第九話:封印の騎士
今日二つ出す。ていうかなんとなくみてたらドラゴンボールになってね?
刃と刃がぶつかり合う音が、遺跡の静謐を切り裂いていた。
風のように駆け、雷のように閃くアレンの剣。その動きは、もはや人の領域を超えていた。だが、それでもなお、白銀の騎士の剣はすべてを受け止める。打ち込むたびに火花が舞い、魔力が空間を震わせる。
それはまさに、一対一の戦神たちの戦い――いや、もはや戦闘と呼ぶのも生ぬるい。互いの生と意志をぶつけ合う、魂の衝突だった。
「……はぁっ、はぁっ……!」
何度目かの剣戟の後、アレンは距離を取った。額には汗が滲み、身体中にかすかな痛みが走る。魔力の循環が早まりすぎて、限界に近づいているのがわかった。
一方の白銀の騎士は、やはり何の感情も見せないまま、淡々と構えを取り直す。まるで、戦いが永遠に続くものであるかのように。
「なんて奴だ……。こっちの全力が、通じてない……!」
アレンが歯を食いしばる。背後では、リリアが光の柱へと干渉を続けていた。結晶と遺跡の魔法陣が共鳴し、まるで異なる時間の流れを持つかのように、空間が軋んでいる。
「リリア、進展は……!」
「もう少し!でも、干渉が強すぎる! この遺跡全体が……何かに反応してるの!」
「やっぱり、あの騎士が鍵なんだな……!」
アレンは再び構えを取る。今や、風の加護によって高まった身体は、限界を超えた動きを見せていた。だが、その反動もまた――確実に肉体を蝕み始めている。
それでも立ち上がる。アレンは知っていた。この遺跡の奥には、何かがある。自分の記憶を呼び覚ました“何か”が、確かに眠っている。
それは恐らく、この旅の核心であり、災厄に繋がる鍵でもある。
「ティア、カイ。今度こそ、こいつを止める!」
「おうとも!」「了解、全力で行くわ!」
二人の仲間が再びアレンの背中に立つ。三人は言葉を交わさず、同時に動いた。
ティアが足音を消して背後に回り、カイが真正面から力任せに踏み込む。その動きは、さながら連携の化身だった。
だが――白銀の騎士もまた、彼らの動きを読み切っていた。
「ぐっ――! なんで見えてるんだよッ!」
カイの斬撃が剣ごと弾かれ、ティアの短剣が鎧の間を狙うが、直前で弾かれる。まるで、未来を読んでいるかのような精密な防御。
その直後、騎士の剣がカイを狙って振り下ろされた。瞬間、風が割れた。
「させるか――ッ!!」
アレンの剣がその一撃を受け止める。衝撃が骨を伝って全身に響くが、踏みとどまる。
そしてその力を、そのまま跳躍に変えた。
風の刃が天井に向かって駆け上がり、旋回して騎士の背後へ回り込む。ティアの短剣と交錯するように、二重の斬撃が襲いかかる。
だが、――それでも届かない。
「……無理、なのか?」
心が、揺れかけた。
そのときだった。リリアの叫びが、遺跡に響いた。
「見つけた! 魔力の干渉点! アレン、もう一度、結晶を騎士に向けて!」
「わかった……!」
アレンは結晶を握りしめる。それはすでに、砕けかけていた。しかし、微かに光が宿っている。
剣を納め、結晶を高く掲げる。
その光が、騎士の仮面に反射し――ついに、初めて。
騎士が動きを止めた。
「……?」
静寂が広がる。誰も動かない。時間が凍りついたようだった。
そして――
「試練……通過……」
どこからともなく、古の声が響いた。男とも女ともつかぬ中性的な声。だがそれは確かに、何か高次の存在からのものだった。
「記憶照合――完了。選定者……承認」
白銀の騎士が、剣を地に突き立て、片膝をつく。
アレンたちは呆然と、それを見つめていた。
