小さな親切心
悪意のダンジョン内で一夜を明かしたショウゴとクィンシーは準備を済ませると探索を再開した。ショウゴを先頭にクィンシーの指示に従って進んでゆく。
やることは昨日と同じ地下1層の探索だ。廊下を進み、扉の向こうに足を踏み入れ、部屋の中を探し回る。地道な作業の繰り返しだ。たまに襲ってくる魔物を討ち取る。
そうして淡々と作業をしていた2人はなかなかの範囲を探索していた。クィンシーが描く地図も順調の大きくなっている。
ある部屋の探索が終わった後、2人は新しい通路の探索に踏み出した。すると、しばらくして前方の分岐路の奥から何かの気配を感じ取る。いつもの通りショウゴが顔だけを出して分岐路の奥へと目を向けると、通路の端に寄った冒険者4人が一塊になっていた。1人は壁に背を持たれて座り込み、もう1人は片膝を付いて座っている人物と対しており、残る2人は立って通路の前後を見ている。
顔を引っ込めたショウゴが振り返った。クィンシーに目で促されると口を開く。
「冒険者が4人いる。1人は怪我をしていて壁にもたれて座ってるぞ。その側でもう1人が治療したんじゃないかな。残りの2人は立ってた。それと、全員傷だらけだったぞ」
「何とか勝てたのかそれとも負けたのか。何にせよ、魔物に手ひどくやられたのかもな」
「ここの地下1層で? 4人もいたら早々遅れは取らないような気がするけど」
「そこがオレも気になるな。下の階層から地上へ戻る途中なのかもしれん」
どちらも自分の推測を口にするとそのまま黙った。冒険者が怪我をするのは常のことだが、それにしたって怪我する場所やその仕方というのがある。2人の今までの感触だと、悪意のダンジョンの地下1層はそう難しい場所ではない。罠も魔物も常識的なもので難易度は高くないのだ。もちろん駆け出しならば手ひどい目に遭うことも考えられるが、分岐路の奥にいた冒険者たちにそのような雰囲気はなかった。
そこでショウゴが思い出したのは昨日の冒険者の言葉だ。こちらのことを警戒していた4人は地下1層でも油断できないとこちらに警告してきた。そうなると、あの4人組には近づかない方が良い。
まだ考え込んでいるクィンシーにショウゴは小声で話しかける。
「どうする?」
「関わらないのが一番なんだろうが、オレはこの通路をまっすぐ行きたい。分岐路の連中は無視するか」
「向こうから声をかけられたらどうする?」
「話だけでも聞いてやることにしよう。さすがに声をかけられて無視するのはな」
難しい顔をしたクィンシーが考えながらショウゴに返答した。あまり気乗りしない様子である。
ともかく、方針が決まった。クィンシーから許可されたショウゴは先頭に立って歩き始める。今歩いている通路と分岐路の接続点に入った。今気付いたという様子で横を見ると分岐路の奥にいる4人のうち3人がショウゴたちに顔を向けていた。
このまま無言が続けばそのまま姿見えなくなって終わりだなと思っていたショウゴだったが、顔を前に向けた途端に声をかけられたので再び分岐路へと目を向ける。
「そこの2人、ちょっと待ってくれ!」
「どうした?」
「仲間が怪我をしてるんだ。けど、手持ちの薬はみんな使ってしまったからもうないから、少し分けてくれないか?」
相手の声に答えたクィンシーにショウゴは目を向けた。わずかに表情が硬くなったのがわかる。
「そもそもお前は誰なんだ?」
「え? ああ、オレはアイヴァンだ。金の鈴という冒険者パーティでリーダーをやってる。そっちは?」
「オレはクィンシー、冒険者だ。それで、薬がほしいんだったな。しかしおかしな話じゃないか。この地下1層でそんな重傷を負うような強い魔物と戦ったのか?」
「実は新しい場所を探索してたら魔物部屋に入っちまったんだ」
「魔物部屋だと?」
話を聞いてたショウゴだけでなくクィンシーも目を見開いた。魔物部屋とは、侵入者が部屋に入ると出入口が封鎖されて大量の魔物と戦うことになる場所だ。普段の何倍もの魔物が一度に襲ってくるので数の暴力で殺される冒険者は多い。
全員傷だらけである理由をショウゴはこのとき理解できた。襲ってくる魔物が例え取るに足りないものであっても対処できる以上に襲われたら危険なのは当然だ。
