道具として愛された私からの卒業〜特級付与魔法師エレノアの物語〜
別れてあげたのに、なぜ追ってくるのですか? 〜付与魔法師の私は自立しますので、どうぞお幸せに〜
「他に好きな人ができた。だから、君との婚約はなかったことにしたい」
婚約に向けた話し合いの席で、カイル様はどこか酔いしれたような顔でそう告げてきた。
彼の隣には、控えめに身を縮こまらせた小柄な女性——マリアさんが立っている。
「……左様ですか」
私はゆっくりと頷き、深く一礼した。
「カイル様が大好きな方と巡り合いになれたのなら、何よりでございます。
今までありがとうございました。どうぞ、お幸せに」
長年寄り添ってきた相手だ。
当然、寂しさや切なさが全くないと言えば嘘になる。
けれど、私を愛していない人と一緒にいてもお互いに不幸になるだけだ。
彼が新しいお相手と幸せになれるのなら、潔く身を引くのが一番の選択だと、私は本気でそう思っていた。
だからこそ、すぐに自分の荷物をまとめ始めたのだが——。
「……え? ちょ、ちょっと待って! なんでそんなにあっさり受け入れるんだ!?」
カイル様が、なぜか目を丸くして狼狽し始めた。
「なぜ……とおっしゃられましても。好きな人と幸せになりたいのでしょう?
でしたら、私という邪魔者は早く去るべきかと」
「いや、そうだけど! 普通『嫌だ』とか『私を捨てないで』とか言うだろ!? なんだよその顔! 泣きもしないで!」
(……大好きな人と幸せになってほしいから身を引くのに、なぜこの人は困惑しているのだろう?)
彼の身勝手な反応に首をかしげつつも、私はさっさと屋敷を辞し、自分の足で生きていくために隣町の宿へと向かった。
私の職業は「付与魔法師」。
これまではカイル様の装備や領地の道具に魔法をかけて支えていたが、技術には自信がある。
一人でも十分やっていけるはずだ。
◇
宿の部屋に到着し、荷物を降ろした私は、カバンから『特級音声魔導水晶』を取り出した。
これは文字だけでなく「音声メッセージ」を録音・再生できる特別な魔導具で、
上級貴族、上級術者など一握りの人間にしか所有を許されていない最高級品だ。
水晶の表面を見ると、眩いばかりの光が明滅していた。
【未確認・音声メッセージ:29件】
思わず目を疑った。
たった一日家を空けただけで、29件。
嫌な予感がしながらも、私は再生ボタンを押してみた。
『おいエレノア! なぜ返事をしない! どこにいるんだ!』(1件目)
『話を聞けと言っているだろう! 戻ってこい!』(7件目)
『誤解するな! マリアには君との過去のことなんて何も詳しく話していない! だから変な気を回すんじゃない!』(14件目)
(……頼んでもいないのに、新しいお相手への見栄と保身を勝手に語られても困るのだけど)
呆れながらさらに聞き進めると、カイル様の声は次第におかしな方向へと変化していった。
『……くっ、実は急に胸が苦しくて立ち上がれないんだ。君が戻ってきて看護してくれないと……俺は死んでしまう……っ!』(20件目)
『うっ……ううっ……頼むから戻ってきてくれぇ……(ズルッ、ズルズルッ! と激しい鼻水とすすり泣き)』(25件目)
『………………(1分間、気味の悪い息遣いと、思わせぶりな無言の圧力)』(29件目)
——ぞわっ。
腕に鳥肌が立った。
恐怖と呆れが同時に押し寄せてくる。
好きな人と幸せになるために私を捨てたはずの人が、なぜ泣き叫び、鼻水をすすり、仮病を使ってまで私を追いかけてくるのか。
私は迷わず、魔導水晶の通信遮断機能を起動した。
◇
数日後。
新しい職場へ出勤中の私の前に、なりふり構わず走り込んできた人物がいた。
髪はボサボサ、目元を真っ赤にしたカイル様だった。
「エレノア! 探したぞ! なぜ連絡を拒否するんだ!」
「カイル様……。一体何の御用ですか? 私はもう、あなたとは関係のない身ですが」
「お願いだ、戻ってきてくれ! ……マリアは全然ダメなんだよ!!」
大通りの真ん中で、カイル様は情けなく叫んだ。
周りの冒険者や町人が「なんだなんだ?」と集まってくる。
「彼女の付与魔法じゃ、剣は一回振っただけで折れるし、防具もペラペラだ!
領地の魔導具も全滅して仕事が完全に破綻した! 君ほどの技術がないなんて聞いてないぞ!
あいつの魔法なんてゴミ以下だ!」
「……当たり前ではありませんか。私の付与魔法は国家特級レベルです。
それに、彼女の技術を知りもしないで『好きだから』という理由だけで選んだのは、カイル様ご自身でしょう?」
「だって、あんなに可愛い顔して『私にお任せください』って言ったんだぞ!?
騙されたんだ俺は!」
自分勝手な言い訳に、周りのギャラリーから
「うわぁ……」「最低だなあの男……」
と引きつった声が漏れ始める。
「エレノア、やっぱり俺が好きなのは君の付与魔法……いや、君自身だ!
マリアとは別れるから、頼むから戻ってきてくれ!」
必死に手を取ろうとしてくるカイル様を、私は冷ややかに見つめ、すっと一歩引き下がる。
「お断りいたします。
あなたが選んだ大好きな方なのですから、二人で力を合わせて乗り越えてくださいね。
私は自分の技術で、自立して生きていきますので」
にっこりと完璧な淑女の微笑みを向けると、カイル様は絶望に顔を歪ませ、その場に膝から崩れ落ちた。
「そんな……嘘だろ……エレノアぁぁぁ!!」
背中で聞こえるみっともない泣き声を完全に無視し、私は晴れ晴れとした心地で歩き出した。
青空の下、私の新しい人生が今、ここから始まるのだ。
最後までお読みいただきありがとうございました!
主人公に完膚なきまでに振られたカイルですが、街中で大声を張り上げていたため、どうやら周囲の冒険者や住民たちには丸聞こえだった様子……。
この後、とある【魔導掲示板】に「情けない相談スレッド」が立つことになるのですが、それはまた別のお話。




