探険隊『偉大な手』
特別な施設でごっそりと精神を削られた翌日、ショウゴは優れない顔つきで目覚めた。最近、悪意のダンジョンの難易度とは攻略の難しさよりも意地の悪さではないのかと強く思うようになる。どうりで誰もが通称で呼ぶわけだと納得した。
そんなショウゴの内心など知らないクィンシーは先に食事を始めている。こちらは平気な様子だ。
随分と太い神経をしていると思いつつショウゴも朝食を口にした。そのとき、雇い主から声をかけられる。
「だいぶ疲れてるようだな」
「主に昨日の舞踏のせいでな。今思い出しても腹が立つ。クィンシーは平気そうだな」
「見た目ほどじゃないぞ。オレの場合は闘技場できつい思いをしたからな」
「あったあった。それじゃ今日はどうする? もう町に帰るのか?」
「いや、今日だけ探索して、明日に帰ろうと思う。1日くらいなら頑張れるだろう?」
「まぁそれは」
問われたショウゴは小さくうなずいた。特別な施設に入らなければ探索できるのは確かだ。あと1日と期限が切られているのならば頑張れる。
朝の準備が終わると2人は地下5層の探索に出発した。今回の目的は地下6層へ続く階段のある部屋と隠し部屋の2つだ。ある意味階段以上に見つけにくいこれを探すのにクィンシーは最近非常に熱心である。魔物部屋ならば割と見つかるのに隠し部屋は全然見つからないと嘆いていた。
とは言っても、隠し部屋のために特別何かをするということはさすがない。どのみち探索する地域はしらみ潰しに調査するので不自然な空き空間があれば自然と浮かび上がってくるからだ。つまり、今まで通り探し続けるしかないのである。
探索を始めて鐘の音1回分が過ぎた頃、2人は小休憩に入った。ここまでは大きな問題なく調べることができている。悪くない調子だった。
水袋から口を離したショウゴがつぶやく。
「たまには一発で階段を見つけたいよなぁ」
「さすがにそれは無理だが、最初に決めた方角に階段があってほしいとは思う。微妙にずれて結局登りの階段を中心に一周した末に発見というのが結構多いからな」
「次の階層は逆回りで調べてみないか?」
「案外悪くない提案かもしれんな、それは」
張り詰めた精神を休めるために他愛ない雑談で2人は心を休めた。たまに凶悪な罠が隠されているので油断できない。
もうそろそろ休憩が終わろうかという頃にショウゴは奇妙な男1人が近づいて来るのに気付いた。これといった武装をしておらず、防具も身につけていない。そこまで見て、この男を前にも見かけたことがあることを思い出した。
よろめきながら歩いて来た男は倒れ込むようにして2人の前で跪く。
「水を、食べ物を、分けてほしい」
「お前ってもしかして、偉大な手の人足か?」
「なんでオレのことを、ああ、上の階で会った冒険者!」
「そういえば見かけたことがあるな」
三者三様にお互いのことを思い出した。そこで探険隊の人足はへたり込む。
とりあえず落ち着かせるためにショウゴが水と保存食を分け与えた。話を聞くにしてもまず助けてやらないと何も聞き出せないからだ。
人足ががっついて食べている間にショウゴはクィンシーに話しかける。
「この様子だと、探険隊に何かあったんだろうな」
「それは間違いないだろう。その探険隊は何が目的だった?」
「確か、怨嗟の部屋にいる霊体を確保するためって言ってたはずだ」
「ああそれだ。ということは、霊体の確保に失敗したのか。いや、それにしてはおかしいな。あそこの霊体は部屋から出てこないはず。確保に失敗しても部屋から出たら害はないはずなんだが」
「クィンシーの描いてる地図にはまだないんだよな」
「ああ。これから向かう先からこの男が来たから、恐らくそっちにあるんだろう」
2人が話をしている間に人足は食事を終えた。人心地ついたせいか、呆然とした表情のままぼんやりとしたまま座っている。今にも眠りそうに見えた。
そのまま眠られても困るのでクィンシーを中心に人足から事情を聞き出す。
それによると、探険隊は2人と別れた後、数日かけて怨嗟の部屋にたどり着いた。話しの通り霊体がいたので隊長のチャールズは喜び、まずは調査を始めたらしい。その2日後、野営中に冒険者の襲撃を受けて探険隊は壊滅したという。
話を聞いたクィンシーは首を傾げた。湧いた疑問を人足にぶつける。
