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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第1章 上層
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再び悪意のダンジョンへ

 数日間休んだショウゴとクィンシーは準備を済ませるパリアの町を出発した。初回と同じく町から西にある悪意の山脈を目指す。


 まだ肌寒い春先の風を浴びながらショウゴとクィンシーは1歩ずつ進んだ。1度往復したので迷いはない。


 昼下がり頃には地面が傾いたので山脈の麓に入ったことに2人とも気付く。それ以外に見た目で大きな変化はない。


 今回は他の冒険者と1度すれ違う。相手は2人に気が付くと最初は珍しそうに眺め、近づいた頃には興味をなくしていた。一稼ぎして町に帰還する途中のようである。


 町を出た翌日、2人は朝の間に悪意の山脈の切り立った山腹に出くわした。悪意のダンジョンへ至る穴が大きく開いている。4人ほど並んで通れる大穴は不揃いな石で固められていた。


 ここでクィンシーが背負っていた荷物を下ろして長杖(スタッフ)を取り出す。そして、荷物を背負い直すと穴に入る直前、呪文を唱えてその頭上に光の玉を出現させた。それはそのまま詠唱者についていく。


 天井近くとふわりと流れるように動く光の玉が周囲を照らした。不揃いな石で固められた穴は悪意の山脈の山腹からまっすぐ奥へと続いている。一見するとすぐに崩れそうにも見えるが、意外にも丈夫なことは既に2人とも知っていた。


 照らされる穴の風景を感心しながら眺めていたショウゴも横穴の奥へとたどり着く。そこには縦穴が下へと垂直に伸びており、螺旋状の階段が壁に沿って下に向かって続いていた。底は光が届かず真っ暗だ。


 そのまま立ち止まらずに2人はクィンシーを先頭に階段を降り始めた。光の玉は縦穴の中央に空いている吹き抜けの部分をゆっくりと下がってゆく。


 時間をかけて降りた2人はやがて縦穴の底へと着いた。そこから壁に空いている出入口を通り過ぎると大きな空洞に出くわす。剥き出しの岩や大きな空洞の天井には氷柱(つらら)状の鍾乳石があちこちにある。


 この大きな空洞の奥に悪意のダンジョンはあった。明らかに人工物とわかる石造りの壁には同じ大きさの大きな石が規則正しく敷き詰められている。また、その壁の中央には大きな半楕円形の入口があり、その(ふち)は均整の取れた男女の石像に支えられていた。


 ここでもう1組の冒険者とすれ違って2人は建物の中に入る。すると、床、壁、天井を構成する石材ぼんやりとした明るさで光っていた。


 大きな広間で立ち止まったクィンシーがショウゴへと振り返る。


「ここからは前を任せるぞ」


「わかった。階段までの案内を頼む」


「任せておけ。地下3層へ降りる階段まで一気に行くぞ」


 右手に長杖(スタッフ)、左手に地図を持ったクィンシーが号令をかけた。それに応じてショウゴが歩き出す。


 既に1度通ったことのある通路を進むので2人の足に迷いはなかった。雇い主から的確に出される指示に対してショウゴはすぐに対応する。昼過ぎには地下2層に続く階段のある部屋にたどり着いた。広めの部屋の奥に階下へと続くそれがある。


 その階下へと続く階段のぽっかりと空いた穴を目にしたショウゴは何か足りないと感じた。最初はそれが何かわからなかったが、少し考えると思い至る。


「そうだ、今回はあの猫がいないんだ」


「猫? あの黒猫か」


 石造りで寸分の狂いなく正確に積み上げられた階段を前にショウゴは立ち止まった。その後ろを歩いていたクィンシーがショウゴの独り言を拾う。


「ここをねぐらにしてるんじゃなければ、いないのは当然だろう」


「まぁな。迷宮の中にいること自体が不思議だけど」


「猫のことは今考えても仕方ない。先に進むぞ。今日中に地下2層も通過するんだからな」


 背後から声をかけられたショウゴはうなずいた。期限を決めて探索をしているわけではないのでその点は自由だが、持てる水と食料には限りがあるので1回当たりの探索日数には限りがある。下の階層に行くほどその条件が厳しくなるので、探索を繰り返す度に時間の制限はきびしくなるのだった。


 このことを思い出したショウゴは前を見て階段を降り始める。長い階段を降りると見た目はまったく変わらない地下2層にたどり着いた。この階層も既に地図があるのでクィンシーの指示で無駄なく進む。


 そうして、淀みなく歩いた先の部屋に地下3層へ続く階段のある部屋に2人はたどり着いた。そのまま階段へと近づく。


 ここにも黒猫はいなかった。どこかに行ってしまったのだろうとショウゴは内心で思う。悪意のダンジョンの中なので魔物に殺された可能性も充分あるが、なぜか死ぬところを想像できない。別に同情しているわけではなく、本当にあの生き物が死ぬとは思えないのだ。