「な……どういう、ことだ?」
リリアが呟いた。
「今、遺跡の魔力が静かになった……というより、騎士が……アレンに従った?」
光の柱が、低く唸るように明滅し始める。そして、柱の奥――
石壁に隠されていた扉が、静かに開き始めた。
その奥から吹き出してきたのは、冷たい風と、遥か古代の気配。
「行け、アレン……君にしか、見られないものがあるはずよ」
リリアが結晶を手渡す。それは完全には砕けていなかった。再び淡い光が宿り、アレンの手に収まる。
彼は頷き、歩き出す。
扉の先――遺跡の最深部へと。
⸻
奥へと進むにつれて、空気が変わった。
まるで、世界そのものが別の位相にあるような感覚。空間が、歪んでいる。
アレンは一人で歩いていた。仲間たちは、騎士と共に後方に残っている。これは、彼にだけ許された領域。そう、本能が告げていた。
やがて、彼は一つの空間に辿り着いた。
円形の部屋。中央には浮遊する巨大な魔法陣。そして、その中心に――棺。
真紅の宝石があしらわれた白金の棺。その周囲には、幾重もの封印文字が浮かんでいた。
「……これは」
アレンが結晶を掲げると、それは強く反応した。
棺が、静かに揺れた。
「来たか……選ばれし者よ」
また、あの声が響く。
「これは試練であり、継承である。今ここに、“影を討つ者”としての運命が始まる」
魔法陣が輝きを増す。空間が捻れ、視界がぼやける。
そして、アレンの脳裏に――新たな記憶が流れ込んできた。
白銀の騎士との激戦が続く中、アレンの内に眠っていた“何か”が目覚めかけていた。砕けた結晶が残した魔法文字は彼の魔力と共鳴し、失われた記憶の断片を呼び起こす。かつてこの遺跡を築いた者たちの想いと、戦火に消えた数多の命――それらがひとつの意思となって、彼の中で形を成し始めていた。
アレンの剣は、まるで風そのものが刃となったかのような鋭さを帯びていた。騎士の剣とぶつかり合うたび、衝撃波が広間に轟き、壁の文様すら震える。だがそれでも、銀の騎士は一歩も引かない。
「本当に……強いな……」
アレンの額から汗が滴り落ちる。風の魔法による強化は限界を迎えつつあった。それでも、剣を握る手に力を込めた。
「お前はただの守護者じゃない。意志を持ってる。そうだろ?」
応える声はない。ただ、その仮面の奥で、騎士の瞳がわずかに揺れたような気がした。
リリアは、奥の柱の前にある封印の扉へと手を伸ばしていた。詠唱によって柱の力が制御され、その扉は今にも開かれようとしていた。ティアとカイは交互に騎士の気を引き、アレンに再び力を集中させる隙を作っていた。
「このままじゃ埒が明かない……!」
アレンは深く息を吸い込み、剣を逆手に構えた。風の刃をさらに集中させ、刃先に宿らせる。それはまるで風そのものが震え、鳴動し、爆ぜる瞬間のようだった。
「風裂・双刃――〈アエリス・ディバイド〉!」
大気が震える。風が広間を渦巻き、二重の刃となって騎士を両断すべく迫る。だが――。
騎士は剣を胸元に立て、静かに構えた。
その瞬間、空間が一瞬、歪んだ。
「!? 魔力を……反転させた!? 防御じゃない、吸収してるのか!」
アレンの風の刃が、まるで霧に吸い込まれるように消えていった。その中心で、騎士の剣が淡く青く輝いている。
その力は、かつて自分が使った風の魔力そのもの――。
「俺の……魔法を模倣してるのか?」
リリアが息を呑んだ。
「違う……これは、魔法記憶装置! この騎士、自分に向けられた魔法を記録し、次に応用してくる――!」
「なんて厄介な……!」
カイの大剣が再び騎士に打ち込まれるが、それを受け止めた剣が風の刃をまとい、カイの体を逆に吹き飛ばす。ティアが叫ぶ。
