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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
序章 表層
2/63

やや寂れた町

 この辺りの平地には南北に走る街道があるくらいだった。春先の陽気な日差しによって草原共々照らされているので一見すると暖かそうに見える。しかし、実際はやや南よりの東から吹いてくる風のせいで冬のように寒い。


 そんな街道を南に向かって進む集団が2つあった。先を進む集団は荷馬車の集まりで、それぞれが黙々と馬に引かれて進んでいる。一方、後を進む集団は徒歩の人々の集まりで、こちらは長く間延びしていた。


 前の町から示し合わせたかのように一定の距離を保って旅をしている2つの集団だが、実際には一切のやり取りはない。野営のときも離れて一晩を過ごしていた。


 徒歩の集団側が長く間延びしているのは単純に人々の体力の差である。体力のある壮年や若者は当たり前のように歩き、体力のない年寄りや病人は次々に遅れてゆくのだ。


 今、この徒歩の人々の先頭は2人の男が歩いていた。黒髪黒目の平凡な顔つきの青年の方は武具で身を固め、荷物を背負っている。もう一方の茶髪の美形だが雰囲気が暗い中年はローブの上に革の鎧を身に付けるという少々変わった姿をしていた。更にに背負った荷物には長杖(スタッフ)がくくり付けられている。いずれも各地を回る冒険者か傭兵といった風貌だ。


 昼休憩後、歩いている間はずっと黙っていた2人だったが、黒髪の青年の方が茶髪の微中年に声をかける。


「クィンシー、次の町まであとどのくらいなんだ?」


「夕方までもうそんなにないだろうから、じきに着くさ。お前は護衛なんだから俺より体力があるだろう、ショウゴ」


 風ではためくローブの裾の内からズボンとブーツを見せながらクィンシーが返答した。


 淡々とした返事で微妙な表情を浮かべたショウゴが更に言葉を返す。


「そりゃそうだけど、面白くないんだよな。なんでこっちの大陸じゃ、冒険者が荷馬車の護衛をしたらダメなんだよって」


「そういう棲み分けだからだろう。文句を言っても何も変わらないんだ。黙って歩け」


 青年の不満をばっさりと切り捨てたクィンシーはそのまま黙って前に目を向けた。


 荷物を背負い直したショウゴは小さくため息をつくと同じように脚を動かす。離れた先には最後尾を進む荷馬車の荷台が見えた。護衛の傭兵が暇そうにあくびをしている。


 もう何度目かわからない後悔をショウゴは抱いた。冒険者になって早数年、苦しい生活をしていたところに降って湧いたかのような大金の依頼が舞い込んできたのだ。前金だけで金貨50枚という途方もなさに最初は怪しんだが、依頼主であるクィンシーが異世界転生者であることで最終的に信用したのである。


 しかし、いざ引き受けてみるとこれが想像以上にきつかった。事前に説明を聞いていたが実際には大違いだったのである。それでも今まで我慢していたのは、大金の報酬を手に入れたいという欲望と、クィンシーに対する信頼と、冒険者としての責任感からだ。


 実のところ、仕事は何ヵ月も前から始まっているのにまだ本命の作業は何ひとつ始まっていないということにうんざりとしていた。ショウゴは幼い頃に西遊記という絵本を読んだことがあるが、三蔵法師もこんな気持ちだったのだろうかと想像する。志も何もかも自分と比べないようにして。


 空の色が朱くなってきた頃、見える風景がわずかに変わってきたことにショウゴは気付いた。荷馬車の向こう側に地平線以外の何かが見えてきたのだ。街道から逸れて平原に入ると町の姿が目に入る。ようやく目的の町にたどり着いたのだ。


 やっと野宿から解放されることに安堵したショウゴは若干元気になって街道に戻った。




 2人がたどり着いたのはパリアの町である。モーテリア大陸東部の鉤爪(かぎつめ)海に面する港町だ。トラダ王国の南端に位置し、西大角の街道の終端の町であり、狭隘(きょうあい)の街道の始点の町でもある。元々は陸と海を繋ぐ交易の町として栄えていたが、近年はその重要性が薄れてきて寂れつつあった。


 前を行く荷馬車の集団が街道を逸れて原っぱに移ってゆくと、後ろを歩いていたショウゴたちにもパリアの町の姿がはっきりと見える。海岸に張り付くように広がっているその町の印象は随分と冴えないというものだった。必要な物が揃うのであればその辺りはどうでも良いと思うショウゴだったが、気分が高揚しないことは確かである。


