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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
序章 表層
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向かう先の聞き込み調査

 冒険者ギルド城外支所の2階にある資料室に日参している間、ショウゴとクィンシーは他の場所でも情報をせっせと集めていた。その主な場所は酒場である。料理と酒をごちそうすることで大抵の冒険者は口が滑らかになるからだ。もちろんすべての話が事実だとは限らないが、他の冒険者から聞いた話と日々読みあさっている資料からその信憑性を推し量るのである。


 その酒場での聞き取り調査は基本的に二手に分かれてやっていた。複数の店で並行して人から話を聞いた方が効果的だからだ。クィンシーは毎晩違う店で聞いて回り、ショウゴは同じ店で異なる冒険者に話を聞いていく。


 今晩もショウゴは酒場『天国の酒亭』で店内の様子を窺っていた。一昨日は成果なしで昨日はそもそも人の話を聞けなかったことから今日こそと内心で意気込む。


「はい、これ。あんた、最近よく他のお客に絡んでいくわね」


「知り合いの輪を広げるのはいいことじゃないか」


「そうなんだけど、相棒さんはどうしたのよ? あの暗い雰囲気のカッコイイ人」


「別の店を開拓するって言ってたっけな。気になるんだ?」


「そりゃカッコイイ人を気にするのは当然でしょ。あんたたち男だって美人に目がないじゃない」


 店の看板娘でもある給仕女に平然と言い返されたショウゴは反論できなかった。木製のジョッキを自分の目の前に置いて去ってゆく後ろ姿を見送りながら小さくため息をつく。


 気を取り直したショウゴは店内を見回した。夜のかき入れ時だけあって店内には客が数多くいる。しかし、話しかけられる相手は思った以上に限られた。特にこの店ではテーブル席に座る連中は飛び入りでやって来られても迷惑がる者が多いのだ。


 そこで今晩のショウゴはカウンター席に注目した。1人で飲んでいる客を探す。暇そうに飲んでいる冒険者らしき男を目にした。木製のジョッキを両手に持って男に近づく。


「お兄さん、ちょっといいかな?」


「なんだお前?」


「実は今日1人で酒場に来てるんだ。それで暇でね。話に付き合ってくれたら嬉しいんだけど。これはお近づきの印」


「へぇ、そうかい。オレも暇だったんでね。いいぜ、付き合ってやるよ」


「俺はショウゴっていうんだ。数日前にこの町へ来たばかりの冒険者なんだよ」


「オレは曲芸師(アクロバッツ)のメンバーでアラスターだ。あんたのパーティ名は?」


「ないんだ。実は人に雇われててね。近々その人と奇跡のラビリンス、あー、ここじゃ悪意のダンジョンってみんな呼んでるんだっけ、そこに行く予定なんだ」


「ここの冒険者だと大抵はあそこに(もぐ)ってるな。かくいうオレたちのパーティもそうなんだぜ」


「だったら色々と教えてくれないか?」


「奢ってもらった分はしゃべってやるさ」


 自然な流れで話しかけられたことに内心で喜んだショウゴはアラスターの隣の席に座って会話を始めた。


 まだ奇跡のラビリンス改め悪意のダンジョンに入ったことがないというショウゴは、思ったよりも丁寧に解説してくれるアラスターに目を丸くした。迷宮内の構造から始まって、基本的な構成、出現する魔物の概要、仕掛けられる罠、出てくる宝箱などその話は多岐に渡る。また、行ったことのある範囲に限定されるが各階層の話もいくらかしてもらえた。


 もちろん酒の席なのでショウゴからも話をする。こちらはこのパリアの町にやってくるまでの旅についてだ。モーテリア大陸にやって来てからの出来事に限られるが、それでも話題には事欠かず、遠方へと行ったことがないアラスターには興味深げに話を聞いていた。


