そして空の向こうへ
「リタ!待ってくれ!」
だがリタは振り返りもせずに時計塔内に進んだ。相田は必死に追いかけた。
「リタ!」
リタは時計塔の螺旋階段をテンポ良く昇った。相田はリタの名を呼びながら追いかけ、そしてついに追いついた。相田は歩き進むリタの前に立ちはだかり、言った。
「リタ、世界を滅ぼしてはいけない。絶対だめだ!」
だがリタは無情に相田を後ろへ払い、前に進む。そのはずみで転んで顎を打った相田はしばらくその痛みに苦しみながらも、「リタ…だめだ…」と進みながら止めにいった。リタは相田を見つめて言った。
「あなたは怯えているのです。世界は必ず再生します。」
その言葉に対して相田は何も反論できなかった。ただひたすら足にしがみついたり、立ちふさがるなど物理的にリタを止める事しかできなかった。
そして、エレベーターの前にたどり着いた。リタは話す。
「このエレベーターは時計塔の中枢へと、繋がりますが、開発者以外の人間は入れません。入れば死ぬでしょう。しかし、私は人間ではなく、おまけに時計塔と通信ができます。ですから私だけが中に入れるのです。」
相田は滅びへの極限の恐怖でひいひい喚きながら言った。
「世界が再生するかどうか分からないだろう!?」
「その点はご安心下さい。世界は必ず再生します。なぜなら世界は意識であり同時に意識から作られるからです。破壊された世界の人間は新たに世界を創るでしょう。」
「…」
「それはユートピアです。宗教的に言えば天国、極楽浄土、などでしょう。カオスに満ち溢れた旧世界を滅ぼし、代わりに人々は安楽へとたどり着きます。だから政府は私を使ったのです。旧世界の特徴である機械を。」
「…」
「では、さようなら。お逃げなさい。」
エレベーターが閉まった。相田はリタがエレベーターに入っていた事に気付かず、茫然と見つめていた。やがて次に起きる事態を察し、相田はリタの言われるままに逃げ出した。
時計塔の外に出た時、爆音がした。時計塔が音を立てて崩れた。全世界から時計塔の支配は消え失せたのだ。
その次の瞬間、青空に黒い穴が空き、青空が吸い込まれ、真っ暗になった。続いて車や人が地上を離れ、穴に吸い込まれようとした。悲鳴が満ちた。相田は必死に手すりに掴まった。人が次々と悲鳴を上げながら穴に吸い込まれた。ぎゃおんぐおんと相田のつかんでいる手すりが外れようとしていたので、電柱に移った。手すりは地面を離れ、空へと落ちて行った。やがて道路のコンクリートがずがずがずがと破壊され空へと吸い込まれた。電柱は耐えきれなくなりぼきりと折れて、相田は空へと吸い込まれた。
周りを見渡すと他にも一緒に空を浮遊している人がいた。彼らは突然の事に茫然としていた。相田は龍子を見つけた。呼び掛けようとしたが空気の吸い込まれる音で聞こえない。地面を見つめると大量の砕けた岩しか見えない。空を見つめた。穴がもうすぐやってくる。それは虚無の暗黒。その先、空の向こうには何もない。目の前が真っ暗になった時相田の意識はふっ、と無くなった。
慌ただしい車の音が聞こえた。ビル郡の立つ大都会では人々がいつものように忙しく働いていた。人々は忙しいのが好きなのだ。あくせくと書類を作ったり出張したり。
その中で相田と言う男がいた。彼はサムラ電機と言う会社に勤めていた真面目な会社員であった。
ある日、彼は会社に向かおうとスクランブル道路に向かった。人が密集して歩きにくい。
だが、その人々の中に、懐かしい顔を発見した。だが、いつ会ったのか思い出せなかった。遠い遠い記憶の彼方、そもそも会ったのか、会ってないのかすら分からない。相田はふと一つの幻影が見えた。今この世界が暗黒の空に向かって全て吸い込まれる。相田は恐くなってまばたきをした。幻影は消えた。なんだろうか、あの光景は。
相田は妙に生々しいその幻影を咀嚼しながら前に進んだ。やがてうっすらと何か分かりかけてきた。ここは、虚構の世界なのか。突然彼は、虚無感に襲われた。この世界にはいられないと思った途端に、世界の外に転落した。そこは夢に見た光景だ。永遠の階段。浮かぶ世界。相田は暗黒に浮かぶ世界達を背景に、永遠に落ちていった。




