冒険者の成れの果て
魔物部屋での戦いが終わった後、ショウゴとクィンシーは調査済みの部屋で野営を始めた。やることは今までと同じで、保存食を食べてから1人は眠り、もう1人が見張りとして起きる。後は鐘の音1回分ごとに見張り番を交代するだけだ。
今回はクィンシーが最初に見張り番を務め、ショウゴは眠った。特別な能力のおかげであまり疲れていないがすぐ眠りに落ちる。休むのも仕事のうちである冒険者にとって寝付きの良さは必須の能力だ。
ショウゴが次に目覚めたのはクィンシーに肩を揺すられたときである。すぐにまぶたを開いて顔を上げた。同時に雇い主からの報告が耳に入る。
「時間だ。異常なし。まぁこんなもんだろう」
「了解。あー、こっから鐘の音1回分かぁ」
伝えるべきことを言い終えたクィンシーが横で眠るのを尻目に、ショウゴは背伸びをしてから立ち上がって体をほぐした。それからまた座って壁にもたれる。
とりあえずぐるりと室内に目を向けた。石造りの床、壁、天井がぼんやりと光っている。ぼんやりとした明かりが全体を満たしていた。出入口は今2人が陣取っている場所の対角線にある。扉付きなので向こう側は見えない。
何もなければ、これから鐘の音1回分の時間だけずっとこのまったく変化のない景色を見続けることになる。どうしても耐えられなければ体を動かせばいいが、疲れるほど動かすと本末転倒だ。そのさじ加減を間違えてはいけない。
今回は簡単な武器の手入れでもしようかと考えながらショウゴが起きていると、突然扉が開いた。何事かと確認する前にクィンシーを起こす。
「クィンシー、起きろ!」
隣で跳ね起きる雇い主の気配を感じながらショウゴは片手半剣を鞘から引き抜いた。部屋に入ってきたのは小鬼長1匹と小鬼3匹だ。すぐに襲ってくるのかと思いきや、どうやら先客がいるとは思っていなかったらしく、扉付近で少しの間固まっていた。
「我が下に集いし魔力よ、凍える水となり 氷を撒き散らせ、雹」
魔物の致命的な隙を逃さなかったクィンシーは呪文を唱えた。詠唱が終わると突き出した長杖から多数の雹が現われて扉付近一帯に高速で突っ込んでいく。
氷の石礫を多数受けた小鬼たちは悲鳴を上げてその場に倒れた。そのまま床を転げ回る。
その間にショウゴは魔物たちに近づいた。最初に小鬼長を倒すと、以後3匹の小鬼にとどめを刺してゆく。
「全部倒したぞ。外にも残りは、いないな」
「わかった。扉は閉めておいてくれ」
通路近辺まで確認したショウゴが部屋に戻ってくるとクィンシーから声をかけられた。床に落ちている小さな魔石を拾ってから開け放たれている扉を閉める。
野営地である部屋の片隅に戻って来たショウゴは腰を下ろした。それから腰の水袋を手に取って口に付ける。
「やっぱり人型だと扉を開けて入ってくるな」
「人がいるとは思ってなかったようだがな。さすがにこのくらいのことはしてくるだろう」
「今回は魔法を使ったんだ。珍しい」
「眠っているところだったから、手間をかけたくなかったんだよ。それじゃ、オレはもう寝るからな」
質問に答えたクィンシーはさっさと横になった。すると、すぐに寝息を立てる。
雇い主の気持ちがよくわかったショウゴは小さなあくびをしつつも見張りを再開した。
翌日、ショウゴとクィンシーは起きてから出発の準備を整えると野営していた部屋を出た。昨晩魔物の襲撃を受けたので今日は少し慎重に進む。
「今日は朝の間に通路を探索して、昼から部屋を調べるぞ」
「隠し部屋が見つかるといいんだけどな」
「まったくだ。ついでに何か珍しいお宝でもあれば言うことなしだ」
「そういえば、この地下2層にはろくでもない部屋があるんだったよな。幽霊の部屋?」
「悲鳴の部屋だ。確かに霊体はいるが」
若干呆れの入った声でショウゴは発言を訂正された。特に気にすることもなく前方の警戒を続ける。
この悲鳴の部屋というのは多数の霊体が集まっている特定の部屋のことだ。冒険者ギルドにある資料によるとこの悪意のダンジョンで死んだ冒険者らしいということだった。はっきりとわからないのはかなり薄くてよく見えないためである。また、生者と死者は互いに触れることはできないため、その場にいる限り延々と苦しむ様子を眺めることになるということだった。
