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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第1章 上層
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悪意のダンジョンでの優しさ

 怪我人を治療するための薬を求められたショウゴは情報と引き換えに差し出した。この薬により、負傷した冒険者は延命できる。


 用が済むとショウゴはクィンシーと共にその場を後にした。再び悪意のダンジョンの探索を始めた2人は地図を作りながら通路を進む。


 良いことをしたショウゴは機嫌が良かった。心が軽いので身も軽く感じられる。クィンシーからの指示にも軽やかに応えた。


 一旦昼休憩することになった2人は調査済みの通路まで戻る。床に座ると背嚢(はいのう)から保存食を取り出して食べ始めた。


 いつもよりおいしく感じられる黒パンを噛んでいるショウゴはクィンシーに呼ばれる。


「ショウゴ、休憩が終わったらさっき教えてもらった魔物部屋(モンスターハウス)に行ってみないか?」


「あそこね。せっかく教えてもらったんだし、いいと思う。提案するっていうことは、俺たち2人だけでもいけると踏んだんだよな?」


「ああ。地下1層だからやれるだろう。例えその2倍3倍に襲われてもいけるはずだ。オレたちならばな」


 自分から提案しようと思っていたショウゴは内心で驚きつつも、クィンシーの言葉にうなずいた。こうなると楽しみになってくる。


 昼食が終わると2人は立ち上がった。先程提供してもらった場所へと向かう。


 先にいくつかの扉の向こうを調べた後、2人は魔物部屋(モンスターハウス)らしき場所の手前までやって来た。外から覗く分には空っぽの大きな部屋くらいにしか見えない。


 室内を覗いたショウゴが地図と目の前の部屋を見比べているクィンシーに話しかける。


「何かわかったか?」


「ここに大きな部屋があるということはわかったな。それと、この部屋の壁の厚みは他の部屋よりもずっとある。側面の壁が開いて魔物が大量に現れたらしいから、恐らく壁の向こうに魔物を隠してるんだろうな」


「こういうときは魔法って便利だよな」


「まぁな。だが、お前に関してはこういう1対多は得意だったろう」


「地味だけどな」


「さて、それでは行くか。正面から来るのは任せたぞ」


 大きくうなずいたショウゴは武器である片手半剣(バスタードソード)を鞘から引き抜いた。それから大股で部屋に入る。続いてクィンシーも室内に入ると、出入口の上から石の壁が降りてきて部屋に閉じ込められた。


 石の壁が降りてきた時点で立ち止まった2人は出入口近くの壁に近い場所で陣取っている。正面はショウゴ、壁際はクィンシーだ。これで背後から襲われることはない。


 出入口が封鎖されてからしばらくは何も変化がなかったが、やがて出入口がある壁以外の三方向の壁が天井にせり上がった。その奥から多数の魔物の姿が現れる。


「左右の壁から小鬼(ゴブリン)系、正面からは犬鬼(コボルト)系!」


「1体ずつは大したことなさそうだ。後はこの数を捌けるかだな」


 ショウゴの声に対してクィンシーが答えた。そうしてすぐに呪文を唱える。詠唱が終わるとまず左側に大きな火の壁が現れた。火壁(ファイアウォール)だ。次いで反対側にも同じものが出現する。


 一斉に襲いかかってきた魔物たちはクィンシーの魔法に対処できなかった。先頭を走る小鬼(ゴブリン)は立ち止まれずに何匹かがそのまま突っ込んでしまう。絶叫と共にその場でのたうち回った。次に続く者は手前で立ち止まれるが、後続に突き飛ばされて更に何匹かが火の中に突っ込んでしまう。意を決した何匹かは火の中に突っ込むが、厚みのある火壁(ファイアウォール)を突破する前に燃え尽きた。


 これがクィンシーの戦い方である。圧倒的な魔法の才能で敵を蹂躙するのだ。世間では大魔術師と呼ばれるほどの才覚を遠慮なく披露していく。


 魔法により左右からの魔物はこれで一旦は足止めできたが、正面から駆け込んでくる犬鬼(コボルト)はショウゴに襲いかかってきた。成人男性の半分くらいの大きさで2本脚で立つ痩身の犬のような魔物が、爪で引っ掻こうとあるいは噛みつこうとしてくる。


 更に前に出たショウゴはそれを躱しながら手にした片手半剣(バスタードソード)で1体ずつ倒していった。さすがに何年も冒険者をやっているだけあってこの程度の魔物に後れを取ることはない。


 ここまでは普通の熟練冒険者と大差なかった。10年も冒険者を続けている者ならば大抵はやってのけるだろう。しかし、ショウゴの本領はここからだ。10匹、20匹、30匹、倒しても倒しても次々と魔物の群れが襲いかかってくる。普通の冒険者ならば数十匹も連続で相手をすると息が切れてくるものだ。しかし、ショウゴはまったく息切れしていない。むしろ元気になっている。