 酒を飲みながら互いの話を聞くのは単純に楽しい。ショウゴもアラスターも機嫌良く杯を重ねた。


 すっかり打ち解けたアラスターが3杯目の木製のジョッキを空にしてから口を開く。


「ショウゴは近いうちに悪意のダンジョンに入るんだよな。金を稼ぐためか?」


「俺は雇い主の護衛だよ。その雇い主は何かを探してるらしいんだが、それが何かはよくわからないんだ」


「町の中の魔術師様にでも雇われてるのか?」


「いや、同じ冒険者だよ。ただ、遺跡を探索するのが好きらしくてね。噂を聞きつけて遠くからここにやって来たんだ」


「そりゃ大変だったな。まぁでも、悪意のダンジョンは稼げる場所だから、入ってりゃ一財産築けるかもしれないぜ」


「そんなに稼げるのか?」


「周りの町から冒険者が寄ってくるくらいにはな。ほどほどに稼ぎたいヤツでも上層をうろついてりゃカネになる」


「上層っていうと、地下3層までだったか」


「ああ。4層から6層までが中層、7層以下が下層だ。ダンジョンの難易度の区切りだな。けど、実はもうひとつ別の意味もある」


「別の意味? なんだそれ?」


「頭のイカレ具合だよ。下の層で活動しているヤツほど頭がおかしいんだ。それで、だんだんと悪意のダンジョンにのめり込んで離れられなくなっちまう」


「洗脳でもされたのか?」


「かもな。あのダンジョンに長くいるほど、下の層に行くほどイカレるんだ。それで、またましなヤツらを誘い込もうとする。そっちの雇い主の目的が何かは知らないが、あんまりあそこにのめり込まない方がいいぞ」


 今まで楽しげに話をしていた2人だったが、このときのアラスターは真面目に語っていた。それに気付いたショウゴは少し酔いが覚める。何が冒険者にそれほどの影響を与えているのかわからないというのが少し気味が悪い。


 その後、別の話題に切り替わってまた雰囲気が明るくなる。その夜は2人で飲み明かした。




 冒険者ギルド城外支所の2階にある資料室での調べ物が終わったその日も、ショウゴは酒場『天国の酒亭』に行こうとしていた。本や羊皮紙を片付けて部屋を出ようとする。ところが、珍しくクィンシーに呼び止められた。扉を開ける前に振り向く。


「どうしたんだ?」


「今日はちょっと付き合ってくれないか。厄介な奴に話しかけようとしてるんだ。ある酒場で毎日朝から晩までカウンター席の隅に座ってる奴なんだが、元冒険者なんだそうだ」


「クィンシーがわざわざ俺に声をかけるってことは、そいつに何かあるのか」


「頭がおかしくなって冒険者を続けられなくなったそうなんだ。しかも、下層にまで降りた経験があるらしいから、話を聞き出せるのなら聞こうと思ってな」


「1人で声をかけられないくらい危ない奴なのか?」


「それすらよくわからんから2人で声をかけようとしてるんだよ」


 あまり良い話ではないものの、雇われている身のショウゴとしては応じるしかなかった。それに、怖い物見たさという気持ちも少なからずあったのは事実だ。


 話がまとまると、クィンシーの案内でショウゴはとある安酒場に入った。客の質は行きつけである『天国の酒亭』と比べて相応のものだ。


 案内されたカウンター席の隅にその男は座ってじっとしていた。周囲は喧騒に包まれているというのにそこだけ穴が空いているかのように静かである。


 あらかじめ示し合わせていた通りにショウゴは動いた。クィンシーが男の隣に座る間に給仕女を呼んでエールを注文して受け取る。そして、木製のジョッキ2つをカウンターの上に置いた。それまでまったく反応しなかった男が首を動かす。


「飲んでいいぞ。そのかわり、色々と教えてくれ」


「あ、あ、あああ」


 怪しい反応を示す男を見たショウゴはまともに話ができるのか訝しんだ。しかし、木製のジョッキの中身を半分飲み干すとぽつりぽつりと語るのを耳にする。


 最初は奇跡のラビリンスを称えたり悪意のダンジョンを罵ったりと言動が支離滅裂ぎみだった男だが、それが落ち着くとまず自分のことを話し始めた。それによると、元は下層で活動する冒険者だったらしい。危険だが実入りも多かったのでパーティメンバー全員の羽振りは良かったそうだ。しかし、あるとき誤って魔物部屋(モンスターハウス)に入ってしまい、壊滅してしまったのだという。


 その後再び言動が支離滅裂になるが、クィンシーが丁寧に話を聞き取った。それによると、気になる点は次の3つだ。


 1点目は、ダンジョン内でたまに黒猫を見かけることがあるらしいという話である。上層の階段周りにいることが多く、外から迷い込んだ迷い猫かもしれない。


 2点目は、下層で生き残りたいのならば下層で活動する冒険者は信用するなというものだ。連中は総じて頭がおかしいという。


 3点目は、地下9層にある最奥の大広間で最後の敵を倒した者は過去に何度もいるらしいという話だ。しかし、にもかかわらず、あらゆる願いを叶えたという話は聞いたことがない。


 他はさして重要そうな話は聞けなかった。やがてクィンシーは席を立ち上がってその場を離れる。


 こうしてショウゴとクィンシーは悪意のダンジョンについて情報を揃えていった。並行して準備も整える。


 出発の日は近かった。

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