来月断罪される《断罪前》の皆様が、隣国の酒場《断罪後》へいらっしゃいました
酒場《断罪後》のある街から、さらに北へ向かうと、ほどなく国境へ着く。
その向こうは隣国だった。
隣国とはいうものの、その王都までは馬車で半日もかからない。
国は違うが、距離だけでいえば、ほとんど隣町である。
そのため、夕方に隣国の王都を出た馬車が、日暮れ前に《断罪後》へ到着することも、不可能ではなかった。
ただし。
王が1人。
王子が2人。
聖女が1人。
公爵令嬢が1人。
揃って酒場へ入ってくるのは、さすがに珍しかった。
扉につけた鈴が、ずいぶん長く鳴った。
「いらっしゃいませ」
カウンターの内側で杯を磨いていたエルヴィラは、客の顔を順に確認した。
全員、見覚えがある。
王太子妃教育を受けていた頃、隣国の王族や有力貴族の肖像画は、何度も見せられた。
先頭に立つのは隣国王。
その後ろに王太子と第2王子。
旅装の上からでも分かる神殿の白い衣を着た娘が、隣国の聖女。
最後の令嬢は、王太子の婚約者である公爵令嬢だった。
身分を隠す気があるのか、ないのか。
全員、一応は地味な外套を羽織っている。
だが、王の外套には金糸で王家の紋章が刺繍されていた。
王太子の腰には儀礼用の宝剣がある。
第2王子は王家専用の馬車から降りてきた。
聖女は聖印を首から下げている。
公爵令嬢だけが、比較的まともな変装をしていた。
カウンターの端で酒を飲んでいた魔道具屋のばーさんが、一行を眺めて鼻を鳴らした。
「なんだい。また断罪かい。流行ってんのかねえ」
王太子が足を止めた。
「なぜ、我々を見ただけで断罪だと分かる」
「王子と聖女と、見るからに気の強そうなお嬢ちゃんが一緒に来りゃ、だいたいそうだろ」
「わたくしは、見るからに気が強そうですの?」
公爵令嬢が尋ねた。
「弱そうには見えないねえ」
「ありがとうございます」
「褒めちゃいないよ」
エルヴィラは磨き終えた杯を置いた。
「皆様、お席はご一緒でよろしいですの?」
「ああ」
王が疲れた声で答えた。
「全員、同じ件で来た」
「断罪なさる方、される方、巻き込まれた方で、お席を分ける必要はございませんのね」
「まだ誰も断罪されておらぬ」
エルヴィラは、わずかに眉を上げた。
「では、これから?」
「来月の予定だ」
王太子が答えた。
公爵令嬢が続ける。
「わたくしが断罪されます」
「わたくしは、その原因にされます」
聖女が小さく手を挙げた。
第2王子も、重い息を吐いた。
「兄上が廃嫡された場合、代わりに王太子になる予定です」
最後に王が言った。
「余は全員の後始末をする予定になっておる」
エルヴィラは5人を見渡した。
「《断罪前》御一行ですのね」
「そのような呼び名があるのか」
「たった今できましたわ」
エルヴィラは人数分の杯を並べた。
「お酒は、蒸留酒の炭酸割りでよろしいですか?」
王が椅子へ腰を下ろす。
「酒一、水三で頼む」
「私は水四で」
王太子が言った。
「わたくしは水五をお願いいたします」
公爵令嬢が続けた。
聖女も頷く。
「わたくしも水五で。愚痴が長くなりそうですので」
第2王子は少し考えてから言った。
「私は水だけで」
「お飲みにならないのですか?」
「酔った勢いで、兄上の代わりに王太子になると返事をしてしまうと困ります」
「賢明ですわ」
エルヴィラは酒と炭酸水を順に注いだ。
細い泡が立ち上り、氷が軽く鳴る。
魔道具屋のばーさんが、一行を改めて眺めた。
「断罪するのも、されるのも、その後をやらされるのも、みんな嫌なのかい」
「嫌だ」
「嫌です」
「お断りしたいです」
「絶対に嫌です」
王も含め、全員が答えた。
ばーさんは酒を一口飲んだ。