「カイッ!」
「大丈夫だ……くっ……でも、これじゃ押し切れない!」
状況は膠着していた。だが、リリアの手にある封印の結晶がついに輝き、奥の扉に浮かぶ文様がすべて点灯した。
「開く……封印の間が!」
扉が重々しく音を立てて開き、奥から放たれた光が広間を照らした。その光を受けて、騎士の動きが一瞬、止まる。
アレンはその隙を逃さなかった。剣を収め、前に出る。
「お前の戦いの意味……俺が受け継ぐ!」
彼の体が淡く光を放つ。封印の間から放たれる魔力と、彼の内にある“なにか”が共鳴し始めていた。
そのとき――。
「来るよ、アレン!」
リリアが叫ぶと同時に、騎士の体が再び動き出す。だがその動きは、攻撃ではなかった。彼は剣を地面に突き立て、膝をついた。
「……降伏?」
アレンがゆっくりと近づくと、騎士の仮面の中心に淡く光る紋章が浮かび上がる。それは、アレンの手にある結晶と同じ文様だった。
「君は……“継承者”だったのか?」
答えはない。だが、騎士の剣が静かに輝き、アレンの方へと向けられる。
それは――剣の継承の意思。
「この力を……俺に?」
騎士の体がゆっくりと光に包まれていく。仮面の下から現れたのは、かつて人だった痕跡のない、光の存在だった。
リリアが呟く。
「魂だけを遺して、守護者として存在していたのね……。でも今、アレンを主として認めたんだわ」
アレンの前に、騎士の剣が浮かび上がった。それを握った瞬間、彼の中に熱が流れ込む。
剣の名は――〈セイクリッド・ウィンド〉。
風と記憶を宿した、古の武器。
「ありがとう……必ず、君の想いを繋ぐよ」
騎士の姿は光となり、封印の間の奥へと吸い込まれていった。広間に再び静寂が訪れる。
⸻
扉の先には、石で築かれた大広間が広がっていた。壁には古代語で書かれた数多の碑文があり、その中央に浮かぶ球体――水晶のような装置が、静かに脈打っていた。
「これが……この遺跡の中枢装置……?」
リリアが震える手で装置に触れると、碑文が輝き、音声と共に映像が空間に浮かび上がった。過去の記憶を記録した“記憶結晶”だった。
そこに映し出されたのは、白銀の騎士がかつて仕えていた王。彼の言葉が、失われた時を超えて響いた。
『この力は、かの“影”が再びこの地に現れし時、選ばれし者に継がれん。封印は、未来を託された者の手で開かれよ――』
影――それはかつてこの地を滅ぼしかけた災厄。アレンの中で何かが繋がっていく。
「やっぱり……この遺跡は、“影”との戦いの記録を遺す場所だったんだ……」
ティアが拳を握る。
「そして、あの騎士は……未来のために、力を託す者を待っていた」
「でも、ここまで来てもまだ謎は多いままね」
リリアは装置に映る地図に目を向けた。そこには、この遺跡だけでなく、同じような封印の場所がいくつも存在することが示されていた。
「これって……全部で七つ?」
カイが思わず声を上げる。
「ってことは、まだまだ旅は終わらねぇってことかよ……!」
アレンは剣を腰に収め、仲間たちを見渡した。
「けど、進むしかない。封印は、きっと“影”に対抗するための鍵になる」
仲間たちは力強くうなずいた。
そして、遺跡の中心から浮かび上がる転送陣が彼らを次の地へと誘う。
「行こう。俺たちの旅は、まだ始まったばかりだ」
転送陣が光を放ち、アレンたちの姿を包み込んでいく。
――それは、さらなる試練と真実への扉の、ほんの序章に過ぎなかった。
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