地下3層
2度目の探索を始めて一夜が明けた。前日は悪意のダンジョンに入って地下3層まで降りるのに時間がかかったのであまり探索できていない。しかし、それは移動の問題として事前にわかっていたことなのでショウゴもクィンシーも気にしていなかった。
それよりも今日からの探索である。前日に魔物と戦って数の多さを実感した2人は行動の方針を微調整して挑んだ。その分ショウゴがいくらか危険になるが、それは当人も承知の上である。
野営地として選んだ部屋の中で準備を整えた2人は早速行動を開始した。先頭はショウゴで後方がクィンシーという立ち位置は同じだが、移動するときは2人同時ではない。先にショウゴが分岐路や曲がり角のように隠れる場所がある所へと赴いて様子を窺い、安全が確認できたらクィンシーが進むのだ。これで何かがあった場合、ショウゴは全力で逃げることだけを考え、クィンシーは不意打ちに怯えることなく魔法を使える。
そんな思惑で2人は新しい行動方針で動いた。前よりも時間がかかるが安全を優先したのだ。そうしてまずは通路を探索していく。降りてきた階段を中心に未踏地の通路を確認していった。
何度目かの分岐路を確認し終えたショウゴがクィンシーに声をかける。
「今のところ通路に罠はほとんどないな」
「この調子だと地下1層や地下2層と同じ程度だな。仕掛けられてる罠も同じことから、魔物の方に注意した方がいいのかもしれん」
「あっちは数が増えたもんな。1匹ずつは大したことなくても、数が増えてくると厄介だ」
「調べ上げたことは今のところ正しかったことが証明できてるから、他の知識も役に立つはず。その点は安心していいだろう」
「4人組のパーティだとちょうどいいのかもしれないな、あの魔物の数って」
「ああそうか、オレたちは2人組だから少し面倒なのか。その観点は抜け落ちてた」
「でも、6人組だと今度は稼ぎの問題が出てきそうな気がする」
「恐らく、そういう連中は地下4層以下で活動してるはずだ」
雇い主の言葉にショウゴはなるほどとうなずいた。下の階層に行くほど魔物は手強くなっていく。その対抗策として数を揃えるというのは正しい選択のひとつだ。
話が終わったところで2人は探索を再開した。1度に表れる魔物の数が多少多いこと以外は上の階と大差ないので、魔物さえ現われなければ探索は順調に進む。
非常に良い感じで探索は進んでいるが、一点だけ悩ましいことがあった。それは、なかなか隠し部屋が見つからないという点である。地下1層でひとつ見つけて以来、今のところ発見できていない。ショウゴからするとどうでも良いことだが、反対にクィンシーは非常に残念がっている。しかし、どこにあるのかわからない以上、こればかりは運を天に任せるしかなかった。
このように小さな不満を抱えつつも大きくつまずくことなく探索していた2人だったが、そろそろ昼休憩というときになって変化が現われる。
「ショウゴ、そっちはとりあえずいい。通路の探索はこんなものだろう」
「ということは、昼休憩か?」
「そうだな。そうしようか。昼からはこの辺りから扉の向こうを調べていくぞ」
「わかった。ん?」
雇い主の昼休憩宣言で肩の力を抜いたショウゴは後方から聞こえる音に反応した。その様子に気付いたクィンシーは背後を振り向く。
「どうした? 魔物か?」
「何か音が聞こえる。あっちの分岐路当たりからか? 魔物なのかな。ちょっと見てくる」
一言断りを入れたショウゴはできるだけ足音を立てずにゆっくりと分岐路へと近づいた。聞こえる音は少しずつ大きくなり、どうやら人間らしいことがわかる。
分岐路の奥を見ようとショウゴは静かに顔を出した。すると、先の方で冒険者4人が通路の床、壁、天井を見ながらゆっくりと近づいて来るのを目にする。
一見すると4人組は通路を進むために警戒しているように見えた。それはもちろんショウゴも常時していることだ。しかし、4人全員が警戒する区域を決めて丹念に見て回るというのはやり過ぎのように思える。あまり移動速度が遅いと探索できる範囲が狭くなりすぎてしまうからだ。この辺りは兼ね合いになるので難しいところである。
次いでショウゴが思い付いたのは何か特定のものを探している場合だった。これならあれだけ丹念に調べている理由になる。問題は、あの何もなさそうな通路で何を探しているかだ。
