向かう先の事前調査
翌朝、ショウゴとクィンシーは宿で目覚めた。酒場で教えてもらった『冬ごもり亭』という宿屋だ。安宿とは違って個室や相部屋がある少し上等な宿泊施設である。ショウゴに言わせるとそれでも不潔の部類に入るのだが、町の外周だとこんなものだ。
今回は2人部屋に泊まった2人は用意を済ませると部屋から出る。荷物は置いたまま鍵をかけた。それからクィンシーが宿の受付カウンターでその鍵を差し出す。
「なかなかいい部屋だったじゃないか。随分と快適に眠れたぞ」
「そりゃ光栄だね」
「この宿は部屋を長期間押さえておくことはできるのか?」
「もちろんできるとも。料金を支払ってくれる限りはね。早速やるかい?」
「いや、もう少し待ってくれ。この町で少し調査をしてからにしたいんだ。ああ、どの宿がいいか比べるわけじゃない。こっちでする仕事についてだ」
「安心したよ。そいうことなら好きにしたらいい」
「今日は夜まで戻って来ない予定だ」
「わかったよ」
世間話のついでという風にクィンシーが宿の主人と部屋に関する話を済ませた。それから外に出る。朝日が眩しい。
続いて宿から出たショウゴが目を細めながら後ろからクィンシーに声をかける。
「そういえば、冒険者ギルドがどこにあるのかは知ってるのか?」
「今朝、クソに行った帰りに宿の親父に聞いておいた。嘘をつかれてなければたどり着けるはずだ」
「で、まずは奇跡のラビリンスについて話を聞くわけか」
「そうだ。あの迷宮を攻略する拠点としてこの町が機能しているのなら色々と知ってるだろうし、何かしらの資料もあるはずだからな」
「逆に何もなかったら驚きだよな」
「古文書みたいなのは期待できなくても、先人の冒険者たちが積み上げてきた記録は残ってるはずなんだ。そこから何かつかみ取れたらとは考えてる」
まだ肌寒い朝の空気を切り裂きながら2人は路地を進んだ。周囲はこれから働きに出かける労働者や町の外に向かう旅人などが往来している。
そんな道をいくつか曲がって進んだ先に冒険者ギルド城外支所の建物があった。冒険者ギルドの本部が町中にあるのに対して、それ以外の一般的な業務を行っているのが町の外にあるこの城外支所なのだ。
石造りのしっかりとした建物にいくつかある開け放たれたままの出入口近辺は割と往来する人々がいる。誰もが武装した男で、立派な装備をした者から貧民がとりあえず武装したという姿の者まで多彩だ。
室内に入ると数多くの人々がいて騒々しく、暴力的な雰囲気が漂う活気、汗と革の臭いが充満している。その中を2人は慣れた感じで受付カウンターへと進み、行列の最後尾に並んだ。
しばらく周囲を眺めていたショウゴがクィンシーに顔を向ける。
「へぇ、思ったよりも活気があるよな」
「奇跡のラビリンス関連の仕事で儲かってるんじゃないか? 酒場でも宿屋でもちらっと話を聞いたが、稼げる奴は結構稼いでるらしいからな」
「なるほどななぁ。前の町まではぱっとしなかった城外支所が多かったから、やたらと景気がいいように見える」
「町や街道周りの仕事以外に何かある冒険者ギルドはどこも元気だよな。奇跡のラビリンスがこの町のギルドにとってはそうなんだろう」
落ち着いた様子で周りの冒険者の様子を見ていたクィンシーが返答した。その間にも列に並ぶ人の数は減ってゆく。
やがて2人の番がやって来た。クィンシーが受付係に声をかける。
「昨日この町にやって来た冒険者なんだが、奇跡のラビリンスについて詳しい話が聞きたい。それと、資料もあるなら読みたいんだが、あるだろうか?」
「ああ、悪意のダンジョン関連ね。確かにここの冒険者ギルドが仕切ってるが、その詳しい話か。いいぞ」
少し難しい顔をした受付係が話を始めた。
奇跡のラビリンスというのがあの迷宮の正式名称であるが、パリアの町の冒険者はその名称を使わない。通称である悪意のダンジョンと誰もが呼んでいた。迷宮の意地の悪さや活動する冒険者のひどさが由来だというのが有力説だが、本当の理由は実のところ判然としていない。昔からこの通称が使われているのだ。
その悪意のダンジョンはパリアの町からほぼ真西に1日と少し歩いた場所にある。その近辺は悪意の山脈の麓に当たり、悪意のダンジョンはその山腹に空いた穴の中から入るとのことだった。