「じゃあ、やめりゃいいじゃないか」
5人が揃って黙る。
「それができれば、国境を越えてまで飲みに来ておらぬ」
王が言った。
「国境を越えるほうが面倒そうだけどねえ」
エルヴィラは王の前へ杯を置いた。
「でも、うちの国よりはましに見えますわよ」
王太子が顔を上げた。
「これが、ましに見えるのか」
「断罪する方も、される方も、原因にされる方も、その後を押しつけられる方も、皆様そろって、おかしいと思っていらっしゃるのでしょう?」
「まあ……そうだ」
「うちの国では、おかしいと思っていたのは、わたくしだけでしたもの」
一同が黙った。
エルヴィラは自分の杯へ炭酸水を注いだ。
「あれから混乱したまま、わたくしに聞きに来もしませんのよ」
「来てほしいのかい」
ばーさんが訊いた。
「まさか。来られても、答える気はございませんけれど」
「面倒な女だねえ」
「聞くべき相手へ頭を下げることと、その相手が答えてくれることは、別の話ですわ」
王が深く頷いた。
「その通りだ」
「陛下は、よくお分かりですのね」
「今回、嫌というほど思い知らされた」
エルヴィラは杯を持ったまま、隣国の一行を順に見た。
「それで?」
全員の視線が集まる。
「その馬鹿げた計画は、どこから、何ゆえ上がったのですの?」
王と王太子が、同時に目を逸らした。
公爵令嬢が代わりに答える。
「王家広報室ですわ」
「広報」
「来月、建国祭がございます」
王太子が杯を持ち上げた。
「今年で建国300年になる」
「おめでとうございます」
「めでたくない」
王が言った。
「少なくとも、今はまったくめでたくない」
聖女が遠慮がちに続ける。
「建国祭で王太子殿下が悪を退け、聖女を守る姿を民へ示せば、王家への支持が高まるそうです」
エルヴィラは瞬きをした。
「人気が上がるという根拠も謎ですわ」
「広報室は、この国で行われた断罪が、民衆の関心を集めたことを根拠にしておる」
王が答えた。
「関心を集めたことと、王家への支持が上がったことは同じではございませんでしょう」
「余もそう言った」
「すると?」
「話題になった王太子は、話題にならなかった王太子より民に親しまれる、と」
魔道具屋のばーさんが鼻を鳴らした。
「馬鹿をやって噂になっても、人気者ってことかい」
「広報室の資料では、そういう扱いです」
第2王子が答えた。
「では、王都の広場で裸踊りでもなさればよろしいのでは?」
エルヴィラが言った。
「確実に話題になりますわよ」
「それも提案した」
王太子が暗い顔で杯を持ち上げた。
「断罪のほうが、王家の威厳を保てると言われた」
「どちらもなさらないという選択肢は、ございませんの?」
「広報室にはないらしい」
「そもそも、王家への支持が上がるという予測は、どのように算出されたのです?」
公爵令嬢が答えた。
「広報室の職員10人へ計画を説明し、8人が『印象に残る』と答えたそうですわ」
「好感を持つと答えた方は?」
「おりません」
「支持すると答えた方は?」
「おりません」
「それで、王家への好感度が8割を超える予定になりましたの?」
「はい」
ばーさんが酒を飲んだ。
「数字ってのは便利だねえ。言ってないことまで言ったことにできるのかい」
「広報室では、印象に残ることと好感を持たれることは、ほぼ同じだそうです」
第2王子が疲れた顔で言った。
「嫌われた場合も、強く印象には残りますけれど」
エルヴィラが指摘すると、王が深く頷いた。
「余もそう言った」
「陛下、先ほどから何度も正しいことを仰っていますのに、なぜ計画が進んでおりますの?」
「余も聞きたい」
聖女が静かに続ける。
「最初は、軽い騒動を仕立てるだけだったそうです」
王太子が答えた。
