地下2層
階段を降りた先の風景はそれまでのものと何も変わらなかった。床、壁、天井は相変わらず規則正しく石材が嵌め込まれ、ぼんやりとした明るさで光っている。階段がなければ同じ地下1層と言われても気付けない。
地図を描き終えたクィンシーがショウゴに声をかける。
「それじゃ先に進もう。資料だと上の階と基本的な構造は変わらないらしいが、慎重にな」
「わかってる。魔物も強くなってるんだったよな」
互いに気になる点を伝え合った2人は移動を始めた。今まで通りショウゴが先頭でクィンシーがその後に続く。
階層がひとつ下がって地下2層になったわけだが、探索の方法は今までと何も変わらない。ショウゴが罠や魔物に備え、クィンシーが周囲の状態を観察する。
上の階と同じように2人が通路から探索していると、分岐路の向こう側から声が聞こえてきた。ショウゴが立ち止まって振り返る。
「あの向こう側に魔物がいる。たぶん、小鬼」
「まずは見て確認だな」
2人は忍んで分岐路まで近づき、静かに顔を出した。すると、6匹の小鬼たちがしゃべりながら近づいて来る。
すぐに顔を引っ込めた2人は小声で手早く打ち合わせた。こちらに近づいて来るのならばと方針は奇襲に決まる。具体的には分岐点までやって来たところで襲いかかるのだ。尚、攻撃手段は近接武器に限定している。地下2層の魔物の強さを確認するためだ。
分岐路付近で角の手前側に隠れたショウゴとクィンシーは武器を手にしてじっと待ち構えた。聞こえてくる耳障りな声は次第に大きくなってくる。
角の向こう側から先頭を歩く小鬼が姿を現したとき、ショウゴは手にしていた片手半剣を突き出した。その剣先はあっさりと相手の首を切り裂く。何をされたのかまったく気付いていない小鬼が床に倒れようとしている間に後続のもう1匹を今度は袈裟斬りに斬った。
ようやく何かが起きたことに気付いた小鬼たちだったが、具体的な反応をする前にもう1人の人間に襲われる。
ダガーを手にしたクィンシーはショウゴの背後から回り込むように小鬼へと迫った。2匹目が血を流して倒れる間に別の個体へと斬りかかる。その反応しようとした小鬼の右手を切り落とし、次いで同じ刃先で首元を抉った。
わずか二瞬で半分を殺されたところで小鬼たちはようやく状況を掴めたようだ。一瞬で激高して反撃を試みる。
もちろん2人はのんきに待ち構えていなかった。初手の勢いそのままに戦い続ける。
棍棒を振り回す小鬼と対峙したショウゴはその攻撃を1度剣で受け止めてみた。想定していたよりかは軽いが地下1層の同種よりも重い。その間にもう1匹が横へと回り込んでくる。意外と素早い。
大きく2歩下がって正面と左横からの挟み撃ちを無効化したショウゴは2匹と対峙した。地下2層の小鬼は見た目はまったく同じなのに上の階よりも明らかに強いことに興味を持つ。何も知らなければ間違いなく戸惑っていただろう。
「地下2層に降りてきた冒険者がやられることがあるっていうのはこのせいか」
冒険者ギルドで読んだ資料の通りであることを確認したショウゴが独りごちた。姿形が明らかに違っていれば警戒できることでも、まったく同じ種類の魔物が見た目ではわからないまま強くなっていると初見では警戒などできないだろう。それを油断だと言ってしまうのは簡単だが、人間が学習する生き物である以上、その学習することを逆手に取られると弱い。
左右から錆びた短剣と棍棒で襲いかかってくる小鬼を相手にしながらショウゴは目の前の魔物について考えた。さすがに悪意のダンジョンと呼ばれるだけあってなかなか意地が悪い。
それでもショウゴにとっては脅威になるような強さではなかった。確認したかったことを知ると手早く小鬼2匹を倒す。後は床に小さな魔石だけが残った。
同じように戦いを終わらせていたクィンシーにショウゴが声をかける。
「クィンシー、そっちはどうだった?」
「事前の調査通りだった。確かに上の階の同種よりも強い。まぁ、それだけでしかないが」
「俺も同じだ。この調子なら、魔物との戦いはあんまり気にしなくてもいいかな」
「罠の方は地下1層と同じだと資料にあったから、基本的には今まで通りでいいだろう」
「魔物部屋はいけると思うか?」
「これくらいならいけるだろう。力と素早さは上がってるが、攻撃を受けたときの耐久力は上の階の同種と同じみたいだからな。行ってみたいのか?」
