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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
序章 表層
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歪みの始まり

「ヒヒヒ、見つけた。ついに見つけたぞぉ」


 数多くの羊皮紙や本が乱雑に積み上げられる部屋の中、枯れ果てた老人が椅子に座ったまま傷んだ書物に顔を近づけていた。頭上に輝く光の玉が放つ暗い明かりを自らの頭でさえぎってしまっていることも気にしている様子はない。


 皺が刻み込まれた顔はだらしない笑みを浮かべ、その目は異様な輝きと共に見開かれている。それでいて本の(ページ)をめくる手は丁寧で優しい。


「神の力が手に入る。ワシの願いがやっと叶う、ヒヒヒ」


 記された細かい文章を目と指で追いつつも、老人はたまに体を小刻みに震わせてくたびれたローブを揺らした。まるで母親から聞かされるおとぎ話に夢中となる幼子のようだ。


 長い間傷んだ書物を読んでいた老人はふと顔を上げた。表情はそのままで立ち上がる。


「こうしてはおれん。すぐに準備せねばな」


 楽しげにつぶやく老人はまっすぐに扉へと近づいた。光の玉がその頭上をふわりと追いかける。羊皮紙、本、道具、埃が次々と照らし出されては暗闇に埋もれていった。


 老人が近づくと木製の扉は誰も触れることなく開く。間もなく当たり前の様子で部屋の主が外に出ると、やはりひとりでにそれは閉じた。室内は一切何も見えなくなる。


 この部屋に老人が戻ってくることは二度となかった。




 古文書を読み解くというのは専門家であっても難しいものである。記載されている文字が今のものと違うのはもちろんのこと、言い回しや地名も現代とはまったく違うことがあるからだ。そのため、年代の近い既に解読されている別の古文書に記された文字や単語と比較したり、どうしても埋められない穴は推測したりする。


 長年そういった研究をしてきた老人にとってもそれは同じだった。決定的な古文書を読み明かすのに何年もかかったくらいである。


 しかし、苦労はそこで終わらない。次は現地での発掘が待っているのだ。このために研究室の弟子を総動員し、発掘隊を編成し、そうして目指す遺跡があるであろう場所で発掘を始める。


 これらの作業をすべて人力だけに頼っていたら発掘は何年もかかったに違いない。ところが、老人は優秀な魔術師だった。老人だけではない、その弟子も、集めた技師もだ。魔法の発達した太陽帝国ではこれらの人材を揃えることはそこまで難しいことではない。


 卓越した魔法を使う魔術使いと技師の努力により、発掘作業は順調に進んだ。山腹を少し横へと掘った後、真下へと向きを変える。


 いくつも浮かび上がる光の玉の明かりにより、大きな空洞の端に天井から到達した探険隊一行はその奥に人工物があるのを発見した。その壁の中央には大きな半楕円形の入口があり、その(ふち)は均整の取れた男女の石像が支えている。


 壁と出入口を目にした老人は子供のようにはしゃいだ。その喜びように雇われた技師や人足は眉をひそめる。一方、弟子たちは顔色をまったく変えていない。


「隊長って大丈夫なんですかね?」


「いつものことだ。気にするな」


 助手を務める高弟の1人が無表情のまま人足に返答した。以後、誰も老人のことについて話す者はいなくなる。


 神殿風の遺跡の中は静かだった。何ひとつ動くものがない。あるとすれば、発掘隊の面々が歩く度に舞い上がる砂埃や綿埃だけだ。


 1階層ずつ慎重に下りて行った発掘隊の一行は10層目の奥に大きな広間を発見した。出入口とは反対側の壁付近に大きな水晶が鎮座する台座がある。


「ヒヒヒ、見つけた! ついに見つけたぞ!」


 途中、こけそうになりつつも高弟の1人に支えられた老人が台座に走り寄った。そのまま宝石を愛でる乙女のように水晶を撫で回す。


 水晶に夢中な老人に代わり、高弟の1人が次の作業の指示を発掘隊の面々に命じた。指定された道具と材料を使って事前に教えられた通り、台座の前に魔法陣を描いてゆく。


 準備が終わると指示を下していた高弟が老人に寄った。更に顔を近づけると耳元で囁く。


「師よ、用意ができました」


「そうか。では、確認する」


 真っ当な表情に戻った老人は水晶から離れて描かれた魔法陣に顔を向けた。じっくりとその紋様や文字を眺めていく。時間をかけて魔法陣の周りを1周すると満足そうにうなずいた。高弟たちの表情が和らいだ。


