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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

【宵待タクシー】

作者: 甘依 るな
掲載日:2026/03/26

『………お忘れ物には、ご注意を。』

【今日はありがとう。】


「こちらこそ、また会おうね!」


私は、そのメッセージを何度も読み返す。


指先がまだ少し震えている。


遠距離恋愛。


久しぶりに会えた、彼の優しさが、


頬に残っている気がした。


お酒に酔いつつ私は感傷に浸っていた。

辺りは夜の闇に包まれて、

薄暗い一灯の街灯のみが光っている。


嬉しさと寂しさが夜に溶け合う。

今日の事を思い出しながら、

いつものタクシー乗り場で、

私はタクシーを待っていた。


暫くして、私の前に、

一台のタクシーが止まる。


タクシーの後部座席側のドアが開くと、


私は静かに席につく。


でも、 今日はなんだか、 少し様子がおかしい。


タクシーの運転手さんが 一言も喋らないのだ。


そんな事、あるんだろうか?


普通なら、 目的地ぐらいは聞くだろうに。


それとも私が知らないだけ…?


なんとなく気味が悪くて座席から立とうとした瞬間、


先程まで、 何も口を開かず、


目的地を尋ねもしなかったタクシー運転手さんが、


突然、沈黙を破った。


『…宜しければ。 送っていきましょうか︎︎…?』


と私に一言だけ。


あまりに唐突なもので驚いた。


違和感はそれだけじゃない。


その声はやけに生気がなく 、

どこか人間味のない。


明らかに異様な雰囲気だったので、

私は怖くなって、


「け、結構です…!!」


と言ってカバンを持ち、


足早に荷物をまとめて、

慌ててドアを開けて1度降りた。


全く…あの運転手は 何だったのだろう。


せっかくの幸せな気分を 台無しにされた…。


人気のないタクシー乗り場。


深夜2時30分。


私以外誰もいないはずなのに…。


今…何かタクシー乗り場に

黒い人影が居たような気がする。


目を擦りもう一度


タクシー乗り場の奥の方を見るが、


やはりそこには何もいない。


「疲れてるのかな…?」


何か…嫌な雰囲気を感じる。


ただの、気のせいだと思いたい。



なんだか、無駄な疲労が溜まった気がする。


疲れているのもきっとあのタクシー運転手のせいだ。


私は、タクシー乗り場のベンチに腰掛ける。


ふと足元に目をやると、


「やだ…。 ストッキング裂けてる。 ほんと…今日はついてないな。」


多分、さっき慌てて降りた時に

どこかに引っ掛けたのだろう。


どんよりした気分を上げるために

スマホを開いて彼の好きな 音楽を聴いて、

再度タクシーを待つ。


程なくしてタクシーが 到着した様なので、

また同じように席につく。


「良かった…。 後部座席に人がいる…。」


これなら少しは安心だろうと思った。


でも一つだけ、疑問に思ったことがある。


「あれ…?そう言えば、タクシーって… 後ろに

人が乗ってることってあるんだっけ…?」


「まぁ、電車ないし。 細かいこと気にせず、 これ乗って帰るしかないよね…。」


先程の事もあったからか、


まだ多少の不安は残っている。


俯きながらも今度は私から目的地を言う事にした。


「えっと… 宵待町の18番地まで、お願いします。」


タクシー運転手は少し黙りした後、


『……一応送っていけますよ。

でも本当にいいんですか…?』


「え…?」


イヤホンを取り、 顔を上げたその瞬間…。


「…嘘…でしょ…?」


私は、背筋が凍った。


1つ前のタクシー運転手と…

全く同じ運転手だったのだ。


不安感で、 なんで?どうして…?


目眩と吐き気が止まらない。


心臓の鼓動が止まりそうな勢いで、

早くなっていくのを肌で感じる…。



溢れんばかりの恐怖と躁焦感で

いち早くこの場から逃げ出したくて、


「す、すみませんでした…!!」


バンッ!!と勢いよくドアを開けて、

私は1度目と同じように、

そのタクシーを降りようとした。


《…そのタクシーを降りるな…!!

在るべきところに帰れなくなる…!!》


後部座席に乗っていた人がいきなり、私の腕を掴む。


「何するんですか…!!って…先輩…?」


2日前に連絡が取れなくなった、

大学の先輩が、

どうしてここに……?


それより「在るべきところ」って……?


