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聞き馴染んだスマホのアラームがナツノの意識を揺さぶる。徐々に聴覚がきくようになると、手早い足取りで部屋を歩き回る足音。そしてそれがぴたりと止まる。同じ部屋にもう一人いるという事実に未だに慣れない。が、そんなことを悠長に思うほどの時間の猶予は今のナツノに残されていないのだ。
ベッドから跳ね起き、歯磨きを済ませながら持参のヘアアイロンを温める。制服に着替えて髪の毛を三つ編みにし、ぐるりとわっかにして止め、前髪にアイロンを通す。一つしか洗面台を占有しながらメイクを簡単に済ませてピアスを付けて全身点検。約五分強で終わらせられる用意は遅刻ギリギリな中学生活の賜物であった。
無駄のない用意に一瞥もくれなくなり、机に黙々と向かっているのは何時から起きているか分からないルームメイト。授業が始まって二週間ほどだというのに何をそんなに勉強することがあるのだろうか。そんな疑問を呈してみようと思ったことがないわけではないが、ぴしゃりと怒られて以降そんな問いを投げかけることがどことなく気が引けていた。
朝食は食堂で各々食べるようになっていて、必ずしも部屋単位で動く必要はない。ケイと共に行こうと最初はしていたが、ナツノの起きる時間には付き合いきれない、とばっさり言われてからひとりでギリギリに駆け込む生活が続いている。同じような時間に食堂に来る一年生はほとんど見られなく、そもそも友達がいたところで悠長におしゃべりをしている時間もない。
変わらず机に向かう小さな背中を見てから、
「ご飯食べてくるね。」
と返答がないと分かりつつも声を掛けて、音が極力しないよう静かにドアを閉めて食堂へ向かった。
入学早々から始業ギリギリに登校を繰り返す生徒はやはりナツノしかいないらしい。30人がきゅっと詰まった教室の空席は中央に一つしかない。これも二週間近くずっと続いている光景だった。
「今日こそ遅刻するかと思ったよー!」
「カリナそれ毎日言ってくるじゃん?遅刻しないように計算し尽くしてるんだって!」
「そんなん言ってたらいつかほんとに遅刻するって!」
セミロングのミルクティー色に染められた髪を揺らしながら振り返ってくるカリナ。彼女のよく響く快活な声とそれに釣られるようなナツノの明るい声に、ばらばらに話していたクラスメートも釣られて笑いが広がる。
そんな意志はないだろうがカリナによってクラスの雰囲気が一つにまとまり、また小さなグループでの会話に戻っていく。ナツノも笑い声の中に混ざりながら教材や筆記道具を取り出しておそばせながらの授業の支度を完了させた。
とほぼ同時に教室に先生が入ってきて、生徒たちはみなぴたりと話すのをやめた。
午前の授業が終わると一気に教室の空気が弛緩し、皆がめいめいの友人と連れ立ちながら食堂へ向かう。女子高校生の適応速度というのは速いもので、育ちも出身も何もかも共通点のない中から仲良くなれそうな相手を探してグループを作るまで時間はかからなかった。
話題の中心はもっぱら日々の生活や授業の内容についてで、二週間ほど経っても魔法少女らしいこと授業はほとんどなされず中学までと大差のない教科の勉強が続いていることへの若干の不満。時折ある魔法理論の授業では入学前に学んだ魔法少女についての知識を少しだけ掘り下げるような内容がされているが、そこまで目新しさもないために不服そうな顔をしているクラスメイトが多かった。
ナツノはその中でも中心と言ってもいいような立ち位置で、もっとバリバリ魔法についても活動についても教えてもらえると思っていたのに、とカリナを中心とする髪を染めメイクもしっかりしている友達と語り合うのだった。