「婚約者が聖女の活動を快く思っていないという噂を流し、建国祭の夜会で私が彼女を諫める。彼女が形式上謝罪し、聖女と和解する。そこまでの予定だった」
公爵令嬢が杯を傾ける。
「ところが、それでは盛り上がりに欠けるそうですわ」
「盛り上がり」
エルヴィラの声が、少し低くなった。
「はい。王太子殿下が婚約者へ少し注意しただけでは、民の印象に残らないと」
「それで?」
「教本の隠匿、衣装への細工、治癒活動への妨害が追加されました」
エルヴィラは杯を置いた。
「どこかで聞いた罪状ですわね」
隣国の5人が黙った。
魔道具屋のばーさんだけが酒を飲んでいる。
エルヴィラは、もう一度尋ねた。
「どこで聞いた罪状ですの?」
公爵令嬢が王太子を見る。
王太子は王を見る。
王は諦めたように息を吐いた。
「そなたの断罪だ」
「わたくしの?」
「この国で、王太子が悪役令嬢を断罪し、北へ追放した。その後、聖女と真実の愛を結んだ。隣国では、そのように伝わっておる」
「どなたとどなたが、真実の愛を結んだのですか」
「そなたの元婚約者と聖女だ」
「初耳ですわ」
「違うのか」
「存じません。聞きに来もしませんから」
エルヴィラは炭酸水の瓶を取り、王太子の杯へ少し足した。
「それで、うちの国の断罪を、成功例として参考になさったのですか」
「我々ではない」
王太子がすぐに否定した。
「広報室が勝手に参考資料へ入れた」
「題名は?」
公爵令嬢が静かに答えた。
「『隣国における王太子殿下の決断と民意改善事例』ですわ」
「民意は改善したのですか?」
「広報室が集めた情報によれば」
「王太子宮は混乱したままですけれど」
「そこまでは伝わっていなかった」
「王宮の冬用の薪が止まったことも?」
「知らぬ」
「食肉の優先契約が失効したことも?」
「知らぬ」
「王太子宮の侍女が全員北へ移動したことも?」
「それも知らぬ」
「では、何をご存じなのです?」
王が答えた。
「夜会で断罪が行われ、悪役令嬢が追放されたことだけだ」
ばーさんが杯を置いた。
「中身を知らずに、格好だけ真似したのかい」
「そういうことになります」
聖女が答えた。
「子どもでも、もう少しましな真似をするよ」
エルヴィラは自分の杯を一口飲んだ。
「わたくしの国の失敗が、隣国では成功例になっておりますのね」
「申し訳ない」
王が頭を下げた。
「陛下が謝ることではございませんわ。わたくしを追放したのは、そちらの国ではありませんもの」
「しかし、余の国が真似をしようとしておる」
「まだ実行していないのでしょう?」
「来月までは」
「では、うちよりましですわ」
エルヴィラは王太子へ目を向けた。
「殿下は、断罪なさりたいのですか?」
「したくない」
答えは早かった。
「婚約を解消なさりたい?」
「それも考えていない」
公爵令嬢が横から口を挟む。
「わたくしたちの婚約は、少なくとも現時点では問題なく継続しております」
「少なくとも?」
「殿下が、用意された台本をそのまま読んだ場合は、即座に解消を申し入れます」
「読まない」
「今はそう仰っています」
「読まないと言っている」
「先週、広報室から渡された挨拶文を、内容を確認せず読まれましたわね」
「あれは孤児院への寄付を発表するだけの文書だった」
「途中で、孤児院の院長を『親愛なる港湾組合長』と呼んでおられました」
「前の原稿が混ざっていたのだ」
「ですから、確認せず読む癖を直していただきたいのです」
「2人とも、婚約の話は後にしてくれ」
王が額を押さえた。
ばーさんが笑う。
「断罪しなくても、普段から揉めてるじゃないか」
「意見の相違ですわ」
公爵令嬢が答えた。
「そういうことにしておこうかねえ」