 これがショウゴの特殊な能力だ。敵を殺すごとに疲労が軽減されるのである。これは肉体的にはもちろん、精神的な疲労や睡眠不足もだ。なぜ睡眠不足まで解消されるのかはわからないものの、これが特別な能力(チート)だと本人は納得している。ただし、さすがに負った傷までは癒えてくれない。


 戦うほどに元気になるショウゴが正面から襲ってくる犬鬼(コボルト)を次々とに倒していく。その姿はなかなか圧巻であるが、完璧に防げているわけではなかった。さすがに1人だけで多数を相手にすると取りこぼしがある。しかし、これはあらかじめわかっていたことだ。ショウゴの仕事は正面からやって来る魔物の大半を受け持つことである。そもそも完璧な対処などは最初から期待されていない。


 ショウゴをすり抜けてきた犬鬼(コボルト)は壁際にいるクィンシーめがけて突っ込んで行った。ところが、その手前で突風が現れたかと思うと次々の切り刻まれてゆく。嵐刃(ストームカッター)だ。


 ひたすら目の前の魔物を倒していたショウゴだったが、あるときその種類が変わったことに気付く。


犬鬼(コボルト)は打ち止め? 次は小鬼(ゴブリン)か」


 さえぎる障害物がなかったことで延々と突撃してきた犬鬼(コボルト)の数が急速に減り、火壁(ファイアウォール)を迂回してきた小鬼(ゴブリン)が後続として突っ込んで来た。


 だが、ショウゴにとってやることは変わらない。同じように淡々と斬り殺すだけである。特別な能力(チート)のおかげで文字通り疲れ知らずなのだ。


 どれだけ時間が過ぎたのかショウゴには既に感覚はない。無限に湧いて出てくることはないと信じて戦う。


 やがて魔物の圧力が減ってきた。ようやく終わりが見えてきたのである。


「クィンシー、魔力は大丈夫か?」


「この程度じゃ平気だ。お前は、心配するまでもないな」


「はは、元気だよ!」


 襲いかかってきた1匹を斬ってからショウゴは返答した。実に快調である。


 そうしてついに最後の1匹をクィンシーが倒すと魔物群れは全滅した。室内を見渡すと自分たちの足元に大量の小さな魔石が転がっている。死体の山や血の海を見ずに済むというのは精神衛生上実に良いことだ。


 剣を鞘に収めたショウゴが振り向いてクィンシーに声をかける。


「やっと終わったな」


「まったくだ。お前は戦う前よりも元気になったようだが」


「まぁね。それにしても、これ全部を拾うのか」


「それは任せた。オレは奥に現れた宝箱の方を見てくる」


 戦いが終わって元気になったショウゴはうなずいた。何十とある小さい魔石を拾うのは面倒この上ないが、滞在費を賄うためには仕方がない。足で蹴飛ばしてある程度集めてからまとめて麻袋に入れるという行為を繰り返す。その間に出入口を塞いでいた石の壁がせり上がった。


 ようやくすべての魔石を拾い集めたショウゴは背伸びをする。それから全身をほぐした。そこへクィンシーが戻って来たのを目にしたが、その表情に首を傾げる。


「クィンシー、なんか不機嫌そうだな」


「昼休憩前にお前が薬を分けた冒険者たちのことを覚えてるか?」


「ああ、覚えてるよ。それが?」


「あいつら、ここでなんとか生き延びて、その後魔物と遭遇して逃げるとき魔石やら何やらを捨てたと言ってたよな」


「身軽になるためだったよな。怪我人がいるなら仕方ないと思うけど」


「魔石はまだわかる。しかし、硬貨まで全部捨てる必要なんてあると思うか?」


「え? それは」


「さっきの宝箱の中に、結構な額の銀貨と銅貨が短剣と一緒に入ってたんだ。仮に一文無しで奇跡のラビリンスに入ったとして、この部屋で見つけたこのカネを全部捨てるなんておかしいだろう。助かった後、どうやって生活するつもりなんだ?」


「それじゃあの人たちの言っていたことは」


「対価を支払えないというのは嘘だった可能性が高い。あの様子だと魔石を捨てたのは事実かもしれないが、宝箱に入っていたカネは捨ててなかったんだろうな」


「なんでそんな嘘をついたんだろう?」


「もう1度やり直すためのカネを惜しんだんだろうな。まぁ、済んだことは仕方がない。オレも疑いきれなかったからな。ただ、この奇跡のラビリンスでは人の優しさに付け入ることも平気でされるということがよくわかった。今後は気を付けるべきだろう」


 朝の出来事を思い返してみたショウゴは反論できなかった。気分が良かっただけに大きく落ち込む。


 その後しばらくショウゴは口を開かなかった。

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