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「もしかして君、将来の魔法少女かい?」
『荷物多いし送っていこうか?』と数えきれないほどされた母からの問いかけを結果的に断り、ナツノは恐らく最後となるであろう電車とバスを利用することにした。結果、こうして声を何度掛けられたことか。『選ばれし』女の子が成熟しきる前にすぐそばにいたら声をかけたくなるもの当然であるし、きっと以前のナツノもそんな機会があればそうしていた。し、そう声をかけられることでナツノの鼻の下は分かりやすく伸びていたに違いない。
合格通知書と共に送付された書類によれば入寮時に持ち込んで良いものは限られていて、これから三年とその先の生活をその敷地内で送るというのに、荷物はキャリーケース1つとショルダーバッグ一つに収まってしまっている。そうなると、わざわざ送迎を頼んで現代日本社会や科学技術へ別れを告げる間もなく寮に入ってしまうのが勿体ない、という気持ちゆえの選択だった。
涙ながらに自分以上に合格を喜んでいた母の姿を思い出しながらも、寂しさや先の不安よりも遂に夢への一歩を踏み出し始めたのだという事実に胸を震わせながら電車とバスを乗り継いだ。
集合場所に指定されていたのは、最終面接が行われたのと同じ高級ホテル。ナツノが到着した時には既に多くの女の子たちが同様に荷物を抱え、緊張の面持ちで所在なく立ち尽くしている。スマホも持ち込み禁止となっていれば、初対面の女子高校生目前の少女たちが時間を持て余すのも無理はなかった。まだ親交を深めようとするほどの心の余裕はないらしく、しきりに髪の毛や服を直し続けていた。
ナツノも彼女たちに倣ってそう過ごしていると、間もなく目の前にバスが滑り込む。面接官をしていた女性が中から出てきて、荷物を載せて乗車するようにと指示をする。言われた通りバスに乗り込むと特に何の説明もなく出発する。カーテンは閉め切られていて、しかも開かないようになっている。入学者にすら学校がどこに存在するか明かさないようにする徹底っぷりであった。
隣に座った子と話せるような雰囲気でもなく、車窓の流れる景色も期待できず、スマホもない。その上到着までどれくらいの時間なのかもわからない。ともなればいくらこれからの生活に浮足立っているナツノと言えど手持ち無沙汰。エンジン音が響くのみの社内、心地よい車体の揺れに身を任せてナツノは目を閉じた。
次に彼女が目を覚ました時、もうバスは停止していた。意識と視界がクリアになってきた頃、同乗していた女性が立ち上がった。
「今、バスは学園の前に到着しました。降りた先の門から入ると、入学式を行う聖堂になっています。皆さんはまずそちらで式に出席してください。式が終わり次第、荷物を部屋へと運ぶようにしてください。何か質問はありますか?」
よどみのない口調で説明を終え、車内をぐるりと一瞥。誰の手も上がらないことを確認すると小さく頷き、先導する形でバスを降りた。
手短な式辞とこの後の説明だけで終わったあまりにも拍子抜けな入学式を終え、荷物を引いて部屋へと向かうことになる。
15部屋がずらりと並ぶ廊下は圧巻であった。木製のドアにはその部屋の二人の名前の掘られたプレートが下がっていて、ナツノが自分の名前を探して歩いていくと、一番突き当りの部屋が割り当てられていた。隣に彫られている名前はケイ。中にもう彼女はいるのか。
ドアを開けてまず目に飛び込んできたのはベッドと並ぶ勉強机。足を踏み入れると、机が二個ぴったりとくっついていて、反対側の壁際にもう一つのベッドが置かれている。机の前には小さな窓があり、ベッドカバーはどちらも清潔感のある白。右手にはクローゼットがあり、左にはユニットバス。これまで一人っ子として生きてきたナツノにとっては少々手狭に感じられる家具の密度であった。
相部屋の子はまだ来ていないらしく、取り合えずキャリーケースを部屋の奥まで引っ張り込みユニットバスの中を確認して、椅子やベッドの座り心地を確認してみる。すると、キィと小さくドアがきしむ音。思わずそちらを見ると小柄なメガネの少女が立っていた。