会ったこともない義妹に王太子との結婚を奪われたので、あとはひたすら寝ます
ミリア・アルベルトは、今日も自室の天蓋付きベッドで目を閉じていた。
起きる理由が、もうどこにもなかったからだ。
王太子婚約者候補。
その肩書きのために、彼女は十年以上、朝から晩まで教育を受けてきた。礼儀作法、政治史、外交、舞踏、語学。眠くても、熱があっても、「未来の王太子妃なら当然」と言われて頑張った。
――だが、それは全部、意味のない努力だった。
実際には、王太子の婚約者は一年前からすでに決まっていた。
相手は、会ったこともない義妹。父が再婚した相手の連れ子で、最近になって伯爵家の養女となった少女だった。
「最初から決まっていたのよ」
そう母(継母)が何気なく言ったとき、ミリアは笑ってしまった。
笑うしかなかった。
そもそもミリアは、王太子妃になる予定などなかったのだ。
彼女の将来は最初から「平民の有力商人の妻」として決められていた。王家に忠誠を示すための“駒”。教育は、上に見せるための飾り。
義妹が王太子に選ばれたことで、ミリアの立場は完全に落ちた。
王太子妃候補だった令嬢は、「下方婚」予定の女に早変わり。
しかも、なぜか嫌がらせだけは増えた。
「元・王太子妃候補様〜?」
貴族社会から半分追い出されたミリアに向けられるのは、嘲笑と好奇の視線。
そして、平民たちの無遠慮な態度。
やけに近い距離。
意味のないボディタッチ。
夜になると届く、下品なエロメール。
――吐き気がした。
王太子?
確かに一番目立つ権力ではあるけれど、絶対ではない。
それに、今さら権力争いをする気力もなかった。
頑張っても、決まっている未来は変わらない。
上を目指した結果が、全部下方修正なら、もう努力する意味はない。
「……もう、寝よう」
ミリアはそう呟いて、布団に潜り込んだ。
起きても嫌な現実があるだけなら、寝ていた方がいい。
誰にも期待されず、誰にも利用されない時間。それが、今の彼女にとって唯一の安らぎだった。
朝も、昼も、夜も。
ミリアは眠る。
社交界は義妹を「未来の王太子妃」と持ち上げ、家族はミリアを「都合のいい娘」として扱う。
それなら彼女は、何もしない。
眠るだけの令嬢。
やる気を失った貴族の娘。
平民たちですら、妻帯者や、恋人のいる人間ばかりを紹介されていたのも大きかった。
こんな茶番劇を仕込んだ王家に忠誠もしないが、反乱もしない。
その姿勢のためにひたすらミリアは良い寝具と快適なアロマキャンドルを炊いて眠るのだった。