なぜそんな部屋があるのかは誰にもわからないが、一説には見せしめではないかとも言われている。もちろん悪意のダンジョンが何を考えているのかなどわかるはずもないので真相は永遠に闇の中だ。
2人の目的は下の階層に降りることなので悲鳴の部屋に寄る必要はない。ただ、ダンジョンの内部構造が不定期に変化するときにこの部屋の位置も変わるらしいので、今回現われた場所によっては遭遇する可能性はあった。
特に見たい部屋というわけではないが、当たってしまったらそのときはそのときというくらいの気持ちで2人は探索を続ける。今の目標は地下3層へ続く階段がある場所と隠し部屋の2つだ。隠し部屋は次いでだが、クィンシーがご執心なので目標のひとつに入っている。幸い、階段の方を優先してくれているので本来の目的は見失っていないようだが。
ただし、必要としているものはなかなか見つからず、どうでもいいものは見つかりやすいという法則はこの異世界にもあるらしい。昼休憩後、探索対象を部屋に切り替えてしばらくすると話題にしていた場所を発見してしまった。
扉に罠がないかを確認した後、それを開けたのはショウゴだ。その瞬間、うっすらとしたうめき声が多数耳に入る。
「なんだこれ?」
「ちっ、悲鳴の部屋のようだな。本当に霊体がいくつもいやがる」
「冒険者に見えなくもないけど、こんなに」
「ショウゴ、なんと言っているかわかるか?」
「えぇ? えっと、苦しいとか、助けてとかはかすかにわかるけど、それ以上は」
「オレも同じだ。これは中に入りたくないな。互いに触れられないとしても」
嫌そうな顔をしながら悲鳴の部屋を眺めるショウゴに顔をしかめたクィンシーが吐き捨てるように言った。中には何もなさそうなのでわざわざ入る理由もない。
それにしても、多数の霊体がつぶやくような声で苦しみの声を上げているのは何とも不気味な様子だった。また、ほとんど輪郭しか見えないというのも逆に不安を煽られる。やたらと想像力が働いてしまうからだ。
悲鳴の部屋を見ていたショウゴがぽつりと漏らす。
「この悪意のダンジョンで死んだら、みんなこうなるのかな」
「さてな。それは実際に死んでみないとわからん。もっとも、オレはここで死ぬ予定はないから永遠に結果を知ることはないだろうがな。お前はどうなんだ?」
「俺もこんな場所で死ぬ予定はないよ。それにしても、これって成仏させられないのかな」
「どうだろう。試したという記録はなかったから、誰もやったことがないんじゃないのか? 聖職者の連中がここに来てそんなことをする理由もなさそうだしな」
「あんな立派な建物を建ててるんだから、少しくらい無料でやってもいいと思うんだけどな。奉仕活動っていうんだっけ?」
「おいおい、外で滅多なことを言わないでくれよ。今の話を聞かれて鐘の音1回分説教だなんて勘弁だからな」
「わかってるって」
「幸い、オレたちに気付く様子もないようだな。そろそろ行くか」
「この部屋の地図は描かなくてもいいのか?」
「おっとそうだった。この景色が衝撃的過ぎて忘れてたぜ」
苦笑いをしつつ羊皮紙とペンを取り出したクィンシーが地図を付け加え始めた。
ショウゴは一歩下がってその様子を眺める。待っている間、この霊体について考えてみた。
この悪意のダンジョンで多数の冒険者が命を落としているというのは資料からも人の話からも見て明らかだろう。ダンジョンのどこで死んだのかは正確にはわからないが、どの階層でもそれなりに死亡者はいるように思えた。
そう、地下1層でもだ。まだ弱い魔物や数少ない罠であっても死ぬ可能性はもちろんあるし、嫌なことに同業者に殺される可能性もある。そこでふと疑問が湧いてくる。仮に同じ冒険者に殺されたとしても、魔物や罠で死んだときと同じく悪意のダンジョンに魂が囚われてしまうのだろうか。
「よし、描けた。ショウゴ、もういい」
「わかった。それじゃ行こう」
次第に嫌な想像巡らせ始めていたショウゴはクィンシーの言葉で意識を現実に戻した。雇い主が道具をしまっている間に頭を軽く振って思考を振り払う。それから開けていた悲鳴の部屋の扉を閉じた。周囲が再び静かになる。
いつでも動けるとクィンシーが伝えてくるとショウゴはうなずいた。雇い主の指示に従って先頭を歩く。そうして何事もなかったかのように悪意のダンジョンの探索を再開した。