 老人はそのまま魔法陣の中央へと移った。他の面々が魔法陣から離れて台座とは反対側に立って見守る中、水晶と対面して呪文を唱える。


 詠唱の途中から魔法陣が赤黒く輝き始めた。最初は鈍く、次第に明るくなってゆく。そうしてついには頭上に浮かぶ光の玉が必要ないほどに周囲を照らした。


 その状態がしばらく続いた後、老人が呪文の詠唱を終える。すると、その直後に魔法陣の輝きが老人に収束していき、更にはその体から水晶へと流れ込んでいった。


 それまで沈黙していた大きな水晶は老人から与えられた魔力など(・・)により明滅を始める。それに合わせて、台座と水晶の奥に薄暗い人影が現れた。それは随分と苦しげな所作をしている。


「さぁ、我が力の下で目覚めよ、奇跡のラビリンス! そして、そのすべてをワシに捧げるのだ! 神の力を! ヒヒヒ!」


 老人から与えられたものにより水晶の明滅はより激しくなっていった。それと並行して水晶全体が濁ってゆく。


 やがて、狂うほどに上機嫌だった老人が苦しみ始めた。魔法陣の中央でうずくまる。呻きとも思えるような悲鳴を小さく上げながら右手を水晶へと伸ばした。そうして、身に付けていたローブや装身具を残してその姿が消えてゆく。


 完全に老人の姿が見えなくなると魔法陣は急速にその輝きを失った。それに代わって水晶から濁った光が周囲へと広がっていく。


 その光を浴びた発掘隊の面々は一斉に悲鳴を上げた。ある者は頭を押さえながら転げ回り、ある者は床に額を繰り返しぶつけ、ある者は人の形でなくなってゆく。


 あまりにも突然に始まった凄惨な状況だったが、一部の者はこの気が触れそうな場所から一歩でも遠ざかろうと逃げ始めた。大きな広間からよろめきはいずりつつも出て行く。


 台座と水晶の奥で苦しんでいた人影は徐々にはっきりとしてきた。金髪碧眼でどことなく温かみのある美しさのある女はその美貌を歪めきって何かに耐えている。


 両腕で自らの体をかき抱くように身悶えていた美女はやがて祈るように両手を合わせて跪いた。何かに耐えるようにじっとしていた後、両手を広げると明るく静謐な光が現れる。大きな水晶から撒き散らされる濁った輝きに比べると弱くささやかな光の玉だが、それはすぐに猫の姿へと変化した。金色の眼に黒一色の毛並みのきれいな子猫である。


「早くお行きなさい。私が私のままでいるうちに」


「にゃぁ」


 一声鳴いた黒い子猫は駆け足で大きな広間の出入口を目指した。可愛らしいその姿は少しの間をおいてそこへとたどり着く。そうして一度立ち止まって振り向いた後、広間から出て行った。


 泣き笑いのような表情を浮かべていた美女は子猫の姿が見えなくなると再び顔を歪める。ついにはうずくまってしまい、そのまま動かなくなる。


 濁った輝きを放つ水晶がその明滅を次第に収めていった。それに合わせて周囲が暗闇に包まれてゆく。真っ暗になるまでそう時間はかからなかった。


 何もかもが終わり音さえも一切消えた大広間だったが、水晶が鎮座する台座の上に光の玉が現れた。その輝きが柔らかく周囲を照らす。


 台座の奥でうずくまっていた女が立ち上がった。しかし、前とは風貌が違っている。銀髪紅眼でどことなく無機質な美しさへと変わり果てていた。


 無表情の女は台座の横に立ち、真っ暗な大広間へと目を向ける。しばらくした後、その口元をゆっくりと歪めた。




 大きな水晶が濁ってから2日後、遺跡に最も近い町に1人の歪な笑みを浮かべた男が現れた。その異様な様子から衛兵たちは取り押さえて尋問すると、男はいかに奇跡のラビリンスが素晴らしいかを延々と説く。どうにもならないと考えた衛兵たちは男を牢へと入れた。


 翌日、今度は全身がぼろぼろの人足風の男が町に現れる。衛兵たちがその身柄を保護して事情を聞くと、男は逃げてきた場所がひたすら地獄であったと繰り返した。やはりどうにもならないことから落ち着かせるために一晩牢へと入れることにする。


 ところが、その日の晩、人足風の男は突然叫びだしたかと思うと暴れ回り、すぐに事切れた。不気味に思った衛兵たちだったが、更に不可解なことが起きた。あの歪な笑みを浮かべていた男が牢から姿を消していたのだ。錠を壊されたわけでもないことから一体どうやって脱獄したのかと頭を抱える。


 何とも不可解な出来事であったが、衛兵たちも暇ではない。すぐに日々の仕事に追われて2人の男たちのことは忘れる。


 この件が思い出されることはその時代にはなかった。

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