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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第1章 上層
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初回の感触

 地下2層で偶然発見した悲鳴の部屋に驚きつつも、ショウゴとクィンシーは探索を続けた。たまに襲いかかってくる魔物の排除が地味に面倒だが、それを除けば地図の製作は順調である。


 ただ、肝心の地下3層に続く階段が見つからない。目下これが悩みだった。地下1層へ続く階段のある場所を中心に探索しているがどこも空振りなのだ。探索に時間をかけらるとはいえ、面白い状況ではない。


 羊皮紙に描き込んだ地図を睨みながらクィンシーが首を傾げる。


「クィンシー、どうしたんだ?」


「探索の範囲を広げようかと考えてるんだ。どうも予想した範囲にはなさそうなんでな」


「あの登る階段の近くに降りる階段があるはず理論だったか?」


「その言い方はバカみたいに聞こえるからやめろ。大体、理論というほどのものじゃない」


「まぁその辺は何だっていいよ。それより、その空白部分がまだ残ってるんだから先に片付けよう。考えるのはそれかでもいいんじゃないか?」


「確かにな。それじゃ、行こうか」


 休憩が終わると2人はいつものように探索を再開した。探索済みの通路に囲まれた最後の空白区画を埋めるべく、最初に取りかかる部屋の扉の前に立つ。そして、罠の確認をしてから扉を開けた。すると、広めの部屋の奥に階下へと続く階段が目に入る。


 探し求めていたものを見つけたショウゴは背後を振り返った。そこには半ば呆然としているクィンシーが立っている。


「クィンシー、あったな」


「そうだな。ここだったのか」


「案外簡単に見つけられて良かったな。調子いいじゃないか」


「そうでもないだろう。この階層に降りてきて結構探索したじゃないか」


「大体2日くらいだっけ。まだ何日もかかると考えてたから、順調だと思ってたよ」


 明るい調子でショウゴが反論すると、クィンシーは少し困った表情を浮かべて黙った。2人の時間に対する感覚の違いが浮き上がる。ショウゴとしては各層で1週間くらいは探索すると思っていたので今の状況は快調なのだ。


 2人の間に微妙な雰囲気が漂い始めたが、ともかく階段を見つけることができた。いつまでも見つめ合っていても仕方ないのでショウゴが先に動く。再び階段へと体を向けて歩こうとした。すると、階下へと続く階段のぽっかりと空いた穴の片隅に猫がちょこんと腰を下ろして座っているのだ。金色の眼に黒一色の毛並みが可愛らしくも凜々しく見える。非常に上品そうに見える黒猫だ。


 目を見開いたショウゴが立ち止まる。


「あれって、地下2層に降りる階段で見かけた黒猫なのか?」


「かもしれないな。見た目が似てる猫なのかもしれないが」


「同じ猫のように思えるぞ」


「可能性はあるが、いや、やはりおかしいだろう。この部屋の扉は閉じていたんだぞ。同じ黒猫ならどうやって開けて入ったんだ?」


「誰かに開けてもらったとか?」


「確かにその可能性はあるが、ああもう、推測ばかりだな。全然わからん」


 扉の所で立ったまま2人は顔を見合わせて黒猫について語り合った。どうにも奇妙な猫である。この悪意のダンジョンの中で一体どうやって生き延びて、なぜここにいるのかがわからない。


 どうしたものかと2人が動きあぐねていると黒猫が先に動く。


「にゃぁ」


 可愛らしい鳴き声を上げると、その黒猫は背を向けて階段を降りていった。それきり、室内は再び静かになる。


 ショウゴとクィンシーは階段に近づいた。それ自体は通路や部屋と同じ石造りで寸分の狂いなく正確に積み上げられている。その階段の階下を2人して覗いてみた。しかし、ずっと続く階段が見えるだけである。


「下に降りたのか」


「猫が走るとどのくらい速いのかは知らんが、もう姿が見えないな」


 浮かんだ疑問で首を傾げたクィンシーだったが、すぐに軽く頭を左右に振ってから周辺を見て回る。


 一方、ショウゴはそのまま階段の奥を見つめたまま黒猫のことを考える。前と同じようにあの黒猫に見つめられていた気がしたのだ。遠目で見ただけなので勘違いしている可能性は当然あるが、妙にそう思えて仕方がない。