「随分とあっさりやられたようだが、護衛の冒険者がいただろう。4人組の連中だ」
「いたよ。あのときは2人ずつに分かれて交代で見張りに付いてたみたいなんだが、なぜか寝てた2人はずっと眠りっぱなしでそのまま殺されたんだ」
「襲撃に気付いて起きなかったのか?」
「そうなんだ。仲間の1人が起こそうと体を揺らしてたけど、それでも起きなくて。そんなだったから、チャールズ隊長の他もほとんど寝たまま殺されちまったんだ」
「お前はどうして起きられたんだ?」
「わかんねぇ。たまたまぱちっと目が覚めたと思ったらもう大変なことになってて、オレも殺されそうになったから必死で逃げてきたんだ」
「他に逃げたヤツはいないのか?」
「どうだろう、みんながどうなったか全然わからないんだ。生き残ってるヤツがいたらいいんだが」
話しを聞いていた2人は顔を見合わせた。ショウゴが疑問点を口にする。
「護衛が体を揺らされても起きなかったというのは変だな」
「襲う直前に睡眠の魔法をかけたら同じ状況を起こせそうだな」
「ということは、目覚めるかどうかは完全に運だった?」
「魔法に対する抵抗がどのくらいあるかなんて個人の資質の問題だからな。運と言ってもいいだろう」
「魔法を使う追い剥ぎの冒険者パーティか。厄介だな」
魔法の便利さをよく知っているショウゴは顔をしかめた。もし遭遇して襲われた場合、面倒なのは確実だからだ。
少しの間考えていたクィンシーが人足に顔を向ける。
「今から怨嗟の部屋まで案内してくれ。現場がどうなってるか確認したい」
「え? も、もし襲った連中がまだいたら」
「お前の話だと事件があったのは2日ほど前だろう。だったらもう犯人の冒険者パーティは今頃地上に出てるだろうよ。いいから案内してくれ」
「わ、わかったよ」
怯えた様子の人足がクィンシーに逆らえずに案内を承知した。立ち上がるとショウゴと一緒に歩く。
その場所はショウゴとクィンシーにとっては未踏地の場であったので歩みは慎重だった。人足が1度通ってきた通路とはいえ、たまたま罠を回避できた可能性がある。そのため、いつも通り探索しながら進んだ。そのせいで時間がかかったが、2人からすると急ぐ必要のない件なので自分たちの安全を優先する。
クィンシーが地図を描いていたので更に遅くなったが、人足の案内で探険隊の目的地である怨嗟の部屋へとたどり着いた。
早速部屋の周囲を確認してみたが何もない。時間が経過しすぎて悪意のダンジョンに残った持ち物ごと吸収されたのだろうと推測する。
この時点でもうどうにもならないのだが、それでも一応扉を開けて怨嗟の部屋の中を確認してみた。すると、室内でいくつもの霊体が延々と苦しみの声を上げている光景が目に入る。地下2層の悲鳴の部屋とは違ってその姿はよりはっきりと見えるため、大半がこのダンジョンで死んだ冒険者らしいことがわかった。ダンジョンや生きている者を恨む声と救いを求める嘆願を延々と繰り返している。尚、部屋の中には入らない。霊体は生者に触れることができ、生命力を削り取ってくるからだ。
長く見ていても嬉しいものではないので扉を閉めようとしたショウゴだが、直前に人足が悲鳴を上げたので驚く。
「隊長! 他のみんなも!」
「え? 襲撃犯に殺されたんじゃなかったのか?」
「わかんねぇ、なんでこんなことに」
「虫の息だった連中をこの部屋に放り込んだのかもしれんな。ひどいことをする」
雇い主の推測にショウゴは目を剥いた。襲撃者の存在が確かなら、身ぐるみを剥ぐだけでなく魂まで冒涜したことになる。なぜ金目当てで襲ってそこまでするのかわからなかった。
結局、これ以上のことはわからなかった。ショウゴとクィンシーは襲撃犯を実際に見たこともない上に証拠もないので追跡しようがない。
そうなると残るは人足の処遇だけだ。クィンシーなどは1人で帰れば良いと言い放って人足を慌てさせたが、ショウゴの取りなしで勝手について来る分には何も言わないという言質を取ることに成功する。さすがにクィンシーも落ち度のない人足の頼みを断り切れなかったようだ。これには人足も心底安心する。
こうして、3人はその場から町を目指した。人足は何も持っていなかったため、水や食料を分けるなど町に帰るまでショウゴが面倒を見る。その結果、町で別れるときに人足から感謝された。