事情を察したショウゴはアイヴァンとそのパーティに同情した。冒険者ギルドにあった資料によると魔物部屋は地下1層から存在する。それがどこにあるのかは未だショウゴにはわからないが、アイヴァンたちがそこに迷い込んでしまったというのならば恐らくそうなのだろうと思った。
相手の事情を聞き終えたクィンシーはアイヴァンに告げる。
「そっちの事情はわかった。薬については対価を支払うなら分けてもいい。パリアの町の相場の3倍だ」
「3倍、か」
「どうした、必要なんだろう?」
「確かに必要なんだが、実は今、オレたち手持ちのカネがないんだ」
「は? どういうことだ?」
「オレたち、前の探索で地下2層に行ったときに派手にやられて装備の大半を失ったんだ。それで有り金をはたいて準備を整えて今回ここに来たんだが、それで今回魔物部屋でまたやられて」
「それでも魔物部屋から出てこられたということは、魔物を全部倒したわけだろう。その魔石やら何やらはどうした?」
「ここに来るまでにまた魔物と遭遇して、逃げるときに身を軽くするために捨ててきたんだ」
「嘘だろう? そんなことがありえるのか」
横で話を聞いていたショウゴもさすがに唖然とした。二度あることは三度ある、泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目などということわざが頭に浮かぶ。ひとつあるいは多くても2つまでならまだ信じられるが、さすがにこれだけ重なるとにわかには信じがたい。
ただ、アイヴァンにしろ、少し奥にいるその仲間3人にしろ、確かに荷物らしい荷物を持っていないように見えた。この悪意のダンジョンで活動する冒険者は数日間入りっぱなしが当たり前なので背嚢なしでやって来ることは考えられない。そうなると、この傷だらけの様子から本当に説明してくれた通りの災難が降りかかってきた可能性が高かった。
渋い表情を浮かべたクィンシーがアイヴァンに伝える。
「さすがに対価なしでは譲れない。知っての通り、こういう所では安い水薬1本でも金貨以上の価値になるからな。それに、今度はオレたちがお前たちのような目に遭うかもしれん。だから、何らかの対価を支払ってくれ」
「あんたの言ってることはわかるし、普段ならオレもそうしてる。けど、今は本当に何も持っていないんだ。この借りは後日必ず返す。だから、今は薬を分けてくれ」
「いつ死ぬかわからない冒険者の後日なんて当てにならないことはお前もよく知ってるだろう。対価が支払えないのならば薬は渡せない」
その後、クィンシーとアイヴァンが何度か押し問答をするが意見は平行線をたどった。ショウゴとしてはどちらの言っていることもわかるので見ていて嫌な気持ちになる。
しかし、傍観者として2人のやり取りを見ていたショウゴは、クィンシー相手では埒が明かないと悟ったアイヴァンに声をかけられて驚いた。顔を突き出して頼まれる。
「なぁ、あんたはどうなんだ? 薬を分けてくれないだろうか?」
「えっと」
迫られたショウゴはアイヴァンに気圧されながらクィンシーに目を向けた。若干仕方ないという表情を浮かべた雇い主に意見を求める。
「クィンシー」
「仕事に支障をきたさない程度になら好きにしたらいい」
「いいんだ」
「ただし、仕事への悪影響は出すなよ」
てっきり止められるものだと思っていたショウゴは少し目を丸くした。しかし、それならばどうするべきかと考える。
さすがに無償で渡すことは差し控えたかった。美談になるが、無償で薬を分けてくれるという評判だけが広がり、そのうち誰も彼もが何かあったら薬を要求してきかねないからだ。そうなるとどんな対価がふさわしいかでショウゴは頭を悩ませる。金銭でない対価となると一般的には情報だが、こちらがほしくなるような情報には何があるだろうか。
しばらく考えた末にショウゴは思い付いたことをしゃべる。
「それじゃ、魔物部屋がどこにあるのか、中はどうなっているのかを教えてくれ。これと引き換えに薬を渡す。」
「それならオレでも話せる! ありがとう」
金銭ではなく情報で支払うよう求められたアイヴァンは目を輝かせた。そうして喜んで話す。
その間にショウゴは自分の荷物の中から薬を取りだしてアイヴァンの仲間に差し出した。これで仲間が助かると全員から感謝された。
負傷者の傷を治療している横でショウゴはアイヴァンから魔物部屋の情報を丁寧に聞き出す。そして、その傍ら日本人としての良心を満足させた。