「まぁな。俺の特別な能力が発揮できるから」
「あー、そうだな」
苦笑いするクィンシーにショウゴが肩をすくめた。自分の活躍の場を求めるのは当然のことだという態度を崩さない。
そんなショウゴに対してクィンシーが自分の意見を伝える。
「そこにはそのうち行くとして、まずは隠し部屋を探そう」
「隠し部屋? ああ、上の階でもひとつ見つけたっけ」
「そう! この階層にもあるのは間違いないからまた探すんだ」
「最初に見つけた隠し部屋は空っぽだったが」
「今度は何かあるかもしれないだろう?」
やたらと隠し部屋にこだわる雇い主を見て今度はショウゴが苦笑いした。最初に通路を探索して次に調査済みの通路に囲われた場所の部屋を順番に調べて行くやり方は、隠し部屋の存在を見つけやすいのだ。これはクィンシーのやり方で、しらみ潰しで探索するときはいつもこうしているのだという。
魔物部屋に行ってみたいという気持ちはショウゴにあるが、雇い主の意向と対立するほどではない。あっさりと自分の主張を退けると床に転がっている小さい魔石を拾い上げた。
戦いの興奮が冷めるた2人は再び歩く。地下1層とまったく同じ造りである地下2層の探索はともすれば単調になりがちだ。しかし、どちらも油断することなく悪意のダンジョン内を調べてゆく。
その探索中、広い部屋を見つけた。開けた扉の向こう側は空っぽの大部屋があるのみだ。
足を踏み出す前にショウゴがクィンシーへと振り返る。
「入るぞ」
「ちょっと待て。この部屋は、もしかしたら魔物部屋かもしれん」
「そんな特徴があるのか?」
「地図上ではな。他の部屋同士の間隔と比べて2倍くらい離れてるだろう」
「本当だ。実際に部屋を見ただけじゃわからないな、これだと」
「こういうことをあぶり出せるのが地図作りの醍醐味なんだが、ともかく、入ると大量の魔物を殺しきるまで外に出られん」
「他に優先して調べることがあるなら後回しにしてもいいと思うけど、どうなんだ?」
「時間は、まだあるか。ただ、ここが魔物部屋だった場合、今日の探索はここで終了だな」
「もうそんな時間か。俺は別に入ってもいいが、クィンシーはどうしたい?」
「できれば隠し部屋の探索を優先したいが、今のところそれらしいところは見つかっていないんだよな」
「探索はまだ始まったばっかりなんだし、明日からまた探せばいいっていうくらいの感じでいいんじゃないか?」
「そうだな。焦る必要はないか」
若干がっかりとした声色で返答したクィンシーが部屋に目を向けた。それからショウゴに顔を向けてうなずく。
意見がまとまると2人は大きな部屋へと入った。すると、出入口が上から降りてきた石の壁に塞がれる。やはり魔物部屋だったわけだ。
そこからは地下1層のときとほぼ変わらなかった。出入口側の壁を背に三方向から突っ込んでくる小鬼系と犬鬼系の魔物を迎え撃つ。左右の両側はクィンシーの火壁で防ぎ、正面でショウゴが魔物を延々と倒していった。疲れ知らずというより、魔物を殺す度に疲労を回復させていくショウゴならでわの力押し戦法だ。
単にある程度強くなっているというだけならばショウゴもクィンシーも苦労はしない。この程度ならば地下1層のときにかかった時間と大差なかった。
すべての魔物を倒し終えるとクィンシーがショウゴに声をかける。
「終わったな。魔石を拾っておいてくれ。オレは宝箱を見てくる」
「毎回思うんだけどさ、この魔石拾い無茶苦茶面倒なんだけど」
「そこは雇われ者の務めとして諦めてくれ」
「方法がないんなら諦めるけど、魔法で何とかならないのか?」
「例えば?」
「風の魔法で魔石を転がして1箇所にまとめたり、土の魔法で床に大きな窪みを作って真ん中に集めたりとか」
「そんな小さい魔石でも中身が詰まってるから風で吹き飛ばそうとするとかなりの強風を発生させる必要がある。床に大きな窪みというのは、少なくともこの中じゃ無理だ。地上の地面ならまだしも」
「やっぱり無理なのか」
肩を落としたショウゴに対してクィンシーは肩をすくめた。そうして宝箱へと歩いて行く。
その背中を見ていたショウゴは視線を床に向けた。広い範囲に小さい魔石が落ちている。
ショウゴはため息をついてからゆっくりと拾い始めた。