エルヴィラは、今度は聖女を見た。
「聖女様は、王太子殿下をお慕いなのですか?」
「いいえ」
こちらも早かった。
王太子が少し傷ついた顔をする。
「そこまで即答しなくてもよいのではないか」
「殿下も、わたくしを慕ってはございませんでしょう?」
「もちろんだ。しかし、戦友のような親愛はあるぞ」
「殿下も即答なさいましたね」
「お互い様ではないか」
「戦友なのですか?」
エルヴィラが尋ねた。
聖女が頷く。
「3年前の疫病では、殿下が護衛隊を率いて治療所を守ってくださいました」
「聖女は3日眠らずに治癒を続けた。背中を預けられる相手ではある」
「結婚したい相手ではないと」
「それとこれとは別だ」
「まったく別です」
2人の声が重なった。
ばーさんが笑う。
「仲はいいじゃないか」
「仲がよい男女を、すべて結婚させないでいただきたい」
王太子が答えた。
「では、台本ではどのような役を?」
聖女の眉が下がった。
「公爵令嬢様から長年虐げられながらも、王太子殿下への愛を胸に耐え続けた、けなげな聖女だそうです」
「実際は?」
「公爵令嬢様には、王都で暮らすための礼儀作法を教えていただきました」
公爵令嬢が頷く。
「聖女様は神殿の外で生活した経験がほとんどございませんでしたので」
「ドレスも選んでいただきました」
「最初に神殿が用意したものは、夜会用ではなく礼拝用でしたもの」
「教本の返却期限も教えていただきました」
エルヴィラの手が止まる。
「期限は守っておられますの?」
「はい。必ず前日までに返しております」
「素晴らしいですわ」
聖女は、なぜ褒められたのか分からない顔をした。
「台本では、わたくしは断罪の最中に泣き崩れ、王太子殿下へ縋ることになっています」
「お泣きになれますの?」
「当日は朝から治癒が24件入っておりますので、疲労で泣く可能性はございます」
ばーさんが言った。
「感動じゃなくて、寝不足じゃないかい」
「はい」
「それを王子への愛にされるのか」
「はい」
「気の毒だねえ」
「ありがとうございます」
エルヴィラは第2王子の前に置いた水差しを交換した。
「第2王子殿下は、断罪の場で何をなさる予定ですの?」
「何もしません」
「何も?」
「兄上が婚約者を断罪し、聖女へ求婚する。その後、公爵家から抗議を受け、父上が兄上を廃嫡する予定です」
王太子が杯を置いた。
「なぜ私が廃嫡されるところまで、最初から決まっている」
「知りませんよ」
第2王子も水を飲んだ。
「そして、王位継承順位に従い、私が王太子になるそうです」
「おめでとうございます」
「まったくめでたくありません」
「王太子妃候補は?」
「兄上の元婚約者です」
エルヴィラは公爵令嬢を見る。
公爵令嬢が首を横に振った。
「わたくしも、初めて聞いた際に同じ反応をいたしました」
「お2人は?」
「幼い頃から顔を合わせておりますが、兄妹のようなものです」
第2王子が答えた。
「姉上と呼んでおります」
「呼ぶなと何度も申しております」
「兄上より面倒を見ていただきましたので」
「それは否定いたしませんけれど」
エルヴィラは眉を寄せた。
「つまり、公爵令嬢様は、身に覚えのない罪を認めさせられ、王太子殿下との婚約を解消される」
「はい」
「その後は?」
「3か月の謹慎ですわ」
「そして、謹慎が明けたら第2王子殿下の王太子妃候補へ?」
「はい」
「罪人として断罪された令嬢を、次の王太子妃になさるのですか?」
「そこは、陛下の寛大な裁定により、反省を認められたことにするそうです」
「罪は認めさせるのです?」
「謝罪文まで用意されております」
「それで王太子妃に?」
「公爵家と王家の結びつきを維持するためだそうです」
ばーさんが鼻を鳴らした。