《とりあえず俺の話を聞いてくれ…。》


疑問が頭をぐるぐる回る中、

タクシーの中で訳を聞く。


どうやら私は、

2日前に最寄りのタクシー乗り場で、


タクシーに乗ろうとしたきり


それ以降行方不明になっていたらしく、


先輩が必死に探してくれていたらしい。


先輩いわく、

突如として連絡が取れなくなったのは…


私の方みたいだった。



そして、最後の目撃情報に…


私は、思わず耳を疑った。


「宵待町…18番地…?」


…これって… 私がさっき目的地に指定した場所…?


「え…?でも…たしかそのタクシー、

私は1度、乗らずに降りたはず…。」


《…だからだよ。なんか気になって、お前が降りた後、俺もそのタクシー、乗ってみたんだよ。》


「それと私になんの関係があるんですか…?」


《そしたらさ、

後部座席の下に落ちてたんだよ。

お前の、片方の靴が。》


訳が分からない。そんなはずない。


混乱する私を置いて、先輩は淡々とそう告げた。


「えっ…?」


この時やっと気づいた…。


……感覚がない。


私は慌てて自分の右足を見て、ゾッとした。


右足のパンプスだけが脱げていることにも、


ストッキングはボロボロに裂け、


そこから「何か」 黒い染みのようなものがゆっくりと


広がっている事にも…。


今の今まで気づかなかった。


一体…いつから…?


《お前本当に気づいてなかったのか…?

いや、気づいた時にはもう…。》


先輩の言葉で思い出した。


でも、もし仮にそうだとしたら。


どうしてここに先輩がいるかも、

全てに…示しが着く。


だって…あの日、私は…。


あの薄暗いタクシー乗り場の奥で、


何かに”惹かれ”そうになっていたのだから。


あの時私は…


暗闇の中、 それが味方だと信じて待っていたのだ。


でも実際は段々と近づいてきて、

私に鋭い刃物を突きつけるだけだった。


それはとても、 人とは言えない形をしていて、

この世のものとは思えなかった…。


まるで、

嫉妬と憎悪の塊のような、

黒い靄が私の足を刺そうとしていたのだ。


「そうか…あの時…私、助けられたんだった。」


だから…私は…あのタクシーに…。


必然的に、


”乗ってしまっていた”んだ。


『ほら、ですから、 2度目の時、

お客様に申し上げたでしょう…?

”体”だけは一応送っていけますよ、と。』


「どういうこと…?だって…私は…。」


《異形に刺されたものは…

刺されたその場所に何らかの未練を残し、

自身も異形として姿形を変える。》


ふと外を見ようとすると 窓に映る自分の姿に、


妙な違和感を覚える。


《お前は…1度目の時…タクシーに乗り損ねて、

別の異形に刺されてるんだよ。》


私の身体だけが、ガラスに映っていない。


「..... あ…れ…?」


運転手が薄ら笑いを浮かべる。


『おや?何か勘違いしているようですが… あなたはもう、 帰る側ではなく “送られる側” なんですよ。』


遠ざかる先輩の声と街灯の点滅。


《ごめん。俺は…あちら側の人間だから。》


そしてその時、

私はようやく自分の置かれている状況を理解した。


もし、そうだとしたら。


あの日、“助かった”のは…


私という存在ではなかったのだと。


窓の外に見える街灯はあの時と同じく

点滅していて、

皮肉にも少し笑っているような気がした。


『さて…到着しましたよ。 宵待町、18番地です。』


到着表示に、赤い文字が浮かび上がる。


【未練型専用タクシー】


〜異形の街 宵待町 18番地〜


[未練型異形は最も人に近い魂をしている。

確認されている特徴として、

認識している自分と相異なる姿をしている。

自分を異形だと認識しないようその身体が、

鏡や窓には映らない。]


ガタン。


『異形専用…お見送りサービス、 宵待タクシー…。

今宵も、ご利用ありがとうございました。』


最後に聞こえたのは、

その不気味な運転手の声だった。


目を開けると、


私はまた街灯の下に立っていた。


スマホには、

見覚えのある一件のメッセージだけが残る。


《今日はありがとう。》


送り主の欄には、 さっきまで隣に座っていた、


あの人の名前。


私がいない世界で、


彼は今日も生きている。


本物の彼はいない世界で


私は今日も生きている。


決して明けない、 宵待で…。


今日もまた繰り返し。


[宵待タクシー 運転手より]


当サービスは異形専用です。

現し世の方はご利用いただけません。


万が一ご利用になった場合……

ご本人様の魂、または大切な人の魂にて

代替えのお支払いをお願い申し上げます。


それではまたのご利用を、お待ちしております。


『宵待町 18番地。そこは

決して戻れない目的地。』


『さて…。次の乗客は……貴方ですね?』


[終]

『ご利用…ありがとうございました。

このサービスは、諸事情により終了いたしました。』

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