残った謎
悪意のダンジョンから出たショウゴとクィンシーはパリアの町に戻ってきた。今回は色々とあって特にショウゴは疲れている。その体を引きずるようにして換金所へと向かった。
2人は石材を使った無骨な平屋の建物に入り、室内の中央を東西に分断する買取カウンターの前に立つ。今回、クィンシーは黙ったままだった。代わりにショウゴが業者に声をかける。
「悪意のダンジョンで手に入れた魔石と道具を換金してくれ」
「いいぞ。カウンターの上に出してくれ。そっちの兄さんはないのか?」
「今回はないぞ。こいつの分だけだ」
「それと、このナイフを鑑定してくれないか」
「なるほどな。ちょっと待ってろ」
訳知り顔でうなずいた業者がナイフを同僚に手渡した。それから再び買取カウンターに向き直って換金作業をに移る。
ショウゴも手伝って成果を換金し終えた後、ナイフが戻って来た。業者が買取カウンターに置いてショウゴに顔を向ける。
「それがどんな代物かわかったぞ。転写のナイフだ。使用者の体を傷つけると対象者の同じ部位に同じ傷を転写できるんだ。呪いの武器だな」
「真っ黒な刃を見たときから何となく予想ができてたよ」
「あの悪意のダンジョンにある特別な施設のうち、舞踏場か饗宴場で出てくることが多いらしい。痛みだけでなく、傷自体を転写するからな。例えば腕を刺したら同じ傷が相手にも発生するぞ」
「これ、差し違えるつもりで心臓を刺したりしたら、もしかして?」
「もちろん相手も同じ傷を負う。聞いてるだけで震え上がるぜ」
「逆に、他の誰かを傷付けたら自分に傷が転写されるのか?」
「いい質問だな。その通りだ。だから、このナイフはあくまでも自傷用ってわけだ」
「さすが呪いの武器、最低だな」
「まったくだ。それと、もし呪いを防がれた場合、その呪いは無効となるからな」
「うわ、傷付け損になるわけか」
「作ったヤツは相当なひねくれ者だったんだろうな。記念に持ってたらどうだ?」
「記念ねぇ」
「使わないんだったら装飾品みたいなものだと思ってりゃいいんじゃないか? カネに余裕があるなら、万が一の財産として持っていても悪くないと思うぞ。呪われてるとはいえ魔法の道具なんだ。いくらかにはなるからな」
「まぁ、そういうことなら」
少し迷った末にショウゴは手元に置いておくことにした。幸い、金銭には余裕があるし、必要なら悪意のダンジョンで稼げば良い。なので、すぐに換金する必要はないのだ。
換金が終わると宿屋『冬篭もり亭』の相部屋に入る。悪意のダンジョンで手に入れた金銭を2人で山分けした。
自分の取り分を手に取ったクィンシーは乱暴に寝台へと座る。
「それにしても、くそ! 思い出しても腹が立つ。よくもやってくれたもんだ」
「荷物が燃えてなくなったことか? 戦いが終わった後に拾ったらある程度は」
「そうじゃない。荷物は別にどうでもいいんだ。また買い揃えたらいいからな。そっちじゃなくて、書物の方だよ、隠し部屋で見つけた」
「ああ、あれも燃えたんだっけか」
「ただでさえ傷んでて脆かったのに、あんな炎を浴びたらひとたまりもない」
「惜しかったよな。せっかく読める本があったっていうのに」
「まったくだ。あの善意のラビリンスっていうのがどんなものなのか気になってたんだが、手がかりがなくなっちまった」
「冒険者ギルドの資料室に何かないのかな」
「明日、調べてみる。何かわかればめっけもんだな。意外に古い資料も見つかったりするから、もしかしたらあるかもしれん」
「案外あるかもな。さて、気持ちが落ち着いたところで飯を食いに行くか?」
「そうしよう」
話がまとまると2人は立ち上がった。そうして宿を出ると歓楽街へと向かう。
今晩は目に付いた酒場にふらりと入った。
翌日、ショウゴとクィンシーは冒険者ギルド城外支所へと向かった。建物内に入ると暴力的な雰囲気が漂う活気に汗と革の臭いが重なる。
2人はまず両替を済ませ、その後別行動となった。クィンシーは調べ物のために城外支所の2階の資料室へ、ショウゴは受付カウンターへと向かう。
雇い主を見送ったショウゴは受付係に正対した。それから話しかける。
「悪意のダンジョン関連の依頼はあるか? 2人組でも受けられるようなやつだ」
「いくつかあるぞ」
そう言って提示されたのは次の3つだった。