肝心の悪意のダンジョンの中だが、完全に石造りの迷宮で全9層から成る。1階層が非常に広大なだけでなく、その複雑さでも冒険者を悩ませるということだった。特に特別な施設がいくつもあり、攻略すると迷宮内だけで通用する専用鉄貨が手に入るという。また、その専用鉄貨を使って入る特別な施設があり、そこを攻略すると呪われた道具が手に入るらしい。呪われているという点に目をつむれば魔法の道具には違いないので、売ればなかなかの値段になる。これを目当てに活動する冒険者もいるくらいだ。
また、この悪意のダンジョンには魔物も多数出現する。地下に降りるほど魔物は強くなり、更には数も増えるので注意しないといけない。そして、この魔物を倒すと魔石という魔力を宿した石が現れる。これは他の産地で採掘される魔石と同じように換金できる代物だ。パリアの町がどうにか潤っているのはこれのおかげでもある。
「悪のダンジョンに関してはざっとこんなものだな。詳しい話に関しては、酒場で他の冒険者連中に酒を奢って聞き出すか、ここの2階にある資料室にあり資料を読んでくれ。文字が読めればだが」
「わかった。ところで、今の話で出てきた魔石と呪いの道具はどこで換金すればいいんだ? この受付カウンターではなさそうだが」
「おっと、忘れてた。換金は換金所でやってくれ。あそこで魔石も道具も扱ってる」
指摘された受付係はクィンシーに換金所の場所を教えた。
まだ他に何かあるかとショウゴが考えていると、クィンシーが受付カウンターから離れるのを目にする。少し意外そうな顔をしつつもそれに続いた。
2階に上がる階段に差しかかったところでショウゴがクィンシーに話しかける。
「話はもういいのか?」
「とりあえずは。後ろに何人も順番待ちをしてる同業者がいる中じゃ、あんまり落ち着いて聞いてられないしな」
「だから資料を見に行くわけか」
「冒険者の大半は文字の読み書きができないのはショウゴも知ってるだろう。つまり、資料室はがら空きってわけだ」
「文字がわからないと、何が書いてあるかわからないもんな」
こちらの世界にやって来た当初は様々なことに驚いたショウゴだったが、大半の人々が文字が読み書きできないこともその中のひとつだった。しかし、当然異世界の言葉など知らない自分はそれ以下だったということもあり、最初の1年は絶望的な苦労をしたものだったが。
雑談をしながら2人は冒険者ギルド城外支所の2階にある資料室へと入った。書物や羊皮紙が置いてある棚が並んでおり、部屋の隅には机がいくつか置いてある。描き写しは自由だが資料の持ち出しは禁止されていた。
たくさんの資料が置かれている棚を眺めながらショウゴがクィンシーに問いかける。
「これだけあったら何かわかりそうだな。で、まずはどれを読むんだ?」
「まずは年代の古い資料からだな。そもそも、どんな経緯で今の奇跡のラビリンスが成立したのかを知りたい」
「迷宮の歴史をか。でも、そんなのを知ってどうするんだ?」
「今の奇跡のラビリンスがどんな形になっていようとも、必ず元になったものがある。そして、その元を知っておけばどんな形に変わっても推測できるからだ」
「言いたいことは何となくわかるけど」
「言葉だって語源を知っていればその単語の雰囲気を知ることができるだろう。それを知っておこうってわけさ」
とりあえずクィンシーが言いたいことは理解できたショウゴはうなずいた。そして、いくつもの棚を回ってそれらしき書物を取り出す。
それらを机の上に置くと2人並んで読み始めた。しばらく静かな時間が流れてゆく。
クィンシーはともかく、ショウゴは書物の読書に苦戦した。そもそも読み書きができるのは現代語であって古語ではない。日本語ができても古文が読めないのと同じだ。
途中で読むのを諦めたショウゴはクィンシーに相談する。
「ダメだ! 古語はほとんど読めない!」
「やはり無理だったか。それだったら、本を取ってきたり片付けたりしてくれ。後の方ではメモの整理も頼みたい」
その後、数日かけて2人は冒険者ギルドの資料室に通い、必要な情報を集め続けた。その甲斐あって奇跡のラビリンスについてそれなりの知識を得る。初見殺しの仕掛けで死なないためにも事前の調査は手を抜けない。
こうして、ショウゴとクィンシーは手に入る情報は何でも手に入れた。