 階段の手前で立ち止まったショウゴが振り返る。


「クィンシー、まだ時間はあるけど、下に降りるのか?」


「降りよう。今日は地下3層の階段近辺の通路を探索して終わりにするぞ」


「わかった。魔物がどうなってるかだよな」


「なに、オレたちならどうとにでもなるさ」


 自信ありげな笑顔を見せるクィンシーにショウゴはうなずいた。前に向き直ると階段を降りる。ひとつ前のものとまったく変わるところのない階段だ。実は同じ階段をもう1度降りているのではないかと錯覚するくらい異なる箇所がない。


 階段を降りきった2人は地下3層にたどり着いた。やはりまったく同じ石造りの部屋だ。


 クィンシーはすぐに地図の作成に取りかかった。ペンで羊皮紙に描き込んでゆく。


 この間、ショウゴは周囲を警戒していた。階段の対面の壁に扉があるが、人型の魔物だと容赦なく開けてくる。なので油断はできない。


 羊皮紙とペンを持ったままのクィンシーがショウゴに声をかける。


「もういいぞ。この階段のまわりをぐるっと回ろう。右回りでだ」


「わかった」


 指示を受けたショウゴは扉に近づいて罠がないことを確認した。それからゆっくりと開けて扉の向こうを見る。少しまっすぐ通路が伸びていて、突き当たりで左右に分かれている。物音がしないということは近くに動くものはないということだ。


 確認した結果をショウゴがクィンシーに伝えると階段のある部屋を出た。できるだけ足音を立てずに突き当たりまで進み、左右に分かれている通路の先を確かめる。


「クィンシー、少なくとも魔物は周囲にいない。罠もここからだとないように見える」


「わかった。三叉路の所で一旦地図を描く。お前は進行方向で待機してくれ」


 地図を描くクィンシーの側を通り抜けたショウゴは指示通りに三叉路を右折した。すぐに立ち止まって周囲に目を向ける。そのとき、前方から何か音が聞こえてきた。片手半剣(バスタードソード)を鞘から引き抜くと雇い主に声をかける。


「前から音が聞こえる。声かもしれない」


「ちっ、せめて地図を描ききってからにしてほしかった」


 顔を歪めながらもクィンシーは羊皮紙とペンをしまうと長杖(スタッフ)を手に持った。それとほぼ同時に通路の奥の曲がり角から魔物たちが姿を現す。


 その魔物たちは小鬼長(ホブゴブリン)小鬼(ゴブリン)の集団だった。しかし、数が多い。小鬼長(ホブゴブリン)こそ1匹だが、小鬼(ゴブリン)は9匹もいる。こちらも先頭を歩いている者たちがショウゴとクィンシーに気付いたようだ。それが騒いで走り始めると、後続の魔物たちも同じように駆ける。


「魔物の数が上の階の倍くらいに増えてるな!」


「全部をちまちま相手にするのは面倒だな。ちょっと脇にどけ」


 言われたとおりにショウゴが横に移動するとクィンシーが呪文を唱えながら長杖(スタッフ)を突き出した。すると、氷の塊が次々に飛び出して魔物たちにぶつかる。


 魔物の不快な叫び声が聞こえ始めるとショウゴは駆け出した。雇い主の魔法で痛めつけられて転げ回る魔物は後回しにして、範囲外で難を逃れた魔物に突っ込む。最初は小鬼(ゴブリン)、次いで小鬼長(ホブゴブリン)と順番に倒していった。


 戦いの決着はほどなくしてつく。床に転がるのが小さな魔石だけになるとショウゴが振り向いた。近づいて来るクィンシーに声をかける。


「こいつらの強さは地下2層と変わらなさそうだな」


「みたいだな。ただ、数が倍に増えてる。これが地下3層なんだろう」


「普通の戦いでも魔法なしだと時間がかかりそうだ」


「逆に言うと時間がかかるだけだな。他のパーティだともっと下の階層に行ってる連中も多いから、この程度でオレたちがつまずくのは許されんよ」


「こういう遭遇戦で今度から初撃は魔法を使うことにするか?」


「できるだけそうしよう。幸い、オレの魔力の量は多いから、遭遇頻度が高くなければ充分やっていけるしな」


「そうなると、後は分岐路の角から襲われて乱戦になるのを気を付けるくらいだな」


「ショウゴが先行して偵察するのを徹底するか」


「そうした方がいいな」


 先の戦いを振り返りながら2人はこれからの行動方針を修正した。状況に合わせて戦い方を調整しないと思わぬ所でやられかねない。


 2人は知恵を絞って生き残る方法を考えた。

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