地下1層(後)
悪意のダンジョンを探索し始めてから他の冒険者パーティと出会ったショウゴとクィンシーは、その後も奥へと進んだ。地図を描きながらなのでその歩みは遅い。しかし、それは堅実に探索を進めている証拠でもあった。
警戒しながら先頭を歩くショウゴは分岐路に出くわす度にクィンシーに指示を求める。今のところ返答はすべてまっすぐ進めだ。原則として通路が突き当たりにならない限り横道に入っていない。
進む先を選ぶ方針はとりあえず当てずっぽうだと聞いていたショウゴだったが、進んで行くうちにひとつ気付いたことがあった。突き当たりで行く先を確認してから尋ねてみる。
「クィンシー、さっきから扉があると入るのを避けてるよな。何かあるのか?」
「まずは大雑把にでも通路がどう繋がってるのかを知りたいからそっちを優先してる。それと、扉で区切られてるということは、その向こう側はこちら側と何かが違う可能性がある。これは俺の癖みたいなものだが、まずは扉のない同じ環境の場所を調べきってからその先に進みたいんだ。さすがに地下1層目で劇的な変化なんてのはないだろうが」
「俺だったら片っ端から開けていくけどな。まぁ、雇い主に合わせるよ」
「そうしてくれ。それと、ああいった扉なんかは開けたときに罠が発動することがある。その調査が面倒だから後回しにしてるっていう理由もあるぞ」
「後でまとめて片付けるわけか。なるほど」
やり方の違いを確認できたショウゴは前を向いて歩き出した。この探索の主役はクィンシーなので自分のやり方を押しつけることはない。
疑問を解消したショウゴはその後指示されるがままに通路を歩き続けた。砂時計によりおおよその時間を計って昼休憩をするまで通路の探索をする。
2人は直角に曲がっている通路の角の部分に陣取って座った。荷物を下ろして保存食である干し肉と黒パンを背嚢から取り出す。1人ずつ通路の別方向を眺めながらそれらを囓り始めた。どちらも硬い。
ほぐれた干し肉を飲み込んだショウゴがクィンシーに顔を向けずに口を開く。
「結構歩いたように思うんだが、実際のところはどうなんだ?」
「確かに結構歩いたぞ。扉は全部無視して巡ったからほとんど罠にかかることもなかった。おかげでかなり広い範囲を描けた。見てみろ」
「おお、結構すかすかだな。この通路で囲まれてるところが部屋か」
「恐らくな。昼からはこの辺りの扉を開けてその奥を調べる」
「ついにか。何があるんだろうな」
「さぁな。この奇跡のラビリンスは発動した罠や中身が取られた宝箱も一定時間が過ぎたら元に戻るらしいから、先に人が入ったから安全だったり空っぽだったりすることはないらしい。だから調べ甲斐があるぞ」
「宝箱は嬉しいけど、罠は嫌だな」
「それはオレも同じだ」
あらかじめ調べておいたことを確認し合ったショウゴとクィンシーは小さく笑った。地下1層にはあまり罠がないがそれでもごくたまに扉や宝箱に仕掛けてある。そのため、どんな扉や宝箱でも油断できない。どこに仕掛けられているかわからないからだ。
昼休憩が終わると2人は再び通路を進む。クィンシーの宣言通り、これからは今まで見かけた扉の向こう側に足を踏み入れていくのだ。
今の2人は昼休憩した場所から最寄りの扉の前に立っている。通路が石造りなのに対して扉は木製だ。それを部分的に金属で補強してある。
その扉の前に立ったショウゴが罠の有無を調べ始めた。本職の罠師や盗賊ほどではないが、冒険者としての経験からある程度の確認と解除ができるのだ。
目視や指を使った確認の後、ショウゴが振り返る。
「俺が見た限りでは何もなさそうだな」
「そうか。では、今度はオレだな」
扉の前から退いたショウゴに代わってクィンシーが前に出た。そうして呪文を唱える。しばらくじっと見つめた後、肩の力を抜いた。そのまま横に顔を向ける。
「確かに罠はないみたいだな。開けてもいいんじゃないか」
扉に罠はないと確認できるとショウゴが扉を開けた。その先は更に通路が続いていたがすぐに広めの空間に変わる。部屋だ。特に何も見当たらない。
ショウゴは部屋の奥へと進んで壁を軽く叩いてみる。特に何も起きず、おかしな感触もない。一方、クィンシーは地図を描いていた。それが終わると顔を上げる。
「ここは本当に何もなさそうだな。隠し扉があるとすればあっちの壁だが」
