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「家族の持病」

掲載日:2026/03/09

 時任亮介は大型調理器具メーカーの販売とサポートを担当していた。地方の高校を卒業する時に父から東京での就職を強く反対され、家出同然で東京の中堅家電販売店に就職した。そこでは5年ほど働き、給料面で不満はあったが製品に関する知識を得られたので、全体としてはまあまあ満足していた。東京での生活にはすぐ慣れて、職場の仲間やメーカー担当者とも懇意になり、ある時、彼らの中の一人の紹介で転職する事となった。その企業は家電販売店で取扱っていたメーカーの一つで仕事はすぐに覚えられ営業成績も良かった。


 その仕事では月に数回地方の得意先への出張があり、北は青森から南は静岡までが彼のテリトリーだったので、両親と妹が住む地方都市に出張する可能性もあった。そして、2002年の早春にその日は訪れた。彼は現地に着く頃にはどうしてもソワソワし、同行の後輩に行先が自分の生まれ故郷だと伝えると、その後輩は軽い調子で、

「じゃあ、今晩は実家にお泊まりですか?」と尋ねるので、

「いやいや、仕事で来てるんだから」と適当に誤魔化した。まさか、家出して来たとは言えなかった。ただ、予約をしているホテルは実家から徒歩で20分ほどの距離だった。仕事を終えてホテルのレストランで食事をした後に後輩と別れ、近くの地方コンビニに酒とつまみを買いに行くと、そのレジには懐かしい”女性”がいた。彼の母だ。買い物をしてレジに行き母と目が合うと、母は驚き思わず大きな声で、

「亮介!あなた、戻っていたの?何故連絡をくれないの?」と聞かれ、

「母さん久しぶり。仕事で来ているだけなんだ・・元気?」と照れくさそうに答える。

「今晩はどこに泊るの?うちに来なさいよ」と昔のままの優しい母に思わず目頭が熱くなる。「会社の人と近くのホテルに泊るので、そうはいかないよ。今度また連絡するから。鈴子(妹)にも宜しく言っといて」と後ろ髪を引かれながらもコンビニを後にした。亮介は母には手紙を匿名にしてずっと送っていた、父にばれないように。仕事の事や毎日のことを少しだけ書いて報告していて、母を嫌って家を出たわけではなかったのだ。


 しかしそれから20年の月日が流れ、亮介も四十八歳となった。15年ほど前に結婚したが子供も出来ず、いつしか冷め切った関係となっていた2年前に離婚をしていた。仕事は途中入社したメーカーでそれなりの実績を上げて、部長になっていた。生まれ故郷には相変わらず戻ることはなく、母への手紙はいつしかLINEに変わっていたが続けており、その関係で妹との交流も出来て喜んでいる。妹はまだ故郷の実家で暮らしていて、四十五歳になったはずだ。


 そして、久しぶりに故郷の近くのお得意様を訪問する事となり、やはり以前泊まったホテルに予約を入れた。数十年前と同様にホテルで食事をした後に、同じようにコンビニに行くと、何と今度は妹がレジに立っていた。亮介の顔を見ると妹は嬉しそうに、

「お兄ちゃん、本当に冷たいね。LINEで教えてくれれば良いのに」と話しかけてきた。亮介は、

「お前はいつからここで働いているの?」

「もう10年になるのよ、お母さんの後任」と話し始め、他のお客さんが来るたびに会話は途絶えたが、店長が気を利かせてくれ、妹は少し早めの上がりとなる。亮介の泊まるホテルのラウンジで話を再開すると、妹は徐に父が3年前に脳梗塞で亡くなったことを告げた。LINEでコミュニケーションを始める1年ほど前のことだった。亮介は流石に俯きながら、

「そうだったんだ・・俺は親不孝者だな。母さんはどうなの?」と尋ねると妹は

「最近、老人性痴呆症でボケが酷くなった」ことを吐露し、ついに先月から介護施設に入ったことを亮介に伝えた。亮介も最近の母のレスがおかしい事には気づいていた。苦手な父もいなくなり、お世話になった母に会いたいと妹に伝え、翌月に母の入居している介護施設を訪れる事となった。ただ、亮介自身も最近よく頭痛がすることは妹に話さなかった。


 母は亮介の事はすぐに分かり、感動の再会となった。数ヶ月後、皮肉なことに今度は妹が過労なのか倒れてしまう。亮介はこれを知り、会社で新しく導入した”介護休暇”を取り、実家で妹の面倒をみながら、母の見舞いに行く毎日を送るようになる。2ヶ月後母は亡くなり、今度は妹が若年性アルツハイマーと診断され、亮介のことも時折識別できなくなっていた。これに合わせるように亮介の頭痛も酷くなり、「これは家族の持病だな」と思うようになっていた。


 亮介は頭痛から寝不足が続き、毎晩のように

「亮介、お帰り。お前が帰ってくるのをずっと待っていたんだよ」と言って、父母が昔よく遊んだ公園の方に、彼を呼び寄せようとする夢を見るようになった。亮介は数週間同じことを繰り返すうちに、ある日珍しく気持ち良く熟睡した日に、目が覚めると両親と妹と楽しく公園で遊んでいた。

 次の日、家を訪れた生活保護の担当者が、昏睡する兄妹を発見した。

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