1つ目は、探険隊の調査護衛依頼だ。これは地下6層から地下8層に存在する『美術館』型、『饗宴場』型、『図書館』型の特別な施設に関する調査の護衛である。
2つ目は、仇討ちの手助けの依頼だ。下層にいる依頼人の仇を討つ手伝いをしてくれる者を募集という。
3つ目は、ダンジョン最下層攻略パーティの募集だ。ダンジョンの主を討伐するための一時的なクランを結成するための募集である。
黙って話を聞いていたショウゴに受付係が更にしゃべる。
「概要はこんなものかな。まず、1つ目の依頼についてだが、特別な施設に関する調査の護衛だ。体を動かす方じゃなくて、見たりしゃべったりする方だな。具体的に何を調べるかは依頼者に聞いてくれ。2つ目は、仇討ちの手助けだ。普通の護衛の仕事とは違い、依頼人が仇と戦うときは手出し無用ということになってる。かなり変わった依頼だ。3つ目は、たまにある募集だな。最下層にいる最後の敵を倒すために頭数を揃えてるんだ。分け前を気にしないなら、多人数でやっつけるのが確実だからな。以上だ」
「へぇ、パーティ単独で最後の敵に挑むわけじゃないのか」
「これに参加する連中は、とにかく最後の敵を倒したいヤツや倒したという名誉を求めてるヤツだ。生きて勝利という結果が何よりほしいから、こういうことをやってるのさ」
「なるほどな。ありがとう」
話を聞いたショウゴは肩をすくめる受付係との話を終えた。変わった依頼は相変わらず多いが、今のところぴんと来るような依頼はない。
ショウゴはそのまま受付カウンターから離れた。
更に翌日の夕方、この日のショウゴは酒場『天国の酒亭』でクィンシーと待ち合わせをしていた。宿を出るときに約束をしたのである。
「エールをもう1杯くれ」
「あら、今日は1人? 相方さんは?」
「そのうち来るよ。噂をしたらほら」
「待たせたな。おい、エールと肉の盛り合わせをくれ」
「いいわよ」
注文を受けた給仕女が去って行くのを見もせずにクィンシーはショウゴの隣に座った。すると、すぐにしゃべり始める。
「この2日間、ずっと資料室にこもってたから体が凝ってしょうがない」
「たまには市場に出て失った物を買い揃えたら、いい息抜きになるんじゃないのか?」
「明日からそうする」
「で、調べた結果どうだったんだ?」
「ある程度予想はしてたが、善意のラビリンスに関しての資料は冒険者ギルドにほとんどなかった。だが、大昔の記録に奇跡のラビリンスが元はそんな名前で呼ばれてたことが書いてあったのは何とか見つけたんだ」
「ということは、まるっきり与太話というわけじゃないわけか」
「どうやらそうらしい」
給仕女がやって来てクィンシーの前に注文の品を置いていった。クィンシーは木製のジョッキを手に取ると口を付ける。
「隠し部屋で見つけたあの書物だが、文字からすると恐らく古代帝国以前のものかもしれん。そうなると伝説の時代になるわけだが、この時代の記録はほとんど残ってないんだよな」
「でも、そんな古い時代の書物と冒険者ギルドの資料に同じ名称があったっていうことは、探せば他にも見つかるかもしれないんだよな?」
「問題は、そんな資料がどこにあるのかだ。冒険者ギルドの資料室はもうほぼ全部調べたから、これ以上は出てこない。しかし、他にこれ関連の資料がある場所なんて知らないしな」
「となると、また隠し部屋なんかで見つけるしかないわけか」
「それもひとつの方法だな。それにしても、あの失った書物を少し見たときは興奮したよ。何しろ、あの奇跡のラビリンスはこの世界を作った神々と関係があるらしいんだからな。こうなると、あらゆる願いが叶うという噂はあながち間違いではないかもしれんぞ」
「いくらなんでもそれは飛躍しすぎじゃないか?」
「なぜだ。神々が関与しているのならば、奇跡の1つや2つ、あってもおかしくないだろう」
「なんか出来過ぎな話に聞こえるんだよなぁ」
「ふん、そんなに言い張るなら、本当に見つかったときには分けてやらんからな」
「奇跡って分けられるものなのか?」
クィンシーの言い方に引っかかったショウゴが首をひねった。ただ、かつてクリュスが言っていた言葉があちこちの資料に載っていたことは気になる。なので、奇跡はともかく善意のラビリンスについては更に知りたい。
この夜、2人は悪意のダンジョンについて色々と意見を交わした。