部活っていいよね
今回ちょっと自叙伝的です。
拙作の主人公に陸上選手が圧倒的に多いのは、作者が昔、陸上部だったからです。
想像力が貧困な為、経験してない事は書けないためである。
よく表現に使うのが「美しい獣のような走り」。
それは、天から与えられた才能を持つほんの一部の人間だけができる見事なフォーム。
私はかつて、そんな「美しい獣」と一緒に走っていた事がある。
小学校の頃、私は足が（結構）速かった。
走るのだけは速いけど球技はまるでダメだった事を考えると、運動神経は鈍かったが体力だけがあったのだろうと思う。
その当時の学校って部活に入る事が強制で、小学４年生から陸上部に入部して一日中走り回されていた。
そのお陰で、校内マラソン大会なんかは常に上位だったので少し自惚れていたりした。
中学校に入ってからも、私は当然のように陸上部に入部した。
トラック種目、フィールド種目を選ばなければならない時、私は「中距離」「高跳び」にした。
中距離というのが８００mという微妙な距離で結構疲れるんだけど、当時の中学女子の一番長い距離がこれだったのだ。
そして、その中に私と全く同じ種目を選んだ生徒がもうひとりいた。
それが、中学時代の最大のライバルとなる彼女との出会いだった。
私の中学校というのが３つの小学校から生徒が集められていて、彼女は別の小学校の出身だった。
私と同じ様に小学校から陸上部で走っていたという彼女は、実はその学校のエースだったのだ。
そして、彼女と初めて一緒に走った時、私のプライドは打ちのめされた。
陸上部を少しでも経験された方なら分かると思うが、「持ってる」人間はフォームが違う。
凡人の私がどんなに頑張ってもできない美しいフォームを自然体でやってのける。
生まれた時から誰にも教えられる事もなくそうやって走るのだから、正に神の賜物だ。
彼女はそういう「持ってる」人間の一人だった。
当時のこの地方の学校教育ってものすごい部活信仰があって、生徒が熱射病で亡くなったり、顧問が過労死したりと、新聞沙汰になる程に部活に力を入れていた。
練習は授業後の４時から７時、それから片付け。
土曜日は１時から５時。
日曜日は試合。
夏休みは盆３日以外毎日９時から昼１時。
冬になったら朝７時から朝練・・・。
もう走り過ぎで笑えてくる。
中学３年間こんな状態で一体どうやって生き延びてきたのか、今となっては謎である。
しかも、真夏の炎天下で水飲んではいけないという今となっては殺人的掟も当時は存在した。
先輩は遅くても抜かしちゃいけないとか、変な上下関係もあった。
幸か不幸か、気を遣う先輩達は速攻引退して、同僚も疲労骨折でどんどんリタイヤしていった。
結局、最後に生き残ったのは私と彼女の二人だけだった。
その彼女に私は三年間で一度も勝てなかった。
陸上競技って原始的なスポーツ故に、努力だけではどうしようもない天性の才能が試される。
小学校の時は自惚れていた私も、彼女と走って実力の差なるものを思い知らされた。
彼女はいつもペースメーカーの役もしてくれていて、私は常に彼女の背中を見つめながら走っていた。
その一糸乱れぬ呼吸と安定したペース。
これを計算しながら走るって、どれだけ彼女は余裕があったんだろう。
そしてラストスパートをかける彼女は本当に獣のようだった。
今までどこに温存していたのかというすごいエネルギーでダッシュする彼女の後ろ姿を、私は唖然としながらただ見送るしかなかった。
同じ時間、同じ練習をしている彼女と私の違い。
それは一重に「才能」だった。
一緒に切磋琢磨してきたという点ではいいライバルではあったが、実際の所、私は一度も彼女がライバルだなんて思った事はない。
私じゃ彼女の敵になれる訳がないことは分かっていた。
でも、そんな彼女も県大会まで行けば何とか決勝に残れるかどうかという成績だった。
世の中にはまだまだすごい人間が溢れている。
小学校のマラソン大会上位程度の私がどれほど「井の中の蛙」だったか。
本物の速い人間がどれほど私と違うのか。
３年間走り続けて分かった事がこれだった。
高校に入って、私はそれまでずっと続けてきた陸上を辞めた。
彼女は別の高校でまた陸上部に入ったけど、私は柔道部に入部した。
もうこれ以上、私がどんなに頑張っても彼女の領域まで達する事はできないと判断したからだ。
その後、お互い進学し、就職し、結婚して、今別々の人生を歩んでいる。
何年か前に一度だけ再会した時、子持ちとは思えぬスレンダーな体型で、中学生の時よりとても綺麗になっていた。
最後まで勝てなかったけど、彼女は私の目標であって、３年間一緒に走り続けた戦友だった。
私の「死ぬ前に思い出す人間リスト」の三番以内にランキングされる事は間違いない。
ライバルになれなかったのは悔しいけど。
ここで小説を書き始めてから、走ってる主人公を書く度に私の脳裏にいつも蘇る。
走っても走っても追いつけなかった彼女の背中。
風を切る音と規則的なあの足音。
そんな美しい獣が走る姿を少しでも感じてもらえたら幸いです。