「さっき触ったけど何もなかった。反対側の壁は?」
「隠し扉があっても前に通った通路に出るだけだ。調べたいんなら調べてくれ」
2人は自分の興味がある場所を別々に探った。しかし、結局何も見つからない。そのことがわかると早々に部屋を後にした。
次は同じ通路にある別の扉の前に立つ。先程と同じように扉を調べたが何もなかったのでその扉を開けると、向こう側は小さい部屋だった。しかも真ん中の床に宝箱が置いてある。
「おお、早速発見! 調べるよ」
「任せた。罠に引っかかって作動させないでくれよ」
「わかってるって。俺だって怪我したくないし、毒なんてあったら悲惨だもんな」
興味津々といった様子のショウゴが宝箱の前で片膝を付いた。そして、ナイフを鞘から抜いてそれを片手に宝箱を調べ始める。すると、蓋と本体の隙間にナイフの刃を入れていた手が止まる。
「む、罠がある? これは、たぶん刺し針なんじゃないか?」
「魔法で確認してみるか。我が下に集いし魔力よ、秘されし姿を白日の下に曝せ、捜索。確かにあるな。刺し針だ。解除できるか?」
「まぁこれくらいなら。よし、できた。開けるよ」
少し時間をかけて罠を解除したショウゴはゆっくりと宝箱の蓋を開いた。中には何枚かの銀貨と銅貨にダガーが一振りある。そのダガーをクィンシーへと手渡した。
しばらくそのダガーを見ていたクィンシーはまたもや呪文を唱える。そのまま少しの間じっとしていたが、ため息をついて小さく首を横に振った。それから腰の袋に入れる。
「ただのダガーみたいだな。魔法の道具ではないようだ」
「鑑定はできないんだっけ?」
「ああ。魔力感知で魔力を帯びているかを見ただけだ」
「残念。でも、地下1層だとこんなものなんだろうな」
「売って飯代や宿代にできるだけましだろう
「それと、銀貨と銅貨もあったよ。でもこれ不思議だよな。どう見てもトラダ王国の貨幣だぞ。なんで古代の遺跡から現代の通貨が出てくるんだろう?」
「資料にもその辺りは何も書いてなかったな。ただ、それに関しては嫌な話を酒場で聞いたことがある」
「どんな話?」
「この奇跡のラビリンスで死んだ冒険者が持っていた貨幣を再利用しているという話だ」
雇い主の話を聞いたショウゴが顔をしかめた。これはパリアの町を拠点にして悪意のダンジョンで活動している冒険者の間でまことしやかに広まっている噂のひとつだ。今まで数多くの冒険者がこのダンジョンで命を落としていることから、宝箱に入れて新たな冒険者に提供できるだけの貨幣を蓄えているというわけである。
「でも、この銀貨や銅貨、ぴかぴかなんだよな。まるで作られたばっかりみたいに」
「死体から取り込んだ後で洗浄したのかもしれんな」
「ダンジョンが1枚ずつきれいに磨いていくのか。随分とマメだな」
「洗浄液に浸して一気に汚れを落としたほうが楽だろう。どうして1枚ずつ磨かないといけないんだ」
わざわざ面倒な方法しか思い付かなかったショウゴは雇い主から目を逸らした。こちらの世界に転移してきてもう10年になるので、そんな便利なものの存在をすっかり忘れていただけだと内心で言い訳をしておく。
宝箱から取り出した貨幣をすべてクィンシーに手渡したショウゴはさっさと部屋から出た。恥ずかしいのでこの話題はもうおしまいである。
その後、2人は次々と扉の向こう側へと足を踏み入れていった。大半は何もない部屋ばかりで空振りが多かったので、地図の空白を埋める作業を延々と繰り返すことになる。それはそれでクィンシーは満足そうだった。
砂時計により、2人は時間を計って地上では夜になったことを知る。クィンシーの指示で調査済みの出入口が1箇所のみの部屋に移った。野営である。
ただ、野営だとはいっても設営することはない。床に座って夕食の保存食を食べ、見張り番を残して眠るだけだ。手間がかからない上に風雨に曝されずに済む分だけ街道の旅よりもましと言えるだろう。
「鐘1回分ずつ見張り番を交代する。先に寝ておけ」
「わかった。お休み」
食事を終えたショウゴは雇い主の指示を受けて荷物を枕に床で横になった。外套をシーツ代わりにして早速寝息を立てる。冒険者になってから身に付けた能力のひとつだ。
こうしてショウゴとクィンシーは悪意のダンジョンで一晩過ごした。