「汚した娘を、拭いて弟に渡すのかい」
「物のように申さないでいただけます?」
公爵令嬢が言った。
「扱ってる連中に言いな」
「それもそうですわね」
「私は絶対に受けません」
第2王子が強く言った。
「姉上もお断りでしょう」
「当然です」
「そこまで即答しなくても」
「あなたも先ほど即答したでしょう」
「お互い様ですね」
ばーさんが第2王子を見る。
「あんたが一番、何もしてないのに損してるねえ」
「分かっていただけますか」
「顔に書いてあるよ」
第2王子は、この夜初めて少し笑った。
エルヴィラは最後に王へ向き直った。
「陛下は?」
「余は、すべてが終わった後に登場する」
「何をなさるのです?」
「王太子の軽率な行動を謝罪し、公爵令嬢の謹慎を命じ、聖女を保護し、第2王子を新たな王太子に任命する」
「大忙しですわね」
「台詞は全部決まっておる」
「ご確認を?」
「した」
「内容は?」
「『余の不徳の致すところである』から始まり、『今後は二度とこのようなことが起こらぬよう』で終わる」
ばーさんが言う。
「まだ起きてないのに、謝るところまで決めてあるのかい」
「起こす予定だからな」
「馬鹿なんじゃないかい」
「余もそう思う」
王は残った酒を飲んだ。
エルヴィラは空いた杯へ炭酸水を多めに注ぎ、酒を少しだけ足した。
「ところで、陛下はどこでこの計画をお知りになったのです?」
「完成した台本が、承認印を求めて回ってきた」
「承認は?」
「しておらぬ」
「王太子殿下は?」
「断罪用の衣装が届いた」
「公爵令嬢様は?」
「謹慎先で着る防寒着の採寸を申し込まれました」
「聖女様は?」
「泣く練習をするよう、演技指導の者が参りました」
「第2王子殿下は?」
「王太子宮へ私物を運ぶため、荷物の一覧を提出するよう命じられました」
エルヴィラは、しばらく何も言わなかった。
店内には、炭酸の泡が弾ける音だけが響いた。
「皆様が知らないところで始まり、皆様が承認していないまま進み、皆様の衣装と台詞と、その後の人生まで決められていると」
「そうだ」
王が答えた。
「誰かが止めようとは?」
「全員、止めようとした」
王太子が言う。
「広報室は、王家祭事局の承認が必要だと答えた」
公爵令嬢が続ける。
「祭事局は、すでに招待状を発送したため、広報室から正式な中止通知がなければ動けないそうです」
「神殿は、王家から聖女役の変更依頼がなければ、予定どおりわたくしを派遣すると」
「近衛隊は、王太子宮から警備計画の変更が来なければ、断罪用の配置を続けるそうです」
第2王子も言った。
「王太子宮は、父上の承認が下りていないため、何も決定できないと」
エルヴィラは王を見る。
「陛下が中止を命じればよろしいのでは?」
「命じた」
「結果は?」
「正式な計画が承認されていないため、中止する対象が存在しないと言われた」
「各部署では、断罪計画ではなく、建国祭演出、聖女奉迎、王太子宮の人員再編、警備配置変更など、別々の名目で処理されておった」
ばーさんが杯を置いた。
「存在しない計画で、衣装まで作ったのかい」
「そうらしい」
「器用な国だねえ」
「嫌な器用さですわね」
「褒められている気がせぬ」
「褒めちゃいないよ」
エルヴィラは腕を組んだ。
「その計画で、どなたが得をなさるのです?」
5人が黙る。
「王家の支持が上がるそうだ」
王太子が答えた。
「殿下は廃嫡されますけれど」
「そうだ」
「陛下は謝罪なさる」
「そうだ」
「第2王子殿下は、望まない王太子になる」
「そうです」
「公爵令嬢様は、身に覚えのない罪を認めさせられ、婚約を解消され、謹慎後に別の王子へ回される」
「はい」
「聖女様は、望まない求婚を受ける」
