地下3層で出会う冒険者たち
冒険者ギルドの依頼を引き受けていた冒険者パーティと別れた後、ショウゴとクィンシーはいくらか歩いて調査済みの部屋に入った。ここで昼休憩にする。口にする物はいつもの保存食だ。それを薄いエールで流し込む。
今ではすっかり慣れたこの薄いエールだが、転移してきた当初のショウゴは高校生ということもあって抵抗感があった。しかし、生水が危険であり、飲める水がアルコール類のみだと知ってからは諦めて口にした経緯がある。異世界で衝撃を受けたことのひとつだ。
それはともかく、昼休憩が終わると探索の再開である。これからは今まで調べた通路に連なる扉の向こう側を調べるのだ。何があるかはこれからのお楽しみである。
「ショウゴ、行くぞ」
「わかった」
雇い主に促されたショウゴは立ち上がると背伸びをした。それから荷物を背負うと部屋を出る。以後は指示に従って動くだけだ。
探索は当初順調だった。多くが罠もなく魔物もいない部屋だったが、これらがたまにあったり宝箱があったりする。何もない部屋などは一般的にはスカ扱いだが、クィンシーに言わせると隠し部屋や魔物部屋をあぶり出す大切な情報だということだった。
このように地図と一片ずつ埋めていく作業を繰り返していた2人だったが、ある程度進んだところで異様な雰囲気の冒険者パーティに遭遇する。
それは、とある部屋を調べ終えて通路に戻ったときだった。すぐ近くの分岐路から声がしたかと思うと4人組の冒険者たちと出くわす。それだけならばいつものことなのだが、今回は相手の様子が今までとは違った。目をぎらつかせながらにやにやと笑っていたのだ。しかも、その鎧や衣服には黒い染みが付いている。
「なんだよ、テメェら」
「その部屋を調べて出てきたところだ。そっちこそ、随分と大きな麻袋を背負ってるな」
「テメェには関係ねぇだろ」
「それはお互い様だろう」
「あ? んだと」
「おいよせ、んなヤツラ相手にすんなって。早くこっから出てカネにしようぜ」
「チッ、命拾いしたな、テメェら」
声をかけてきた男がクィンシーに突っかかってきたが、それ以上は仲間の1人に止められて不機嫌なまま引き下がった。そうしてそのまま離れてゆく。
すぐ隣で様子を見ていたショウゴはかなり不快な気分になった。しかし同時に、まともではない連中だとも感じる。大きく膨らんだ麻袋を背負ったり重そうな巾着袋を腰に吊していることから相当稼いできたことはすぐにわかった。問題はどうやって稼いだかだ。
4人の姿が見えなくなったところでショウゴがクィンシーに話しかける。
「クィンシー、いきなりだったな」
「まったくだ。連中の目つきを見たか? ありゃろくでもない連中だぞ。もっとも、襲われたとしても返り討ちにはできただろうが」
「ああいう連中って、ここじゃ多いのかな」
「さぁな。ここを探索してたらそのうちわかるんじゃないか?」
「できれば知りたくないな」
「気を取り直して探索を続けるぞ」
大きく息を吐き出したクィンシーが宣言するとショウゴはうなずいた。自分たちには自分たちの目的があるのだ。いつまでも悪い感情を引きずったままというわけにはいかない。
落ち込んだ気分を奮い立たせたショウゴは雇い主の指示に従って動き始めた。いくつかの部屋を回るうちに気持ちがいつも通りになってゆく。
しかし、今日はどうも厄日らしい。調子が出てきてさぁ次の部屋と思いながらショウゴが通路に出ると、派手な足音を立てる冒険者パーティに遭遇した。
直線の通路の奥から近づいて来ると離れた所から声をかけられる。
「おい、そこの2人組! この辺りでフードを目深に被った女を見かけなかったか!?」
「見てないぞ」
「本当だな? ローブを着たヤツなんだが」
「ローブを着ててフードを目深に被ってるヤツがどうして女だなんてわかるんだ?」
近づいて来た4人組のうち、声をかけてきた男にクィンシーが問いかけた。前衛の位置で立っているショウゴは確かにそうだと思いながら目の前までやって来た4人の冒険者を見る。全員が怒りを露わにしていた。
問答していた男が言葉に詰まっている間にクィンシーがゆっくりと歩いてくる。
「一体何がどうしたんだ?」
