私はせめてもと思いガバガバ水を飲んだ。
大事には至らなかったので、結果的に良かった良かった・・・と、一件落着しかけたその時、母が恐ろしい事を口走ったのだ。
「知らんに~。体の中でプラスチックが解けて毒が回るかもしれんで」
恐らく、私をビビらせようとして母はジョークのつもりで言ったに違いない。
だが、その一言は死の予言となって、まだ1年生だった私の心に深く突き刺さった。
「あのオモチャが体内から出て来なければ、毒が回って近い将来私は死ぬ」
母の一言から、私は何故か、こう思い込んでしまったのだ。
そして、あまりの恐怖でその事ばかり考えていた為、「近い将来?」「来年くらい?」と徐々に変わってゆき、いつの間にか「後1年で毒が回って私は死ぬ」になってしまった。
それからの毎日は大変だった。
残りの余生を記録すべく日記をつけ始めたり、形見分けの遺書を書いたり(妹達には絶対何もあげないで下さいと書いた)。
勿論、生きる為の努力もした。
何とか吐き出そうと、車酔いを狙って父親のタバコ臭い車に乗ったり、下痢を狙って食べ過ぎてみたり。
だが、私の努力も虚しく、あのオモチャを体外で発見する事はできなかった。
迫り来るXデイに向かって、まだ小さかった私は日々死の恐怖と戦いながらおよそ2年を過ごしたのだ。
もうすぐ死ぬ、と信じながらも3年生になると、さすがにもう大丈夫かな、と少し安心した。
人間、そのくらいでは死なんと、理屈をもって理解もできるようになった。
私はどうやら生き延びる事ができたらしい、とようやく安心したのはその頃だ。
死の予言をした母にその事を尋ねてみた。
「ねえ、私がオモチャ飲み込んでもうすぐ死ぬって言ったの覚えてる?」
「何それ!?あんた、いつ飲んだの、そんなの?」
覚えてないどころか、しゃあしゃあとのたまう母に私は愕然とした。
こっちは死を覚悟して遺書まで書いてたっていうのに!
いじめた側はいじめた事を覚えてないというが、まさにこの現象だ。
もう私が死んでも遺産のお年玉預金は親にはやらんわ!と小さな誓いを立てた。
もうすぐ死ぬと真剣に怯えながら過ごしたあの1年間は、恐らく私の人格形成に多大な影響を与えた。
死んだら私はどこに行くのだろう・・・なんて毎日考えてると逆に天国なる世界に憧れを持つようになる。
これが宗教に走る原点なのかもしれない。
私は天国に行くより、寧ろ幽霊になってもう一度人生を頑張りたかった。
誰かの守護霊になって恋の応援するとか、私の鉄板少女漫画好きも、ここが原点に違いない。
・・・だからと言ってはなんですが。
私の作品で人がよく死んで、内容が薄暗いのは、きっとそんな過去があるせいかもしれません。
こんな私ですが、今年も色んなお話を紡いでいきたいと思ってますので、宜しくお願いします!




