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「少し早いですが、皆さん席についてください。」
昼食を取り終え、窓から差し込む日差しの中思い思いにおしゃべりに興じていた教室。音も無く教壇に立った一人の女性が声を出すと、そのオーラに一瞬にして教室が静まり様子を伺うようにして席に座る。怒っている声のトーンでは一切ないのに、反射で委縮してしまうような雰囲気を持っている彼女はこれまでの授業をしてきた先生とは異なる、ナツノの最終試験を執り行った白髪の先生であった。
「担任のミツキ先生ではなくて皆さん混乱しているかと思いますが、順を追って説明させてください。私の名前はユカ。魔法原理を担当します。これからよろしくお願いしますね。」
呑み込み切れていないところに続けられる新たな先生の名前。見た目のインパクトと続く驚きの出来事。ナツノたちのキャパはそろそろ限界だった。
「今日お話ししたいのは、来週の帰宅許可日についてです。」
が、そんなことはお構いなしに柔らかな声のトーンで告げられたさらに想定外の言葉。もう卒業まで敷地から出られることはないと思っていたのはナツノだけではないらしく、一度は静かになった教室がまたざわめきだす。先生としてもその反応は予想の範疇であったらしく、大きく表情は変えずにその様子を眺めている。
「まず、魔法少女は魔法使いのように杖を使って魔法を使うのではありません。」
少し溜めて先生は口を開いた。午後になってから三度目、常識を覆されたことによるどよめきが起きる。一向にそういう話が出なかったとはいえ、絵本に出てくる魔法使いのように自分たちも杖を振ってホウキに乗って魔法を使うものだとばかり思っていたのだから。
「皆さんは本当にリアクションがいいですね、話していて楽しいです。」
口々に席の近い相手と興奮を分かち合っているナツノたちを見て、初めてユカ先生は笑みを浮かべる。言葉通り楽しそうな口ぶりとその表情のまま、パン、と一つ指を鳴らした。音に呼応してカーテンが閉まり、一気に室内が薄暗くなる。初めて見る魔法らしい魔法に、何度目か分からないざわめき。
「皆さんお待ちかねの帰宅許可日についてです。ただただホームシックを癒すための帰宅ではありません。皆さんは、魔法を使うための媒体を探してきてもらいます。」
杖は使わない、と言ったそばから媒体?と思ったように皆首をかしげる。ケイはどうやら大きな反応を示していなさそうだが、それ以外の生徒はほとんど全員同じような顔をしているに違いない。
「原理を説明すると、魔法は使う人の心から、その人の思い入れのあるものを通して具現化されます。今は、私が『カーテンを閉めたい』と願い、それをこのヘアピンを通して実際に閉められたのです。思い入れのあるものはその人の心に近い『実在するもの』なので、思考と現実を繋ぐ役割があるのです。」
言いながら、白い髪に映える黒いシンプルなピンを外して提示する。ナツノたちはもう驚き疲れつつもその華奢なヘアピンを眺めながら続けられた言葉に耳を傾けた。
「気付いた人も多いでしょうが、来週皆さんがするのは思い入れのある小物を探すこと。自分だけの『杖のようなもの』を探してきてください。これがなければ今後の授業は何も始まりません。このまま魔法理論の授業を始めます。教科書とノートを出してください。」
そう締めくくり、自分なら何だろうと考えている生徒たちに指示を出す。先程の話に後ろ髪を引かれながら、そのまま始まった新しい知識が沢山の授業に皆意識を集中させるのだった。