「はい」
「王家の支持は、どなたに対して上がるのですの?」
再び沈黙が落ちた。
ばーさんが言った。
「誰も残らないじゃないかい」
「広報室の資料では、建国祭後の王家好感度が8割を超える予定です」
第2王子が答えた。
「職員10人のうち、8人が印象に残ると答えた数字ですわね」
エルヴィラが言う。
「はい」
「その8割が、国を治めるのかい」
「できれば、そうしていただきたいです」
「数字は王冠を被れないよ」
「存じております」
エルヴィラは、自分の杯を空にした。
「つまり、誰も望んでいない。誰も承認していない。誰も得をしない。それでも、来月には実行される予定であると」
「その通りだ」
「馬鹿げておりますわね」
「だから最初から、そう申しておる」
王は深く息を吐いた。
エルヴィラは、5人の杯を見た。
王の酒は空。
王太子は半分。
公爵令嬢と聖女は、ほとんど減っていない。
第2王子は、水を3杯飲んでいた。
「では、確認いたしますわ」
エルヴィラは、カウンターの上へ紙を1枚置いた。
「来月、公爵令嬢様を断罪したい方は?」
誰も手を挙げない。
「王太子殿下と聖女様を婚姻させたい方は?」
誰も動かない。
「王太子殿下を廃嫡したい方は?」
第2王子が一瞬だけ手を上げかけ、すぐに下ろした。
「兄上の仕事を減らしてほしいだけです」
「余も同感だ」
「私も減らしてほしい」
王太子本人まで頷いた。
「では、第2王子殿下を王太子になさりたい方は?」
誰も手を挙げない。
第2王子が安心したように息を吐く。
「公爵令嬢様を第2王子殿下の婚約者になさりたい方は?」
また、誰も手を挙げなかった。
「最後に、この計画を中止したい方は?」
5人全員が手を挙げた。
魔道具屋のばーさんが呆れた顔をした。
「そこまで揃ってて、なんで国境を越えてるんだい」
「全員で中止を申し入れても、それぞれ別の部署へ回されたのだ」
王が答えた。
「じゃあ、全員で同じ紙に書きゃいいだろ」
店内が静かになった。
王が、ばーさんを見る。
「同じ紙?」
「王様が中止。王子も中止。断罪される娘も中止。聖女も中止。次の王子も中止。全員まとめて書いて、全部の部署に投げりゃいいじゃないか」
「そのような簡単な文書では、正式な手続きにならぬ」
「正式じゃない計画を止めるんだろ?」
王が黙った。
王太子も黙った。
公爵令嬢が、カウンターの紙へ目を落とす。
「確かに、存在しない計画であるなら、正式な中止手続きも存在いたしませんわね」
「では、全員の意思表示だけでよいのではないでしょうか」
聖女が言った。
第2王子も頷く。
「少なくとも、私が同意しているという前提は消せます」
「私も、断罪も婚約解消も求婚も行わないと明記する」
王太子が紙を引き寄せた。
「わたくしは、罪を認めず、謹慎にも婚約の再編にも同意しないと」
公爵令嬢が続ける。
「わたくしは被害を受けておらず、求婚も望んでいないと書きます」
聖女も紙を覗き込んだ。
第2王子は大きな文字で、
――王太子交代および公爵令嬢との婚約を固く辞退する。
と書いた。
「大きすぎないか」
王太子が言った。
「ここが一番重要ですので」
最後に王が紙を受け取る。
しばらく考えた後、その一番下へ書き加えた。
――以上、関係者全員の意思により、来月の断罪および、それに伴う一切の処分と人事を行わない。
そして、国王の署名を入れた。
「これを広報室、祭事局、王太子宮、神殿、近衛隊へ配る」
「財務局にもお願いします」
公爵令嬢が言った。
「謹慎中の警備費と、名誉回復式典、第2王子殿下との婚約準備費が、すでに予算へ計上されておりますので」
「予算まで取っていたのか」
王の顔が引きつった。