「いっつも思うんだけど、なんでこっちの世界の町はこうも臭いんだ」


「衛生観念なんて上等なものがない上に、ゴミとクソだらけだからな。こっちに来てもう10年になるんじゃなかったのか?」


「慣れないものは慣れないし、慣れたくないんだよ。我慢はするけど」


「発狂するのは仕事が終わってからにしてくれよ」


「わかってるって」


 自然消滅する徒歩の集団を気にすることもせず、2人は町の北側にある歓楽街に向かって街道を進んだ。


 顔をしかめるショウゴを気にかけることもなく、クィンシーは周囲へと目を向けた。街道沿いには宿屋が並び、路地に入ると酒場が軒を連ねている。その中の1軒へ、特に何かを見る様子もなく唐突に入った。


 続いてショウゴも店内に入ると客入りはそれほどでもない。まだかき入れ時ではないからだということはすぐに推測できた。


 他の客が周囲に座っていないテーブル席に2人が座ると、すぐに給仕女がやって来る。


「天国の酒亭へようこそ! どっちも見ない顔ね」


「たった今着いたところさ。ところで、旨い酒はあるか?」


「俺は肉とパンとスープがいい」


「どれも全部あるわ。2人分でいい?」


 告げられた金額と多少の心付けを2人が手渡すと、給仕女は上機嫌に受け取って調理場へと向かった。


 その後ろ姿を眺めながらクィンシーがつぶやく。


「ふむ、悪くないケツだな」


「あんなスカートの上からわかるのかよ?」


「腰を振って歩くと微妙にラインが浮かんでくるだろう? それで見極めるんだ」


「そんなの初めて知ったよ。まさかいつも酒場に入ると見てたのか?」


「当然だろう。こんな楽しみが少ない世界なんだ。せめて食い物と女で楽しまんとな」


 何ヵ月も一緒に旅をしていて始めて知った雇い主の一面にショウゴは衝撃を受けた。クィンシーの意見に反対はないが、ショウゴの場合は食い気の方に偏重しているのだ。


 雇った冒険者の表情を見たクィンシーが不思議そうに口を開く。


「ショウゴは女に興味がないのか?」


「そんなことはないよ。ないんだけど、なんていうか、特にこっちの大陸だと不潔すぎてちょっと手を出す気になれないんだ」


「あー、オレも最初はちょっとためらった。が、しばらくすると気にならなくなったな」


「俺はどうしても前の世界と比べてしまうからなぁ。悪い癖だとはわかってるんだけど」


「忘れろとは言わないが、いつまでも引きずってると人生を楽しめないぞ」


「そうなんだよなぁ。でも、食べ物はだいぶ慣れたよ。慣れなきゃ生きていけないし」


「まったくだ」


「はい、お待たせ~」


 話をしていると給仕女が料理と酒を持ってきた。それらを次々とテーブルに置いてゆく。


「まだ全部じゃないから、すぐに持ってくるわね」


「なぁ、お前はいくらなんだ?」


「あたしはそういう商売をしてないのよ。やってるお店があるのは知ってるけど」


「ちぇ、今日はいけると思ったんだけどな」


 苦笑いをした給仕女は手ぶらになると2人の座るテーブルから離れて行った。クィンシーがその尻を見つめている横で、ショウゴは自分のナイフで肉を切り取る。


 やがて諦めたクィンシーが木製のジョッキを傾けた。口を離して大きく息を吐き出すとしゃべり始める。


「それにしても、やっとここまでやって来たな。随分と長かった」


「1年近くかかったのは予定通りだったよな。トラブル込みでこのくらいって、よく見積もれたもんだ」


「さすがオレ様だな。完璧な見通しじゃないか」


「この調子で奇跡のダンジョンも攻略したいね」


「奇跡のラビリンスだ。混ざってるぞ、ショウゴ」


「俺としたらどっちでもいいんだけどな。で、実際のところ、その一番奥には何があるんだ?」


「はっきりとはわからん。あらゆる願いが叶う何かがあるらしいが、それがどんなものか調べるのが今回の目的だ」


「たったそれだけのために金貨を何百枚も惜しげもなく使うなんて、俺にはわからないなぁ。しかも片道1年近くかけて」


「凡人には崇高な使命が理解できんか。だが、報酬分は働いてもらうぞ」


「わかってる。奇跡のラビリンスだろうとどこだろうとついていくよ」


「お待たせ。残りよ。にしてもあんたたち、悪意のダンジョンに行くつもりなの? 危ないわよ、あそこ」


 続けて料理を持ってきた給仕女が2人の声をかけた。しかし、それ以上は口にせず去ってゆく。


 そんな給仕女の後ろ姿をしばらく眺めていた2人だったが、そのうち目の前の料理と酒に集中した。

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>2人がたどり着いたのはパリアの町である。モーテリア大陸東部の鉤爪かぎつめ海に面する港町だ。トラダ王国の南端に位置し、西大角の街道の終端の町であり、狭隘きょうあいの街道の始点の町でもある。元々は陸と海…
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