今の自分で調べられることを確認したショウゴはクィンシーの元へと戻る。
「クィンシー、あっちの分岐路の向こうに冒険者4人がいた。何かを探しているかのように通路のあちこちを調べてるように見えたぞ」
「何かを調べてるか。オレも見てみよう」
今度は2人一緒に分岐路の手前までやって来た。そして、クィンシーがその奥を覗き込む。しばらくすると顔を引っ込めた。
じっと待っていたショウゴはクィンシーに小声で話しかけられる。
「確かに何かを探してるかのようだな。もしかして、隠し扉があの辺りにあるのか?」
「え? 隠し扉?」
「そうだ。一見何もなさそうな通路に何かあるとすれば、それくらいしかないだろう」
「クィンシーの地図だとあの辺りはどうなってるんだ?」
「あそこはまだ調べてないだろう。くそ、先を越されるかもしれんとは」
かなり悔しそうな表情を浮かべるクィンシーを見てショウゴは戸惑った。相手の意図がわからないのは同じなので何とも言えないが、それでも隠し扉ではないような気がしている。というのも、例の4人は床や天井にも目を向けているからだ。もちろんそこに隠し扉がないとは言い切れないが、やはり腑に落ちなかった。
不安そうな顔をする雇い主を見ているとショウゴは告げられる。
「よし、こちらから接触しよう」
「それはいいけど、どう話しかけるんだ?」
「たまたまこっちに来たという風を装って挨拶すればいいだろう。後はそのとき次第だ」
なぜそこまで隠し部屋にこだわるのかわからないまま、ショウゴはクィンシーの言葉にうなずいた。止める理由もなかったので素直に従う。
などとのんきに構えていたショウゴはクィンシーに先に進むよう指示された。いつもの隊形で自然体で振る舞うためだという。自分が前衛だということを思い出して肩を落とした。
大きく息を吐き出して気を取り直したショウゴは堂々と歩いて分岐路へと曲がる。背後に雇い主の気配を感じつつ少し先にいる4人組の冒険者を見た。相手がこちらに顔を向けてきたのを確認してから声をかける。
「やぁ、何をしてるんだ?」
「仕事だよ。あんたたちは誰なんだ?」
「俺はショウゴ、冒険者だ。こっちが雇い主のクィンシーで、やっぱり冒険者だよ。パーティってわけじゃないけど、2人組ってとこかな」
「オレはジェイラス、銀の猫のリーダーだ。見ての通りオレたちは冒険者パーティさ。雇用関係で2人組っていうのも珍しいな」
指摘されたショウゴは苦笑いした。言われてみればその通りだからだ。しかしそうなると、冒険者が冒険者を雇うのも珍しいかもしれないと思う。
黙ったショウゴに代わってクィンシーが前に出た。そして、ジェイラスに顔を向ける。
「クィンシーだ。オレたちはこの辺りを探索して回ってるんだが、あんたたちもか?」
「そうだ。とはいっても、実は引き受けた依頼のためにあちこち探し回ってる状態だがな」
「依頼? どんなものだ」
「黒猫の捜査だ」
横で話を聞いていたショウゴは目を見開いた。冒険者ギルドで悪意のダンジョン関連の依頼について話を聞いていたときに聞いたことがある仕事だ。これに関しては後日クィンシーにも話してあるのでどの概要くらいは雇い主も思い出しているはずだと考える。
「冒険者ギルドで聞いたことがあるな。貴族からの依頼だったか」
「それだ。オレたちはそれを引き受けたんだ。そっちも引き受けたのか?」
「いや、興味がなかったから引き受けてないぞ」
クィンシーの返答を聞いたジェイラスとその仲間があからさまに緊張を解いたのをショウゴは目にした。早い者勝ちの依頼なので気持ちはわかる。
「なぁ、あんたらは黒猫を見かけたことがあるか?」
「あるぞ、2回ほどだが」
「そうなのか!? 教えてくれないか?」
「対価を支払ってくれるのなら構わんぞ」
ちらりと目を向けてきたクィンシーにショウゴは小さくうなずいた。今のところこちらにとっては何でもない話なので、金銭に替えられるのならば特に反対はしない。
その後、クィンシーとジェイラスが話を進めた。金額をつり上げ、2度見た場所を小出しにして対価を2回支払わせるその交渉にショウゴは呆れつつも引く。相手がかわいそうに思えたくらいだ。
話が終わると、顔を歪めたジェイラスたちを残して2人はその場を去った。