「あーいや、実はだな、護衛の依頼を引き受けて依頼人と一緒に悪意のダンジョンへ入ったんだが、罠に誘い込まれて仲間が怪我をさせられたんだよ。それで、仲間を治療してからそのナメたマネをしてくれたヤツを追いかけてるところなんだ」
「依頼人に罠に誘い込まれた? 一体どんな状況なんだ」
「んなこたぁどうでもいいだろ! とにかく、ローブを着たヤツを見なかったんだな!?」
「そいつが1人だっていうのなら知らん」
「チッ、そうか」
怒りが収まらないという男はクィンシーの返答を聞くとそのまま小走りに去って行った。他の仲間の冒険者3人も後に続いて姿が見えなくなる。
その後ろ姿を見送りながら、ショウゴは今のやり取りを思い返していた。すると、なぜか以前酒場で見かけたローブの人物が頭に思い浮かぶ。目を離した隙に消えてしまった不思議な存在で、本当に実在していたのか怪しい人物だ。あまりにも脈絡がなさ過ぎて思わずため息が出る。
「今日は千客万来だな、クィンシー」
「まったくだ。しかも、どっちも怪しいときたもんだ」
「どっちも? 今さっきの4人もか?」
「護衛を依頼した依頼人が仕事を引き受けた自分たちを罠に引っかけたとあいつは言ってたが、どうしてそんなことをする必要があるのかわからない。それに、仲間が怪我をしたと言っていたが、誰も怪我なんてしてなかっただろう」
「そういえば」
「あれは、何かやらかしてそれを隠そうとしてるように見えたな。それが何かはわからんが。まぁ、関わる必要もないだろう」
自らの推測を開陳したクィンシーは最後に肩をすくめた。それからショウゴに探索を再開すると伝えて先に進むよう促す。
命じられたショウゴも小さくうなずいてから歩き始めた。やる気はもうあまりないが止めるわけにもいかない。
そんな2人は探索しているうちに魔物部屋を発見した。クィンシーの作成した地図でそれらしき場所を直前に見分けられたのだ。雇い主は中に入ろうか迷ったが、逆にショウゴが入って戦おうと主張する。落ち込んだ気分を紛らわせるためだ。八つ当たりともいう。
最終的にはクィンシーも同意して2人は魔物部屋に入って戦った。地下2層と比べて単純に魔物の数が2倍になっていたのだが、これが厄介で苦戦する。というのも、魔物の数が多くて戦いづらかったからだ。火壁で戦場を限定しても密度が高いものだからショウゴが魔物の波に飲み込まれ、クィンシーも1人で戦うような状態に陥ってしまったのである。
2人はこの状況を力業で突破した。ショウゴは持ち前の特別な能力で疲労を軽減しながら魔物を倒しつづけ、クィンシーは魔法で広範囲をひたすら蹂躙し続けたのだ。相手が一撃で倒せる小鬼や犬鬼だったから何とかなったものの、そうでなければかなり危険な状態に追い込まれていただろう。
「クィンシー、ここから下の階層の魔物部屋は今度から慎重に検討して入ろう」
「中層以下の魔物部屋のパターンが上層と同じなら、6層目と9層目は危険すぎるな。5層目と8層目も避けるべきか」
小さな魔石が床に散らばる部屋の中で2人は今後の話進めた。そうして方針を修正すると戦利品の回収をする。数が多すぎて実に面倒だったので2人は辟易とした。
それでも2人の精神的にはすっかり落ち着く。気持ちも切り替えられたので残りの時間を気持ち良く探索できるはずだった。
ところが、またしても嫌なものに遭遇してしまう。いくつかの部屋を探索した後のことだ。ある部屋に入ると身ぐるみを剥がされた男の遺体を4体も発見してしまった。
扉を開けて呆然とした状態でショウゴがつぶやく。
「なんだよ、これ」
「他の冒険者に襲われたな。魔物にやられたんなら身ぐるみなんて剥がされないだろうし。魔物にやられた冒険者の装備を追い剥ぎが剥いでいくことはあるが」
またもや非常に不快な気分になってしまったショウゴだったが、それでも検分するために遺体へと近づいた。派手に血を撒き散らしているものもある。
「刃物で斬られた跡があるから追い剥ぎにやられたか。それ以上のことはわからんな」
「もしかして」
調べ終えたショウゴが死体から離れてつぶやいた。思い出したのは昼食後しばらくして出会った4人組の冒険者たちだ。あの者たちがこれをやったと言われたらしっくりとくる。しかし、確証はない。
結局、2人は何もできずにその場を立ち去った。遺体はそのままである。放っておけばそのうち消えてなくなるからだ。それが悪意のダンジョンの作法である。