 そしてもうひとつ、この再会は果たして偶然なのだろうかという思いがショウゴの胸の内に湧き出ていた。階段近辺で待っていれば登るにしろ降りるにしろ必ず会えるが、果たして猫がそんなことをするのだろうかという疑問がある。何しろショウゴたちは餌付けさえしていないのだ。待ち受けられる理由がない。それに百歩譲って猫が待つという何らかの理由があったとしても、初めて見かけた地下1層にある階下へ続く階段の部屋だろう。魔物のような敵意はまるで感じられなかったが、それだけに謎は深まるばかりだ。


 ショウゴが色々と考えているとクィンシーから声をかけられる。


「ショウゴ、地図を描き終わったから先に行こう」


「下に降りるってことか?」


「そうだ」


「一旦町の戻った方がいいと思うんだ。この4日間で手に入れた魔石や道具が結構かさばってきただろう。これを換金して身軽になってから下に降りた方がいいんじゃないか?」


「結構重くなってきてるのは確かだな」


「それに、2回魔物部屋(モンスターハウス)を攻略して貨幣も大量に手に入れただろう。あれを両替するべきだと思うんだ。さすがに銀貨と銅貨ばっかりはかさばって仕方なさすぎるぞ」


「まぁな。だったら、一旦町に戻るか」


「ここの階段を地図に描き込んだんだったら、次はすぐにたどり着けるからな。焦る必要はないと思う」


「明日になると内部構造が変わってるかもしれんぞ?」


「そんなことを言ったら、地図を描く意味なんてなくなるじゃないか」


「はっ、そりゃそうだ。わかった、今回は戻ろう」


 最後に笑ったクィンシーが肩をすくめた。そうして踵を返して部屋を出る。


 階段のある部屋から出た2人は地下1層へ続く階段を目指した。ショウゴが先頭に立ち、後方のクィンシーが指示を出した通りに進んでゆく。既に探索した通路なので進むのが速い。


 地下1層に戻って来たところで砂時計の砂が尽きた。これでこの日の活動は終わりである。2人は近くにある部屋に入って野営を始めた。


 床に座った2人は夕食代わりの干し肉と黒パンを囓る。干し肉は辛く、黒パンは味気ない。慣れればなんということはないが、最初の頃は顔をしかめたものだ。


 そんな質素な食事をしているショウゴにクィンシーが話しかけてくる。


「ショウゴ、今回の探索はどうだった?」


「終わってみればこんなものかと思うけど、個別でちょっと思うことはあったかな」


「この階層で出会った冒険者たちのことか?」


「そう。最初から全力で警戒するっていうのはやっぱりしんどいな」


「この奇跡のラビリンスの中で初めて会った冒険者パーティがそんな感じだったか」


「そうだったな。今ならあの人たちの気持ちが少しわかるよ」


「オレもだ。あそこまであからさまに警戒する必要はないが、ただ、用心はしておく必要がある。薬を求めてきた連中みたいなのが、この先いるだろうからな」


「さすが悪意のダンジョンと呼ばれるだけのことはあるな、ここは」


 雇い主からの返答が来ないまま会話が途切れた。ショウゴとしては今後どうするかということは決めているが、クィンシーにはまだ言っていない。良い顔はしないとわかりきっているからだ。良くない態度ではあるものの、今のところ考えを変える気はない。


 しばらくすると再びクィンシーが問いかけてくる。


「他には何かあるか?」


「う~ん、そうだなぁ。まだ地下2層までしか行けてないけど、ここだけでも充分に金を稼ぐことはできそうだと思った。何しろ俺たちの麻袋がいくつかいっぱいになったからな」


「しかしこれは、魔物部屋(モンスターハウス)の成果があってこそだろう。それを差し引くとどうだろうか?」


「ほとんどの魔石と硬貨と道具を差し引くと、いや、やっぱり結構あるんじゃない? たまに宝箱を見つけてたし」


「確かに」


「地下2層まででこれだけ稼げるんだったら、次の地下3層ならもっと稼げるはず。真面目にやったら上層と呼ばれてる場所でも充分やっていけるんじゃないかな」


 雇い主の質問に答えたショウゴは手に持っている干し肉を噛みきった。いくらか噛んでから水袋を口にする。それから再びよく噛んだ。


 食事が終わると就寝時間がやって来る。最初にショウゴが見張りのために起き続け、クィンシーが横になった。室内が静かになる。


 今回初めて悪意のダンジョンを探索したショウゴは、この調子でやっていけるのならば何とかなるのではと思っていた。当然階下へ進むにつれて条件が厳しくなっていくだろうが、それは他の遺跡でも同じことだ。今のところ特別だと思えることはない。ならばやっていけるはずだと内心で自分を鼓舞する。


 早く町に戻って休みたいなと思いつつ、ショウゴは夜の見張り番を続けた。

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