「はい。謹慎先の屋敷を修繕する費用も」
「どこの屋敷だ」
「わたくしの家が所有する避暑用の別邸です」
「謹慎先も自分の家なのかい」
ばーさんが尋ねた。
「はい。湖があり、夏は涼しく過ごせます」
「謹慎ってのは、ずいぶん楽しそうなんだねえ」
「わたくしも、謹慎だけは少し惜しいと思っております」
「そこは惜しむな」
王太子が言った。
公爵令嬢は、初めて声を上げて笑った。
それにつられるように、聖女も笑う。
第2王子は大きく息を吐き、王は空になった杯を眺めた。
「もう一杯、頼めるか」
「割合は?」
エルヴィラが尋ねる。
「酒一、水五」
「ずいぶん薄くなりましたわね」
「帰ってから、この文書を5通作らねばならぬ」
「6通です」
公爵令嬢が訂正する。
「財務局をお忘れですわ」
「そうだったな」
「王様ってのも、大変だねえ」
ばーさんが言った。
「分かってくれるか」
「いや。あたしは明日、魔力灯を3つ直しゃいいだけだからねえ」
「羨ましい」
「王様に魔道具屋は無理だよ。手がきれいすぎる」
「そういう問題なのか」
「そういう問題さ」
エルヴィラは新しい杯へ、酒一、水五の割合で炭酸割りを作った。
氷が鳴る。
細い泡が浮かび、王の疲れた顔が、少しだけ緩んだ。
「国境門が閉まるまで、あと半刻ですわ」
「もうそんな時間か」
「身分を明かせば、門を開けさせられる」
王太子が言った。
エルヴィラは、王家の紋章が刺繍された外套を見た。
「身分を隠していらしたのでは?」
「一応は、そのつもりだった」
ばーさんが笑った。
「隠せてないよ」
5人は残った酒を急いで飲み、全員の署名が入った紙を大切そうに畳んだ。
王が代金を置く。
隣国の金貨だった。
「両替手数料をいただきますわ」
「王家の金貨でもか」
「国が違いますので」
「厳しいな」
「契約どおりですわ」
王は苦笑しながら、もう1枚金貨を加えた。
「来月、また来る」
第2王子が言った。
「断罪は中止なさるのでしょう?」
「中止できた祝いに」
「では、次は酒一、水三でよろしいですわね」
「水五でお願いします」
「お祝いなのに?」
「中止に至るまでの愚痴が、今夜より長くなると思いますので」
エルヴィラは頷いた。
「お待ちしておりますわ、《断罪前》の皆様」
「次は、断罪後になるのではないか」
王太子が言った。
「断罪をしないのですから、断罪後にはなりませんわ」
「では、何になる」
エルヴィラは少し考えた。
「《断罪中止後》でしょうか」
「長いねえ」
ばーさんが言った。
「じゃあ、ただの常連でいいじゃないか」
隣国の王と王子と聖女と公爵令嬢は、揃って顔を見合わせた。
それから、誰からともなく笑った。
扉につけた鈴が、また長く鳴った。
立派な馬車は、国境門が閉まる前に、どうにか隣町の王都へ戻っていった。
翌週。
酒場《断罪後》の扉に、新しい紙が貼られた。
――断罪前、断罪後、巻き込まれた方。
――いずれも団体でのご来店が可能です。
その下には、魔道具屋のばーさんの字で、勝手に一文が書き加えられていた。
――ただし、断罪する前に本人同士で話すこと。
エルヴィラは、それを剥がさなかった。
今回は、比較的静かな夜勤でした。
手の空いた時間にこれをちまちまと書いていたら、出来上がりました。
なんでしょうね。
この酒場で登場人物たちに愚痴を言わせていると、私自身まで愚痴を吐けているような気がして、なんとなく楽になります。
不思議な店です。
文字数はだいぶ前作より増えましたが、今回は愚痴る人数も増えましたので、大目に見てくださいませ。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




