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純情な気持ちは

作者: P4rn0s
掲載日:2026/03/18

名前を呼ぶだけで、

胸の奥が少しだけ痛くなるような時間があった。


今ではもう、思い出そうとしないと輪郭が浮かばない。


それでも、ふとした瞬間に、何の脈絡もなく蘇る。


例えば、コンビニで同じ飲み物を手に取ったときとか。

例えば、何気なく名前を呼んだときとか。


あの頃の自分は、たったそれだけで、

一日分の感情を使い切っていた。


名前を呼ぶ。

それだけの行為に、どれだけ時間をかけていたのか。


呼ぶ前に何度も頭の中で練習して、タイミングを探って、

結局呼べなくて、帰り道で後悔する。


次こそは、と思いながら、また同じことを繰り返す。


そんな無駄みたいな時間が、確かにあった。


同じペットボトルに口をつけたときも、そうだった。


ただの共有。


それだけのはずなのに、

帰ってからもずっとそのことばかり考えていた。


何も起きていないのに、

何かが起きてしまったような気がしていた。


今思えば、あまりにも小さな出来事だ。


でも、その小ささの中に、確かに全部があった。


触れない距離を保ったまま、

関係だけが少しずつ変わっていく。


何も壊さないように、何も変えすぎないように、

慎重に時間を使っていた。


あれは停滞だったのか、と聞かれると違う気がする。


ただ、進み方が遅かっただけだ。


ゆっくりと、確かめるように。

でも、確かめすぎないように。


今の自分は、そのバランスをもう持っていない。


気になればすぐ聞くし、距離を縮めることにも躊躇がない。

進めることを前提に、関係を作っている。


それは楽だし、合理的だし、無駄がない。


でも、その分だけ、

あの頃にあった“無駄”がごっそり抜け落ちている。


あの無駄な時間が、どれだけ満ちていたのか。

最近になって、やっと分かるようになった。


名前を呼べないまま終わる放課後。

結局何も起きなかった帰り道。

それでも、なぜか満たされていた夜。


何も進んでいないはずなのに、

確実に何かが積み重なっていた。


今の自分は、同じ時間を過ごしても、きっと何も感じない。


あるいは、感じる前に、次に進んでしまう。


それが悪いとは思わない。


ただ、あの頃の自分は、

もっと少ないもので満たされていた。


それだけのことだ。


たまに、思う。


もし今の自分が、あの頃の時間に戻ったら、

どうするだろうか。


たぶん、すぐに名前を呼ぶ。

たぶん、すぐに手を伸ばす。


そして、同じように、あの時間を壊してしまう。


あれは、何も知らなかったからこそ成立していた。


知らないままでいられたから、

あんなふうにゆっくりと時間を使えた。


だからきっと、戻ることはできない。


あの頃の自分は、もうどこにもいない。


それでも、ふとした瞬間に、あの感覚だけが残っている。


名前を呼ぶだけで、

世界が少しだけ変わるような気がしていた、あの感覚。


それをもう一度味わいたいと思うのか、

それとも、思い出のままでいいと思っているのか。


自分でも、まだよく分からない。

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